you are my sunshine

40代で始めて今や60代。
光陰矢の如し。年明けたらあっという間に年の暮れ。

三宿の山本印店に印鑑を作りにいってみた

2017-06-28 | 占い


東京の三宿にあるはんこ屋さん「山本印店」をご存じでしょうか。

ネットで検索すれば、わんさとヒットします。
数えで78歳のご主人が作っている(ネットでは今はお孫さんいう噂も)小さなはんこ屋さん。

なんで有名なのかというと、
こちらで印鑑を作ってもらってから、
運気が上がったという都市伝説みたいなものがあるから。
芸能人も作ってもらったかたがいるみたいです。

こちらのお店は勝手に行くことはできません。
完全予約制です。

月曜から木曜までの12時過ぎから電話での予約受付のみ。
必ず翌日13時から16時くらいまでに来店できることが条件。


その電話がなかなかつながらないらしく、
12時半くらいにやっとつながったと思ったら、翌日の予約は埋まっている状態。
1日に4~5名しか予約を取らないらしいのです。

実印・銀行印・認印の3本セットで23,000円~(税込)
安いわけではないけど、べらぼうに高いわけでもない。

そしてなにより人気なのが、ご主人の印鑑をみての鑑定らしいのです。
予約の時に、使っているはんこを全部持ってきてくださいと言われ、
それをみながら、後は名前と生年月日も聞かれますが、
いろんなことを話してくれるみたいです。

わたしがなぜこちらを知ったのか。
偶然ネットでみつけたから。
多分半年くらい前だったかな。

軽い気持ちで1度だけ電話してみたけど、繋がりませんでした。
それからすっかり忘れていたのですが、
最近、預金通帳にも使っている認印を押したら、縁が少し欠けていたのです。
縁起が悪いから作り直そうと思い、だったらあそこだなとピンときて電話することに。

なんと今回はつながりました。
12時になって携帯から電話してみるもののすでに話し中。
何度もリダイヤルしてそれでも3分後くらいにはつながりました。
わたしは希望時間を聞かれることもなく、
あちらから「13時にいらしてください」と指定されました。

翌日東横線で渋谷まで出て、田園都市線に乗り換え池尻大橋で下車。
南口にでて、三軒茶屋のほうにまっすぐ5分くらい歩くと道の左側にありました。(右側は車道)

まず奥さんから「名前と生年月日と電話番号を書いてください」と言われ、
その後、ご主人の前に座り、鑑定開始。

開口一番「いい名前だ」と言われました。
初めてそんなこと言われたと思います。
ありふれた名前です。漢字も平凡です。キラキラもしてません。
誰が付けたのか聞かれたので、お坊さんだと言ったら、そうだろうと思ったと。(ほんとか?)

そしてわたしが持参したはんこをみておっしゃったのは・・・。

わたしの通帳用と夫名義の通帳用と会社で使ってるシャチハタ。
ご主人は他の2本には目もくれず、わたしの通帳用の欠けたはんこだけをみながら、
(はんこ屋さんの店頭に置いてあるグルグルまわるのに入ってる、安いプラスチックのです)


・なんの問題もない。作る必要がない。この判子で充分いい。(えっ!?そんな・・・)
だいたいここに来るのは来る必要があるから。あなたは来なくても大丈夫だったんだよ。
(そんな~、欠けた印鑑がわたしにはお似合いってこと!?)

・このはんこからはびっくりするくらい、なにも伝わってこない。
普通はいろんな欲とかが伝わって来る。
あなたはほんとになーんにも考えてないひとだね。
執着しないし、さっぱりし過ぎ。
(なんか薄っぺらい人間だって見抜かれた気がした・・・)

・過ぎ去ったことに興味がない。
3年先とか未来の方にしか関心がない。

・世界が平和でみんな仲良くがあなたのモットー。
自分さえよければというのがあなたにはない。
自分の娘だけとか家族だけというのがなく、お菓子もみんなで食べたほうが美味しいと思う人間。

・なにかを守り、受け継いでいくとかいう気持ちがまったくない。

・ものにも執着しないから、なんでもひとにポンポンあげてしまう。だから自分にはなにも残らない。
そしてあなたはなにかを残そうという気もない。

・精神ではなく、もうすこしものに執着したほうがいいし、貪欲であっていい。
あなたはものを残せるひとだと思うがそれをしてこなかった(つまり努力してないってこと)
だから大きな家を買いなさい(家のことを相談した)

・ここにあなたを連れてきたのは父方のあなたのおばあちゃん。
今あなたがなぜいるのか、それは先祖があってのこと、
そのことを考えながら、今度田舎に帰った時は手を合わせなさい。



