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あるマーケティング研究者の思考と行動

Kamenomics: Alternative Economics?

2009-10-10 23:55:00 | Weblog
Kamenomics とは,2009年に発足した鳩山民主党政権において金融・郵政改革担当大臣となった,亀井静香氏の政策を支える「経済理論」であり,市場や企業活動への規制・介入や積極的な財政支出を提言する点を特徴とする。その意味で,伝統的なケインジアン,あるいは修正資本主義的な政策思想につながるものと考えられる。それは,市場メカニズムを信頼する新古典派経済学から見ると誤った考え方だが,違う前提に立つ経済理論から見れば違う評価になるかもしれない。

■ 批判の嵐
亀井静香氏が,中小企業に対する民間金融機関の融資の返済を猶予させる法案について大臣就任の記者会見で語ったのが9月15日。そのとき,多くの経済の専門家たちの反応は,そんなことをしたらムチャクチャなことになる,というものだった。9月27日「サンデープロジェクト」に登場した亀井氏は,民主党ブレーンといわれる榊原英資氏を含めた専門家たちから猛烈な批判を浴びる。ただし,司会の田原総一郎氏によれば,このとき視聴者から亀井氏を支持する電話が殺到したという。

■「陰謀」説
その翌日,外資系投資銀行に勤務し,投資に関する著書もある藤沢数希氏のブログ(金融日記)に「みんな亀井静香を甘く見ない方がいい」という記事が発表された。それによれば,実は社会主義者である亀井氏は,日本の銀行業界が危機的状態に陥ることを承知で,この政策を実行しようとしているという。つまり,亀井氏の本当の狙いは,日本のメガバンク全体を郵政とともに国営化し,支配下に置くことだと(なお,このブログには「全部ネタ」と断り書きが入っている)。

■ゲーム論的分析
一方,この政策は心配されているほどの危機を起こすことはないだろう,という意見も現れる。会計士の磯崎哲也氏は,ゲーム理論を援用しながら,「 亀井大臣の「モラトリアム」は実はあんまり使われないんじゃないか?」と述べる。返済猶予を申し出ることで,今後,金融機関や取引業者からの信用が低下する。したがって,この制度に応募する中小企業はそう多くなく,懸念されているような危機は生じないが,本来期待されている効果もない,と磯崎氏は見ている。

■落としどころ
経済評論家の山崎元氏は,9/30 に書かれた「亀井・藤井・福島3大臣の 気になる『マーケット感覚』」という記事のなかで,返済猶予の具体的な中身が,国による債務保証のようなかたちになると予測している(最近のニュースでは,そういう方向で政府原案がまとめらているようで,山崎氏の読みの鋭さに感心させられる)。したがって,金融業界が危機に陥ることはないが,「本来リスクのある貸出案件に対して公的な低利の金融を大量に付けることになる」と批判する。

■前政権との継続性
概して批判が多い亀井氏の政策だが,最近ロイターに「焦点:亀井発言、中小金融専門家は一定の理解」という記事が載った。実は昨年,麻生内閣は中小企業向け融資の政府保証を行なう政策を実施しており,年末にその返済が迫っているが,特に零細企業に返済能力が回復していない企業が多いという。その意味で,現在考えられている返済猶予策は,前政権が行なった政策を継続・強化するものといえなくもない。もちろん,だから安心だ,よい政策だ,という話にはならない。

■ミクロ的基礎
こうみてくると,Kamenomics とは結局,長い間自民党政権の根幹にあった,家父長的温情主義の政策思想そのものではないかと思えてくる。何か独自の部分があるかを考える上でヒントになるかもしれないのが,亀井氏と経団連の御手洗会長との会話である(もちろん亀井氏が一方的に公開した内容だが)次の記事だ:
・・・亀井担当相は、御手洗会長に「(従業員や下請けのために)内部留保を出せ」と迫ったという。
「あなたたちは、下請け・孫請けや従業員のポケットに入る金まで、内部留保でしこたま溜めているじゃないか。昔の経営者は、景気のいいときに儲けた金は、悪くなったら出していたんだよ」
そう亀井担当相が話すと、御手洗会長は「亀井さん、やり方がわかりません」と答えたという。それに対して、亀井担当相は「オレが教えてやる」と応じたのだそうだ。
亀井氏の主張が,企業収益の分配に裁量権を持つ経営者は何らかの「社会的責任」も目的関数に入れて意思決定しろ,といっているとしたら,それは新古典派的企業モデルとは異なるが,新たな企業モデルとしてあり得なくはない。御手洗氏他,多くの経営者もまた社会的責任について考えてはいるが,従業員の雇用のためにも企業の成長が必要だとして,そのために投資やリストラをより優先している。とすれば,こうしたモデルの違いは,企業の多目的効用関数における相対的なウェイトの違いに集約される。

あるいは,企業の意思決定を経営者や従業員といった異なる主体間の交渉ゲームと考えた青木昌彦氏のモデルに,下請企業や非正規労働者,あるいはもっと広範な「社会」との交渉を加えるという拡張が考えられる。しかし,そもそも企業の外部にある主体と何を交渉するのか,なぜそうしなくてはならないかは,そう簡単な話ではない。Kamenomics がそこまで視野に入れた発展を見せるなら,未来への約束でオバマ氏がノーベル平和賞を受賞したのと同様の賞賛を受けても不思議ではない。

素晴らしき Kamenomics !! それは今後,どこに向かうのか? それとも,それは本当に存在し得るのかを問うべきか。 

現代の企業―ゲームの理論から見た法と経済 (岩波モダンクラシックス)
青木 昌彦
岩波書店

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