Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

神経経済学 公開シンポジウム

2010-09-13 02:59:03 | Weblog
WCSS2010 から戻ったばかりの 9 月11日,日本学術会議講堂で開かれた「神経経済学―その基礎と展開―」と題する公開シンポジウムを聴講した。事前予約不要,無料のためか,若い参加者が多かったような印象を受ける。また,経済学の名前がついた催しにしては,女性の数が比較的多い感じがした。

講演の内容は以下の通り:

Thomas Zentall(ケンタッキー大学教授/実験心理学)
"Maladaptive gambling by pigeons"
Wolfram Schultz(ケンブリッジ大学教授/神経生理学)
"Neuronal value and risk signals"
Colin Camerer(カリフォルニア工科大学教授/実験経済学)
"The neural circuitry of economic valuation"
高橋 英彦(京都大学講師/社会脳科学)
"Neural basis of social emotions"

このなかで「神経経済学」という領域のど真ん中にいるのが,Camerer 氏だ。Tversky,Kahneman,Thaler たちが築きあげた行動経済学の Stylized facts(その筆頭がプロスペクト理論)に対して,それが脳のどの部位によって担われているかが研究されてきた。それによって,繰り返し観察される行動パタンを引き起こす脳内の機構がある程度特定できる。

それに何がありがたみがあるのか? 神経経済学が扱う行動はすでに行動経済学によって再現性が高いことが知られているので,そこで新たな知見が加わることはない。しかし,意思決定のメカニズム(Camerer いわく mechanics)が探求され,たとえばある行動傾向がある感情と強く結びついていることが裏付けられれば,予測や制御に役立つ可能性がある。

その点で,精神科医である高橋氏が,神経経済学の行き先を「計算精神医学」と述べていることは興味深い。それは,経済学を神経科学的に基礎づけるというより,神経科学に行動経済学の知見を組み込むことで,人間理解,ひいては臨床に役立てることだと考えられる。したがって,神経経済学はむしろ,社会神経科学の成立に貢献するかもしれない。

神経科学的な話は出なかったが,Zentall氏による,動物(鳩)を用いたリスクのある選択実験の研究も興味深かった。人間の持つ意思決定のバイアスが動物にも見出されるとしたら,それはかなり根が深い適応性を持つということだ。もちろん,人間の意思決定の多くが,動物が直面する以上の複雑な状況で行われる。その間は連続的なのか非連続的なのか。

ぼく自身は,このシンポジウムで紹介された様々な研究に強い興味を持ち,得られた知見を自分の研究の「ブロック」あるいは「制約」として使いたいと考えている。一方,神経経済学で検証される命題の多くは,行動経済学で観察された規則性である。そこが知の源泉であって,そこが枯れたらすべてが止まる。だからそこが最も注力されるべき領域だと考える。

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