先祖や跡取りの話は定番みたいで、
わたしも自分の実家の跡取りの立場で生まれてきていると言われました。
実家はすでに弟が跡を継いでいて、
わたしは遠く離れた場所にいて、長男嫁だし実家のことなんてなんにもやっていないと話したのですが、
それでもわたしが、実家の先祖と子孫をつなぐ立場にいるんだと。
夫の方が長男だし、義弟は独身だし、そっちの方じゃないですか?って言ったんだけど、
やっぱりわたしのほうの実家なんだって。

一応言われたことをそのまま書きました。
当たってるって思ったのは「なーんにも考えてない」ってとこかも。
もちろんいろいろ考えているけど、結局なーんにも考えてない気がします。

物欲まみれで生きているので、そういうのがないと言われたのは意外でした。
物欲もものすごいし、ケチなんですけどって言ったら、
そういう事ではないと言われ、なにが違うのか理解できませんでした。
すっごくドロドロした気持ちを抱えながら日々生きているんですけどね~。



作る必要ないと言っておきながら、奥さんの方に誘導されて、
「では23,000円(キャッシュのみ)です。3ヶ月後にまた取りにいらしてください」と言われました。

結局、作るんかい!


次の方は、赤ちゃんを抱いた若いお母さんでした。


鑑定は、なんだかよくわからなかったけど、
「なにかを残す」というキーワードが妙に心にひっかかってます。
ちょっとそこらへん考えてみたいと思いました。



興味のある方は作ってもらったらいいと思うけど、
必ず翌日の13時過ぎに東京に行ける人でないとダメなんですよね。
だから首都圏在住以外の方はちょっと厳しいかもです。

ご主人、福岡の飯塚のご出身なのだそう。
同じ福岡県人として親近感湧きます。
白髪ですが、肌つやもよく若々しいかたでした。
ただ80歳近いので、いつお店を閉められるかもしれません。
なるべく早く予約したほうがよさそうです。

運気が上がると噂では言われているけど、
ご主人自身が「印鑑が運勢を変えることはない」とおっしゃっているみたいです。
でもどうせ作るなら、こういうおもしろいご主人から作ってもらうのもいいかもしれませんね。


3ヶ月後、どんな印鑑ができてくるのか楽しみに待ちたいと思います。







早く着いたので、近くの池尻稲荷神社に立ち寄りました。
ここには「薬水の井戸」という井戸があり、京都の伏見稲荷大社に由来する霊水だそうです。
三度祈って飲めば病気が治るみたいなことが書いてあったのを勘違いして、
柄杓に汲んで、3回も飲んじゃいました。どんだけーーーー!


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間違い電話

2017-06-27 | 日々のこと
携帯に、留守電が入ってました。

「こちら○○と申します、いつもありがとうございます。(60過ぎと思われる女性の声)
7月○日のことなんですが「若旦那さんの会」なので、IDナンバーを知らせていただくように言われてまして、
それでちょっとお電話差し上げたんですけど」


若旦那さんの会とは!?

なぜにIDナンバー!?



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いざ!紫陽花の鎌倉

2017-06-26 | おでかけ
日曜にテレビで鎌倉のパン屋さんや長谷寺の紫陽花を紹介してました。

月曜の朝5時半過ぎ、娘のお弁当を作っていたら、
急に行きたくなりました。
目的は「紫陽花とパン」

まずパン屋さんのカフェでモーニングを食べる気満々で、朝食を抜いて、
朝8時過ぎに家を出ました。

鎌倉で降りたら、今度は江ノ電に乗って、長谷で下車。

海の方にテクテク歩いて行って途中で右に折れます。
また歩いていくと高級食パン店Bread Code by recetteがありました。
recetteという最高級食パン専門店が、
リーズナブルな値段で美味しい食パンをということで、鎌倉に作った姉妹店みたいなもののようです。
recetteがどれくらい高級かというと、1.5斤で2200円(税別)するそうです。
Bread Code by recetteは2斤で800円(税別)です。






そのお店の手前の細い路地を入ると、



café recette 鎌倉があります。

ネットで検索したら午前8時半から営業と書いてあったと記憶していたのですが、
平日は9時半からの営業だったみたいで、9時過ぎに着いたわたしは、お店の前でしばらく待ってました。
予約しておいた方が確実です。
9時半に15人くらいお店に入ったら、次の人たちは1時間以上待つことになります。

テレビでは人気NO1のフレンチトーストを紹介していましたが、
胃にもたれそうだったので、モーニングプレート(1,000円・税別)を注文しました。
ちなみに木・金限定ですが、パンケーキも食べられるそうです。



Bread Code の食パンが2枚付くのですが、1枚食べ終えたら次のを焼いて持ってきてくれます。
ちょっと贅沢して200円プラスして、もう1枚はrecetteのパンにしてもらいました。

最初のBread Code の1枚は、卵とベーコンと野菜を載せて、ホットサンドにして食べました。
おいしかったー!

