Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

スティーブ・ジョブズ I・II

2011-11-14 20:06:29 | Weblog
有名な伝記作家であるアイザックソンに,死を予感したジョブズが依頼して書かれた伝記。本人や家族,アップルの幹部社員たちが取材に協力しているだけでなく,彼のライバル(ビル・ゲイツが筆頭!)からジョブズのおかげで酷い目に遭った人々まで,広範かつ重層的な取材を行っている。

そこで描かれるスティーブ・ジョブズ像は単純ではない。彼の「悪い面」も「良い面」も,これまで語られてきた以上に凄まじい。その振れ幅は尋常ではない。ジョブズという症例は,作家にとっても心理学者や精神科医にとっても非常に興味深い人間研究の対象であることは間違いない。

スティーブ・ジョブズ I
ウォルター・アイザックソン
講談社

スティーブ・ジョブズ II
ウォルター・アイザックソン
講談社

一方,本書はアップルの製品開発やマーケティングの内奥を知る経営書として読むこともできる。アップルに張り巡らされた機密保護の壁は厚く,これまで同社に関する本格的な研究はほとんどない。本書はそこに風穴を開けた。当事者への聞き取りが多面的に行われており,史料価値は高いと思う。

もう一度読み直して整理してみたいが,いま感じているのは,アップルのイノベーションはジョブズを一種の触媒としつつ,様々な人々が化学変化を起こして生み出した結果ということだ。なかにはジョブズに隠れて準備されたものもあるし,ジョブズが部下に反論されて渋々受け入れたものもある。

したがって,すべてジョブズが考え出したかのように神格化することは誤りだが,ジョブズ抜きでイノベーションが進行したと考えるのも誤りである。そこで起きているインタラクションの全貌を把握することは不可能だが,本書によって少なくともその断片を窺い知ることができるのはありがたい。

製品開発だけでなく,アップルの有名な広告キャンペーンが策定されるプロセスも興味深い。ジョブズは基本的に広告制作のパートナーを代えていない。彼らを罵倒し,むちゃくちゃ口を出しながら,彼らのクリエイティビティを引き出していく。インタラクションというにはあまりに苛烈だ。

彼は絶対「美」感とでもいえる感覚を備えている。世のなかには美しいものと醜いものしかなく,後者には耐えられない。厳しい要求を突きつけて,エンジニアやクリエイティブから「だったら自分でやってみろ!」と罵られても怯まない。その独特の説得力こそ彼の持ち味なのだろう。

その対極にあるビル・ゲイツは,ITのモジュール化を前提に,より多くの業者を仲間に入れる戦略で成功した。著者のインタビューに対して,ゲイツはアップルが統合性の追求で成功したことを認めつつも,それはジョブスあってのことであり,今後持続する保証はないという趣旨のことを述べている。

それを聞いたジョブズは反論する。
「そういう形で優れた製品を作ることは誰にでもできる。僕だけじゃない」
 では、エンドツーエンドの統合を追求してすごい製品を作った会社はほかにどこがあるかとたずねてみると、ジョブズは考え込んでしまった。ようやく返ってきた答えは、
「自動車メーカーだな」
 だった。しかも,一言、追加される。
「少なくとも昔はそうだった」
徹底して美を基準にした統合的アプローチをとる企業がほかにないのか,今後も現れないのかどうかは,われわれに投げかけられた問いでもある。ビジネスにおけるイノベーションがよりクリエイティブであることを願う者にとって,本書は何度も読み直す価値がある。

ただし原書もそばに置いておきたい。ジョブズが気にくわないものに投げつける罵りのことばや,その対極にある絶賛のことばを原文で読むのも味わい深いはずだ。

Steve Jobs
Walter Isaacson
Simon & Schuster

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。