Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

サービス業にとってグローバル化の意味

2009-03-25 22:57:21 | Weblog
サービス・イノベーションが生産性の飛躍的な向上を目指すものだとしたら,そのメルクマールは,ビジネスとしてグローバル化できるかどうかではないか ・・・とサービスの研究者たちに問いかけても,あまりよい反応は返ってこない。それに答えてくれる場合があったとしても,日本人の語学力が劣るとか,欧米と文化が違うとかいった理由で説明されがちだ。その答えが間違いだとはいわないが,それだけではないように思う。

1つの例がホテル業だ。一時期,世界の主要都市に日本の有名ホテルが進出していたが,その後多くが撤退した。他方,外資系ホテルは次々と日本に進出している。ホテルは欧米文化に深く根ざしており,欧米企業に優位性があるという説明には説得力があるが,日本の高級ホテルも長い年月をかけて,現場のオペレーションやサービス品質で欧米に負けないレベルまで達したのではなかったのか。どこに違いがあるのだろうか?

先週,MBF でリッツ・カールトン日本支社長の高野登氏の講演を拝聴した。なぜ米国のホテルはグローバル化できて,日本のホテルにはできないのか,ぼくなりにわかったような気がした。リッツ・カールトンは傑出したホスピタリティを顧客に提供するだけでなく,それを持続可能・移転可能な形にする様々な工夫をしている。極論すれば,グローバル化するという明快な意図を持って行動したかどうかの差ではないだろうか。

手続きを標準化し,マニュアルを整備すればよいという話ではない。それは最低限なすべきことだが,卓越したサービスのためには,マニュアルには書かれていない,臨機応変の対応が必要となる。リッツ・カールトンが優れているのは,従業員が高いホスピタリティを発揮すべくつねに学習し続けるよう,制度として動機づける仕組みを作ったことではないか。だから,世界中で等しく高質なサービスを維持できるのだろう。

興味深いのは,リッツ・カールトンが最も重視するのは実は従業員とその家族で,その次は取引業者とその家族(その2つを内部顧客という),顧客(外部顧客)は3番目にくる,という話だ。顧客満足のためには従業員満足が必要だという主張は従来からあり,研究者の間にはそれに対する異論もあるが,この議論のポイントは,人間をどういう存在として見るかだ。それは研究,実務のいずれにも重要な含意を持っている。

人間はできれば楽したい存在だ。少なくとも,もらった給料以上に働く気にはなれない。一方,自分の能力をできる限り発揮して,達成感を得たいとも思う。社会的インタラクションがあると,いっそううれしいと感じる。端的にいえば,相手を思いやり,それが相手に感動を与え,感謝されるとしたら幸福になる。人間にはその両面がある。個人の性格もあるが,組織風土やリーダーシップ次第で,どちらかの面が強く出る。

高野氏が語るリッツ・カールトンの哲学からは,他にも学ぶべき点が多い。具体例は下記の高野氏の近著で紹介されているが,要は,一般のホテルが顧客の顕在ニーズを満たすことに汲々としているのに対し,顧客が気づいていない潜在ニーズを探し当て,より広い範囲のニーズを獲得しようというわけだ。それこそ,サービス・イノベーションなわけで,そこを無視した科学とか工学とか称するアプローチには限界がある。

絆が生まれる瞬間
高野 登
かんき出版

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もうひとつ,印象に残ったのが,「トップ5%」を狙う,というターゲット論だ。それは単なる富裕層マーケティングではない。知性,センス,そして社会性においてもトップクラスであるような人々をターゲットとすることで,その下位にあるより広い層をカバーすることもできる。顧客に一種の階層性を仮定することになるが,注意しなくてはならないのは,カネや権力だけを基準にした階層とは微妙にズレていることだ。

いずれにしろ,最終的に問われているのは,人間をどう理解するかだと思う。顧客を統計的な規則性を持って空間内を移動するアトムとして捉えるとしたら,そのレベルのサービスしか生み出すことはできないだろう。しかし,顧客を一定の記憶と欲求と思考を持って時間のなかで生きる存在とみなし,いまここで何が彼らを喜ばせるかを考えることで,高水準のサービスが生まれてくる。それを考えない科学や工学は寂しい。

以下の雑誌の特集が示すように,現実のホテル業界は,日系,外資系を問わず厳しい状況にある。高野氏によれば,リッツ・カールトンでは,街の灯りが消えて夜がいっそう暗くなると,星の光がかえってよく見えるようになると捉えているという。つまり,いまこそ,本物の価値が問われる時代だと。何が本物として生き残るのか,これからのホテル業界の動向に注目したい ・・・今度,シャングリ・ラでも見学に行くかな?

週刊 ダイヤモンド 2009年 3/28号 [雑誌]

ダイヤモンド社

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