そして、最高級食パン登場!



こちらはバターとジャムをたっぷり塗って。
6枚158円のパスコと比べたら、お腹にズッシリ来ますね。
スカスカしてない。
すべて国産の原材料(小麦粉、酵母、塩、砂糖、バター)を使っているらしい。

2枚食べたら、お腹いっぱいになりました。
1枚の方がよりおいしく感じられたかも(汗)



ゆっくりしたかったけど、外に並んでいる人たちの声が聴こえるので、
長居したら悪いかなーと、食べ終わったらさっさとお会計して、次の目的地へ!

近くの御霊神社。



ここは江ノ電とあじさいの撮影ポイントになってるみたいで、
たくさんの方が線路わきにスマホを構えてズラッと並んでいました。
そういうわけで、わたしもパチリ。

そして向かったのは、



長谷寺です。
こちらの紫陽花も1回は観ておきたかったので。
一度も観たことがないんです。

が、すごいことになっていた・・・。










平日の午前中だし、そこまでないかなと期待して行ったものの、
甘かった。
でもこれが休日だったら・・・・・今週末お出かけの方は、相当の覚悟が必要かも。(入場料300円)















圧巻でした。
待っても観ることができてよかったです。

北鎌倉の明月院(紫陽花寺)も寄りたかったのですが、
家のことを全然せずにでてきたので、お昼過ぎにまたJRに乗って横浜へ帰ってきました。

鎌倉にいたのは3時間くらいかな~。
でもひさびさ緑の中を歩いて、いい気分転換になりました。
満足、満足・・・。



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あぁ衝撃・・・(涙)

2017-06-25 | 日々のこと



口紅が無くなったので、ドラッグストアで探していたら、
隣にあったファンデーションに目が行きました。

普段の化粧は、もうずっと粉をパタパタッとはたくだけ。

でも年々怖ろしいくらいにシミが増えていってるので、
ファンデーションで隠すのもいいかなと突然閃き、買って帰りました。
(何年もつけてないのに、時々突然こういうことします、でも続かないんだけどね)

ファンデーションケースも買ったのですが、
2倍拡大鏡でした。

家に帰って、なにげなくそれで自分の顔をみてみたら、

ショーーーーーーック!

まぶたの肉が垂れ下がって、二重の上に覆いかぶさるようになってるではありませんか。
びっくり、全く気付かなかったわ。

眉もアイラインも描いたことないし、
アイシャドーやマスカラなんてもう何年もやってないので、
顔全体をみることはあっても、
目の部分をしっかりみることがなかったんですよね~。
視力の衰えも著しいし。

そういえば、まつ毛もなくなってきてました。

ついでに今年、半そでになって気が付いたのですが、
肘の内側あたりがたるんでいて、おばあちゃんの肌っぽくなってるではありませんか。

54歳、たしかに中年だけど、こんなに早く老化って進むものなの!?

自然でいいのよ~、な~んにもお手入れしない、面倒くさくってなんて言ってられなくなりました。
そんなこと言えるの若い子だけよね。
アホでした、わたし。

宝くじ当てて、
高須クリニックで、ヒアルロン酸注入しまくりたいわ!


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子供が巣立った後の夫婦

2017-06-24 | 日々のこと
友人からお悩みメールが来たので、
夜に電話してみました。

深刻な悩みではなく、
ちょっと落ち込んじゃったって話なのですが、
職場で、休みの日はいつも旦那さんと出かけるという人の話を聞いて、
なんか自分がみじめに思えたと。

子ども達も進学で家を離れ、夫婦二人の生活になったけど、
夫は休みの日は家でゴロゴロしていて、一緒に出かけることもない。
誘ってもでかけないことはこれまでの経験からわかっている。
自分で楽しみを見つけようと思うけど、
まわりのいつまでも夫婦仲良しのひとをみるとうらやましいと。

友人は、家族で国内も海外も旅行に行ってたし、
息子さんたちの住んでるところに夫婦で泊りででかけたりしていたので、
そんなこと言うのがとっても意外でした。

それは子どもがいたからなんだと。
子どもがいなくなったら、でかけることもなくなったと。

我が家なんて、子どもがいても以前から夫はほとんど一緒にでかけなかったから、
もうとっくにあきらめてるし、期待なんて一切してないって言ったら、
友人曰く、
まだ今は子どもがいるからそんな風にわりきって思えるんだよ。
いなくなったら、ほんとに(そういう夫婦関係が)淋しくなるよって。

