「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

旅立ちの季節に振り返ること

2016-12-07 | 英国大学院博士課程に関して
本学は、今週、卒業式を迎えています。
これが英国標準なのかどうかはよく判りませんが、英国研究大学連合「ラッセルグループ」の一角にして英国内で9番目に古い歴史を誇る研究大学として数多の人材を輩出してきた本学においては、冬と夏、すなわち12月と7月に卒業式があります。とくに冬はMaster course(修士課程)の卒業式であり、夏よりも規模が比較的大きいとのことです。
Belfastから旅立つ人もいれば、そのままPhD course(博士課程)に進む人もいます。いずれにせよ人生における一つの区切りであり、もう二度と会うことがない人たちもいるでしょう。一期一会の世の中ですが、別離はいつだって寂しいものですね。
Good Luck!

振り返ると、私自身、今年は転機でした。まず、引っ越しを2回もしましたから。同都市内での近距離の転居ならばともかく、いずれも生活環境の変化が大きかったものですから、慣れて適応するまではやはり時間がかかりました。また、幾つもの重要な決断をせざるを得なかったという意味でも、一つの節目になると思います。私の人生の方向性がある程度は決まりましたから。今、ここ英国まで来て、国際学会の副会長を務めるような大科学者である指導教官からどこまで本気か判りませんが「君のアイデアは興味深く、放射線研究者として君は大成するかもしれない」と言われて、ようやく自分の選んだ道を信じて進めるような気がしています。

福島県の片隅の小さな公立病院で勤務していた時、私はある患者さんを看取りました。
彼は福島県飯舘村に住んでいましたが、あの原発事故で故郷を追われ、その後は相馬市の仮設住宅にて独りで暮らしていました。最期に「家に帰りたかった」と言って、失意のまま亡くなられました。私はなんとかしてあげたかったけれど、結局、何も出来ませんでした。
何の罪もないのに彼にはあのような人生の終わり方しかなかったのかと思うと、悲しくて、悔しかった。「誰かが放射線被ばく影響を一生懸命に研究しなければならない」と心に刻みました。
今回の悲劇的な原子力災害から得た教訓を以て私たちは絶対に前に進まなければならないと。
故郷を失って無念のうちに亡くなられた人たちの想いを決して無駄にしてはならないと。
そう思って、そう信じて、今、私はここにいます。

上の写真は、松島の円通院で撮影されたものです。
とても綺麗な紅葉ですね。この種の儚い美しさは英国にはなく、改めて日本の風土の特徴を感じさせられます。帰国して松島へ行く機会があったら、この幻想的な光景を直に見てみたいです。福島で大変お世話になった方がわざわざ写真を送って下さったのでした。ありがとうございました。ご厚意にいつも感謝しています。
色々な方々に支えられて、今、私はここにいます。

未来のことなんて今の私には何も判りませんが、ただ、いずれにせよ努力を続けていくことしか出来ません。それにしても、子供の頃には、まさかこんな人生を歩むなんて、思いもよらなかったなあ……