マリリンの映画日記

エッセイスト瀧澤陽子の映画ブログです!新作映画からオールドムービーまで幅広く綴っております。

『独裁者と小さな孫』

2015年11月19日 | 映画

『独裁者と小さな孫』の試写を見てから約一か月後に、パリ同時多発テロが起こった。

この作品の素晴らしさをどう描こうと考えていた矢先に、極悪非道、悲惨なテロに胸を痛めた。犠牲になった人々に哀悼の意を捧げる。

だからこそ、ここにきて『独裁者と小さな孫』の存在意義が大きく浮き上がってくるのだ。

独裁政権に支配されるある国。この作品では決して国を特定していない。架空の国として描いている。つまり、それはアラブの春のその後の国々でもあり、シリアでもあり、どこにでもあてはまるのだ。

主役の老独裁者はクーデターにより幼い孫と共に逃亡を余儀なくされる。一般市民に化け、変装をして逃げ続ける。そこで独裁者は自らが独裁を強いた自国の市民の真実を目の当たりにするのである。

その結論は決してセンチメンタルなものでもなければ、お涙頂戴のものでもない。

一国の独裁者と孫の命が、計り知れない憎しみを持った市民たちの手にかかるまさにその時に、「奇跡」が起こるのである。

暴力は暴力を生み、永遠に続いていく。憎しみは憎しみを生み、永遠に続いていく。いつかはどこかで誰かが断ち切らなければ…。

この作品はそんな警鐘を鳴らしている。

パリの同時多発テロにより、有志国がシリア、イラクのイスラム国への空爆を強化したところで、何も解決にもならないと、『独裁者と小さな孫』が叫んでいるようでならないのだ。

いつも戦争やテロで犠牲になるのは何の罪もない市井の人々であることを、絶対に忘れてはならないのだ!

12月12日から公開

【監督】モフセン・マフマルバフ

【キャスト】ミシャ・ゴミアシュビリ ダチ・オルウェラシュビリ ラ・スキタシュビリ グジャ・ブルデュリ ズラ・ベガリシュビリ


『母と暮せば』

2015年11月07日 | 映画

山田洋次監督は現代の映画界の宝である。

宝物である以上、ずっと永遠に宝物でいて欲しいが、山田監督も人間、御年84歳である。

「男はつらいよ」シリーズが山田監督の子供ならば、今回の『母と暮せば』は、孫のような作品なのではないかと思った。

今、戦争へと誘うような不穏な動きがある日本の国家に対して、若い人間の生命を問題にした作品を作りあげ、若者の行く末に警鐘を鳴らしているからだ。

もちろん、原作は井上ひさしの「父と暮せば」。2004年、黒木和雄監督、宮沢りえ、原田芳雄主演で映画化されている。こちらは原爆投下の広島が舞台。

今回の『母と暮せば』は原爆投下の長崎が舞台。ともに、日本の戦争の歴史の中で、原爆投下の恐ろしさと悲劇を渾身の力で描いている。

長崎の原爆で最愛の息子を失った母親。息子役は「嵐」の二宮和也、母親役は吉永小百合。

幽霊となってこの世に出てきた息子と母親の何気ない会話。

「浩二はよう笑うのね」

「悲しいことはいくらでもあるけん、なるべく笑うようにしとるとさ」

この会話に『母と暮せば』の重要なファクターが込められていると思った。

とてつもないほど苦しくて、とてつもないほど悲しい話なのに、ところどころに喜劇の色が見え隠れする。どん底でも「笑う」ことは人を救う。これこそ山田洋次監督の真骨頂であるからだ。

そして、吉永小百合、二宮和也、黒木華、子役の本田望結ちゃんが、今までのどの作品にもないような深い感性で丁寧に演じている。

戦後70年。平和な日本が永遠に続いて欲しいと強く訴えているようなそれぞれの熱い演技に、私は鳥肌が立っていた。

戦争の愚かさを訴えながら、平和を守り続ける強い力が結集した素晴らしい作品だった。