離婚するとかそういう問題じゃないけど、
なんでこんな人と結婚したんだろ。
これでよかったのか、私の結婚・・・とかいろいろ思うんだって。

友人はなんやかやいいながらもご主人のことが好きなんだろうな~って思いました。
老後は、夫より友達と楽しくやるわ!ってひとも多いようですが、
実際に老後になったら、そう言ってたひとたちもやっぱり淋しいって思うのかな。


わたしはもうすでに、
今もこれからも夫と二人でどこかに食事に行ったり、出かけたりする日が来るとか、
まーーーーったく期待していません。
よそのご夫婦が仲良く歩いているのをみるといいなぁって思うこともあるけど、
前よりダメージはないし。
でも書いててちょっと自分に切なくなったわ。
もうわたしって一生男性とふたりでレストランで楽しく食事とか縁がないのかしらと。

友人の言うように、
娘が家を出て行って、夫とふたりの生活になった時、
わたしも友人の淋しく思う気持ちがこういうことだったのかとわかるのかもしれません。








こんな日が来るなんて思いもしなかった、遠いあの日・・・。

嘘つきました。
この先どうなるんだろって不安、あったんだよな、わたし。



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過剰なお見送り 誰が喜ぶのか?

2017-06-23 | 日々のこと
仕事の帰り、美容室の前を通った。

ちょうど綺麗にカットしてもらったらしいお客さんがニコニコしながらお店を出てきて、
それを見送る女性スタッフがふたり。

お客さんに丁寧に頭を下げた後、お客さんが去っても、
お客さんの後姿を、いつまでも見送っているふたり。
といっても10秒くらいだろうけど。

いつからあんなことするようになったんだろ。

洋服屋でも、支払いを済ませ、
商品をカウンター越しに渡してくれればいいものを、
「お持ちします」と言って、出口まで一緒についてきて、そこでやっと渡してくれる。
なんなんだ、あの慇懃無礼な接客は。

もうほーーーんといい加減にしてほしい、あの接客。
いったい誰が広めたんでしょうね。

わたしがお世話になってる美容室も、
スタッフの方が外に出て見送ってくれるのだけど、
自転車で来てるわたしは、バッグの中の自転車の鍵をみつけようとするのだけど、
なかなか見つからない時がある。結構ある。

その間そのスタッフの方も、ずっとそこに柔らかい笑顔のまま立っていて、
ますます焦るのよ。

「忙しいんだから、早く帰りやがれ!」みたいなプレッシャーも感じるわけで。

別にわたしが見送りを頼んだわけでもないのに、
なんでこっちが気を遣わないといけないんだろ。


ほんとあのへんてこな接客、
わたしだけだろうか、勘弁してほしいと思っているのは。

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ほくろ

2017-06-19 | わたしの正体
小学校2年生くらいの頃だったと思う。
わたしの左の膝小僧のすぐ下に、ほくろが2つ、横に並んであった。

今考えると、なぜにそこまでと馬鹿馬鹿しく思えるのだが、
そのほくろがとても気になって気になって仕方がなかった。
2つ並んでいるのは「異常」なんだと思いこんでしまったのだ。

このほくろを絶対にひとに見られてはならない、それは親でさえと、
必ずハイソックスを履いて登校し、
そのハイソックスも、常に膝上まで引っ張り上げほくろを隠した。

ある日、わたしが書いた作文がよくできているということで、
全校集会の時にステージに立って、皆の前で朗読するように言われた。
すこしも嬉しくなかった。
全校生徒がわたしの膝小僧に注目するに違いないと、そちらの方が怖ろしかったのだ。

それでも、読みたくないと言えるほどの勇気があるわけでもなく、
仕方なくリハーサルに参加した。

当然わたしはほくろが気になるわけで、
ハイソックスを履いているにもかかわらずほくろを隠そうと、
脚をクネクネさせてしまい、先生から注意された。
それでもやめないので、
「そんなに恥ずかしいならもう読まなくていい」と、わりと厳しくおっしゃった。
わたしは泣きそうになりながらも、ホッとした。

あんなに気になっていたほくろは、いつの間にか消えてしまい、今はもう影も形もない。
なぜにあんなに気になってしまったのだろう。
いまだに謎である。

そしてそれがいつから気にならなくなったのか、なにがきっかけだったのか、
それもさっぱり記憶にないんだよな。

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ボクらの時代 いしだあゆみが面白すぎ!

2017-06-18 | 日々のこと


和田アキ子(67)いしだあゆみ(69)中尾ミエ(71)の3人。

いしだあゆみさんが面白すぎでした。

あごの下に殴られたような青あざを作って登場。(ころんだのだそう)

なんとそれを、家に氷がなくて、冷凍庫にあった大福で冷やしたんだそう。
その大福も当てていると手が疲れるからと、ガムテープであごの下に張り付け、
今度はそれでかぶれてしまった。

それを皮切りに、いしだあゆみの天然ぶりが炸裂!

・和田さんが「ミエちゃんは動、あゆみちゃんは昔から静のイメージだった」と言えば、
あゆみちゃんは「静じゃなくて鈍でしょ」

・食事は作らず買ってくる。何を食べてるのか聞かれ「あるお菓子」と答える。

・プールに行ってるけど「あたしは浮いてるだけ、枯葉のように」
泳いでいるのに隣のおじさんに「いしださんは泳がないんですか」と言われた。

・和田さんがあゆみちゃんの「ブルーライトヨコハマ」を誉めているのに、
「今はブルーライトが目に悪いんですって」と自分から言い出す。

・本番前に前歯の差し歯がとれた。
ガムがあったから、差し歯にはさんでみたがダメだった。
でもマイクを口の前で動かさない歌い方なので、
口がマイクで隠れ、テレビでは気づかれなかった。

・ヘアスタイルが崩れるのが嫌で寝なかったことがある。

・セットに守衛さんより早く行ったことがある。
6時の入りだと4時半から5時には現場に行く。

・淋しいのが好き、淋しがりたいの

・携帯を持っていない。かけるところがないし、話すことがない。

・夜は7時に寝て、3時に起きる。

・(仕事に対して)いい意味でもう気が済んでいる。

・「何事もない」っていうのがどれだけ平和で幸せなことか、最近やっと気がついた。

・「今会ってみたい人いる?」って聞かれて「いない」(即答)



極め付け

「ベッド1個で大丈夫、寝る時に起きるから」



大御所揃いで番組も気を遣ったのか、
画面で映えるように、
3人の衣装にあわせた豪華なフラワーアレンジをそれぞれに用意してました。




ミエさんはズバズバと遠慮なく和田さんやあゆみちゃんに言います。
そしてその発言が的を射ている。
いつまでも若いですね~、ミエさん。
チョーカーがとてもおシャレで、パリのマダムみたいでした。




和田さんも先輩たちの聞き役に回って、とても上手に話を進めてました。
愛用の香水があゆみちゃんの真似してディオリッシモだったとは意外です。
でも先輩に気を遣って、ディオリッシモに北海道のスズランの香りをブレンドして使っていたんですって。

そもそも和田さんがおふたりを呼んだのだそう。
若い頃にとても優しくしてもらったからなんだって。
和田さん、デビュー当時、先輩にいじめられて泣いていたんだって。
これまた意外です。


今日の「ボクらの時代」は当たり!
いしだあゆみさんが最高でした。

どこか浮世離れしている感があるあゆみちゃん、
くれぐれも孤独死には気をつけてほしいものです。

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長男教という呪縛

2017-06-10 | 老いた親のこと
金曜の夜9時過ぎ、夫から電話がありました。
娘がでてしばらく喋っていましたが、わたしに替わってほしいというのででてみると。

「さっきおふくろに電話して話してたんだけどさ」

夫はわたしと結婚して以来、義母が電話をかけてきてもほとんど出ようとしません。
自分から電話することも全くと言っていいほどありませんでした。

それが単身になった途端、自分から時々電話しているみたいなのです。
多分うちにかけてくるより多いのではないかと思われます。
きっと夫は、わたしに対して変な見栄と遠慮があったんだと思います。

で、夫の電話に戻ります。

「途中でおふくろが親父に替わるっていうからさ、俺そのまま切ったんだけどさ・・・」

夫曰く、
どうにも父親にイラつくらしく、それは小学生くらいの時からだったと。

普段ならわたしも「えーなんでよ、そんな(切ったら)お父さんが可哀想じゃん」と言い、
夫はもうそこで不愉快になり、「もうお前には話さん!」といい電話を切るパターンですが、
珍しく夫が飲まずに(笑)話してきたので、よく聞いてみようと、
こっちの考えや気持ちを言わず、ひたすら聴くことに。

「お前も親父がイラつくだろ、なんか言いよったよな(言ってたよな)」

「わたしはお父さんの言葉に腹立ったことはあったけど、いつもイラつくってことはないよ。
 この前ハルカの誕生日にお金を送ってくれたんだけどちゃんとお父さんが手紙も書いてくれて優しいなと思ったよ」
っていうと、

「そういうところも俺は嫌なんだよな、相手のことを思ってやってるんじゃなくて自己満足なんだよ」
(それ違うでしょって言いたいけど我慢)

だいたい考えが古いんだ。
子どもは親の所有物としか思ってない。
長男が親の面倒をみるのは当然って、俺が小学校の時から言ってたし、今もそう思っている。
俺が小学校の時に船乗りになりたいって言ったら、よそんちで親父は(息子が跡を継がないのを)泣いたらしい(義父は職人)。

大学卒業して最初の就職を1ヶ月半で辞めて実家に戻った時、
俺は跡を継いでもいいかなと思って親に話したら、
親父が「お前は短気だから客相手はできないから無理だ」って言ったんだ。

俺が結婚しないことにはすごく心配していろいろ世話しようとしたくせに、
弟(今も独身で実家に同居)のことはなんの世話もしない。
叔父さんもそれはおかしいと言ってる。
そういうところも俺は親父に腹が立つ。

そういう義父に対する不満をずっと言うわけです。

聴いていて思いましたね。
夫の本心は、
長男なのに実家から遠く離れていて、年老いた親の面倒を全部弟に押し付けてしまっている自分に対して腹が立ってるし、
申し訳ないと思わないといけないことにも腹が立ってる。
申し訳ない気持ちが根底にあって
素直に義父と電話で話すことができないんだと思うし、冷たい態度しか取れないんだと思う。



長男教は、田舎の農家は先祖代々の土地があるから、跡を取るように小さい頃から親は長男に言い聞かせて育てます。
親だけでなくまわりの親戚、近所などあらゆる方向から刷り込まれていくんですよね。

ただ夫の実家は、農家でもないし、義父は次男で、代々継ぐべき土地や財産があるわけでもないし、
夫は転勤族のサラリーマンになったので、年に1~2回実家に帰るくらいしかできないわけです。
それでも義両親は当然夫が退職したら、実家に帰ってきてくれるものと思っていて、
以前義母が「あなたたちが帰ってきたら、(同居している)○○(義弟)はどこかアパートでも借りてもらうから」
つまり義弟は追い出すようなことを言ったんです。
それくらい長男が家を取る意識が強かったんです。

義両親は夫に対して、これは結婚してからずっと感じていたのですが、
絶対に頼みごとをしないし、夫に対して嫌なことを言いません。
というか夫が一番のように扱います。
不思議に思って義母に聞いたことがあるのですが、
こう言ってました。

「怒らせて、こっちに帰ってこなくなったら大変だから」


そんな義両親もだんだん年老いて、病院の送り迎えや買い物など、義弟が休みの時に車で連れて行ってくれるし、
義弟は手先が器用で電気の配線も水道の修理もなんでもできるひとなので、
帰省してもなーんにもしてくれない夫より断然義弟を頼りにしているようにわたしは感じます。



わたしが帰省していつも集まる友人たち5人全員が、義両親と同居の長男に嫁ぎました。
ひとりだけ次男ですが、そこは長男が最初同居していたけど折り合いが悪くなり出て行って、
そのあと友人と結婚し同居してます。

ある時親の話になって、
友人たちから、うちの姉もそうですが
「(夫の方)お父さんたちのことはわたしたちがちゃんと見るから安心して」って義両親に言わないとダメよって言われました。
でもわたし言えないんですよね~。

どう考えてもまだこっちにあと最低5年はいないといけない状況で、
飛行機で行ったり来たりする距離にいて、ちゃんと見るから安心してって言えないんですよね。
逃げているんです。

わたしの実家の親もふた親とも健在ですが、
弟夫婦が同居してくれていて、近くに姉も住んでいるので、ほぼ姉と弟のお嫁さんに丸投げ状態だし、
うちの親も弟夫婦も姉もわたしには全く期待していません。
どちらかといえば夫の両親をあんたはしっかりやりなさいよってスタンスだと思います。

弟のお嫁さんがしっかりしたひとで、うちの親は気の強いとんでもない人間ですが、
よく我慢して同居してくれているなと、有難く思います。
うちの弟も間違いなく、長男教の呪縛にハマったひとりです。

でも田舎では長男が家を継いでるところばかりではなく、
義弟みたいに次男が独身で残り、親の面倒をみてるってところも多いようです。
小さい頃は長男大事で、次男は差をつけられて育ち、
結局親の面倒をみてるのは次男なのに、いつまでも親は長男一番の意識が抜けない、
つくづく損な人生だと、同じ田舎の次男独身仲間と飲んで話すんだそうです。

朝ドラ「ひよっこ」では、三男が村を出て行かなければいけない寂しさを語った時に、
兄の太郎が「生まれた時から村を出て行くことが出来ない運命の人間のことを考えたことがあるか」と返しました。

村を出て行った夫は、
娘には俺らのことは気にせず自由にさせたい、
親の面倒みろなんて絶対に言わないと言います。
わたしなんて、親のことはあまり考えず、自由に生きてきました。
わたしはそういう呪縛はまったくなかったわけだし、元々薄情で冷たい人間なんだと思います。

三姉妹で、長女、次女が嫁に行き、三女がしかたなくお婿さんと同居って話も聞きます。
それでも家を出てしまった長女はずっと後ろめたい思いを抱えているってことも長女のかたから聞いたことがあります。
もしかしたら、同じように家を出た次女よりも後ろめたさ感は強い気がします。

跡を継ぎ親の面倒を見たものは、親の財産も全部受け継ぐわけだから、
いい面もあるような気もします。
でもわたしの友人らの話を聞くと、今は平等に分けないといけないから、全部というわけにもいかないそうです。
兄弟のほうから要らないと言わない限り。

ますます家を継ぐひとはいなくなるし、今の時代はそうなっていくのが自然なのかも。

でも夫の親と同居していた友人が以前は「絶対に息子と同居なんてしない」と言ってましたが、
息子が20歳過ぎたあたりから「もし旦那が先に亡くなったらわたし二世帯同居したい」と言い出しました。
わたし達若い世代でもそう。
ひとの気持ちは変わるものなのですね。

老いた親をほったらかしにはできないわけだけど、
今の我が家の状況だと、
義弟にただただ感謝するしかないし、義両親も元気でいてくれてこれまた有難いと思うしかなく。

自分たちの生活しか考えてない今のわたしは、
将来当然子どもに自分の老後を見てなんて言えないわけだし、
そこはしっかり考えておかねばとは思います。

とはいえ思い通りにならないのが人生なんでね~。

たまには帰らなきゃという思いはあるものの、全然帰ってません。
まわりのひとのおかげでそういう生活ができているわけで、
そこは感謝するしかないのだけど、
長男教の夫とは違い、
後ろめたさは若干抱えつつも割り切って生きてるわたしです。


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帰りたくないなー

2017-06-07 | 日々のこと
夫、2回目の帰省です。

娘の誕生日なので、帰ってきたそうです。
お土産もプレゼントもなかったんだけどね。

金曜の夜に帰ってきて、月曜のお昼過ぎに名古屋に戻りました。

戻る日、身支度を整え、リュックを背負いながら、
「あー帰りたくないなー」とつぶやいてました。


これがいつか、
名古屋から横浜に「帰りたくないなー」って日が来るのでしょうか・・・。

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6月4日に毎年かかってくる電話

2017-06-05 | 日々のこと
6月4日になると、毎年あるひとから娘に電話がかかってきます。

電話の相手は、新潟に住んでいた時の同級生だったAちゃんです。
彼女は、小3の夏に夫の転勤で伊丹に引っ越す日、たったひとり新潟空港に見送りにきてくれた娘の友達です。

小3の時はクラスが違ったけど、小1から2年間一緒のクラスでした。
特に放課後一緒に遊ぶわけでもなく、喧嘩も時々していたみたいですが、
お互い気になる存在だったみたいで、なにかあると幼いくせに悩みを相談していたみたいです。

とても印象的なのが「Aちゃんとはなにか家で嫌なことがあったら一緒に家出しようと約束しているんだもん」と娘が言ったこと。
そんなことをまだ2年生の子達が話すなんていったいどういうこと?って複雑な気持ちになったものです。

わたしもだけどAちゃんママも厳しい母親だったようで、親の愚痴を言い合っていたみたいです。

そんなAちゃんが、引っ越した翌年の6月4日に電話をくれ「お誕生日おめでとう」と言ってくれました。
6月4日は娘の誕生日なんです。
有難いことに今年まで続いていて、娘はAちゃんや他の知ってる友達の近況を聞いて楽しそうに話し、電話を切ります。
そして翌日はAちゃんに今度は娘が電話します。
Aちゃんの誕生日は6月5日なんです。

新潟には離れた1年後に一度だけ遊びに行ったっきり。
Aちゃんは娘に、1週間くらいうちに泊りにおいでよって言ってくれたみたいです。
ラブラとか一緒に行こうよって。
娘も、横浜にも来てよ!って誘ってました。

娘にとって新潟での生活が一番楽しかったみたいです。
わたしからみても一番生き生きしていたなと思います。

1年に2回、細ーく繋がっているだけですが、
その電話が来るたびに、新潟のひとたちから優しくしてもらったたくさんの記憶がよみがえってきます。


ありがとうAちゃん!

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どっち派!?

2017-06-05 | 日々のこと
ある会合で、同年齢の男性と雑談した時の話。

つい最近結婚記念日だったので、
奥さんと社会人の息子と3人で外で食事をした。
その時に奥さんが、ずっと自分に対して愚痴を言うのだそう。
私は毎日こんなに大変なんだとかこんなに頑張ってるとかそんなこと。

ご主人は話題を変えようと努力するものの、
奥さんの愚痴は止まる気配なし。
息子は、ふたりの時はいつもこんな風なのかと驚いたらしい。

その男性が言うには、
自分は単身赴任のような状況で、休日しか自宅に戻らない。
子どもはすでに独立しているので、奥さんは仕事をしてるけど、
家では自分のことだけやればいいし、給料は全部自分の小遣い。
しょっちゅう妻の友人たちが泊りに来ているし、これまたしょっちゅう奥さんは旅行に行ってるらしい。
こんなに自由で何が不満なんだろって思うんだって。

そんな風に夫に対して愚痴言いまくりの奥さんだけど、
よく泊りに来る友人たちの前ではなぜか、
夫のことを誉めまくるらしい。
普段あんなに自分に対して文句ばかり言ってるのに、
友達の前ではなぜ誉めるのかと聞くと
「だって楽しい雰囲気を(夫の愚痴を言って)壊したくないじゃない」と答えたのだそう。

わたしとは全く違うタイプの奥様です。

わたしなんて友達と集まれば「夫の愚痴」で大盛り上がり!
逆に夫のことを友人の前で誉めるなんて・・・ないな~。

その奥さん、わたしと同じ福岡県人。
気は強そうな気がする。

もしかしたら、
友達が泊り(3泊位平気でするんだって)に来るのを許してくれるので気を遣って夫の前では誉めといて、
夫がいなくなったら愚痴いいまくりだったりして。

だったら納得なんだけどね!


その方が結婚記念日だったって話をきいて、
自分の結婚記念日も数日前にすでに(何事もなく)終わっていたことに気がつきました。

別に驚きもしなかったけどね。



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中村哲医師講演会 ~武器ではなく命の水を~

2017-06-05 | 日々のこと
先日、娘と大和市にあるシリウスで開催された中村哲医師の講演会を聴きに行ってきました。

前日に講演会案内の記事を新聞でみつけ、
普段から「戦争は仕方ない面もある」という娘に、こういうひともいるってことを伝えたくて、
学校が終わった娘と横浜駅で待ち合わせ、会場に向かいました。
チケットが必要(中学生以下は無料)だったのですが、当日でも大丈夫だろうと思っていたら・・・。

18時半開場だったのでそれくらいに着いたのですが、
当日券を求める人で列ができてました。
わたしたちは30番くらいかな。
でも当日券がでるかどうかわからないと言われました。
半分も埋まるのかなと思っていたわたしは甘かった。

結局会場の1000席は満席となり、
当日券待ちのひとたち(5~60名くらい!?)は、各階のロビーで映像を流すので、それを観覧する人はどうぞということでした。
せっかく来たので、映像でもいいかと娘と館内へ。

中村哲さんは福岡出身の医師でペシャワール会の現地代表です。
福岡県人なら中村さんのことは知ってる人も多いと思います。

1984年、パキスタンに医者として医療活動をするために派遣されたことを発端に、
現在はアフガニスタンを拠点に活動されています。
アフガニスタンと言えばつい最近もテロが起きたことが新聞で報道されていました。
この国に対するわたしの印象は、
イスラム国家で、IS、タリバン、反タリバンがテロ活動を行っている世界で最も危険な地域(レベル4)のひとつってくらい。

そこで日本人である中村さんは、
2000年くらいからは医療活動ではなく、飲料水・灌漑用井戸事業を始め、
2003年から農村復興のため大がかりな用水路建設に関わって行きます。

医者がなぜ用水路を?
医者がなぜ土木技師に?

答えは、こちらをご覧になってください。






干ばつで荒れ果てた土地が、中村さんらのプロジェクトにより緑が戻りました。


活動に対して国の援助はなく、すべて寄付によって賄われているということ。


会場はほぼ中高年のなか、若い男性が質問されていました。

「北朝鮮からミサイルが飛んでくるようななかにいる私達は何を考えればいいのか」というような質問だったと思うのですが、

中村さんは
「ひとから叩かれたら痛いですよね、それは人間だれでも同じ、その想像力を働かせてください」
と答えておられました。

講演を聴いて、行動ありきの信念のもとに活動されているんだなと思いました。
現地で活動されているのは日本人は中村さんだけだともなにかに書いてありました。
活動はものすごいことなのに、ご本人は小柄な方で、気負いもなく飄々とお話をされているのがとても印象に残りました。

娘の感想、
「すごいひとだなとは思ったよ」だけでした・・・。
まぁ想定内ではありましたが、そういうすごい日本人がいるということを娘が知っただけでもよかったです。

会場にいた1000人のうち若い人は10人もいなかったのではないかと思います。
休日の昼間の設定だったら、また違ったのかなという気もします。







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