私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『暗夜行路』 志賀直哉

2008-08-29 20:47:57 | 小説(国内男性作家)

祖父と母との過失の結果、この世に生を享けた謙作は、母の死後、突然目の前にあらわれた祖父に引きとられて成長する。鬱々とした心をもてあまして日を過す謙作は、京都の娘直子を恋し、やがて結婚するが、直子は謙作の留守中にいとこと過ちを犯す。苛酷な運命に直面し、時には自暴自棄に押し流されそうになりながらも、強い意志力で幸福をとらえようとする謙作の姿を描く。
文豪志賀直哉の唯一の長編小説。
出版社:新潮社(新潮文庫)


非常にスローテンポで進む物語だ。
特に最初の方は芸妓を相手に友人と遊んでいるだけで一体それを通して何を書きたいのかが、なかなか読み取ることができない。途中の展開でも、ここまで細かく主人公の心情を描いて何をしたいのか、と感じる部分も多く見られた(読解力の問題だと言われたらそれまでだが)。

しかしそれでもふしぎと退屈だと感じずに最後まで小説を読み進めることができる。
その理由はさっぱりわからないのだが、あるいは淡々とした文章のリズムと、主人公の心理描写を自然体で描いていることが大きいのかもしれない。

そんな起伏に乏しい作品ではあるのだが、もちろん山となる部分も存在する。
そのひとつが主人公の出生の秘密とお栄との関係だろう。この小説を恋愛小説だと言う人もいるらしいが、それも一面では正しいと感じさせる流れだ。
若者らしく性欲にふりまわされながら、自身の一番親しいお栄に思いを告白する流れが、淡々とした心理描写で描かれており、それが丁寧で読ませる力がある。それに伴う謙作の不愉快も、栄花を通して抱く「一人の人が救われるという事は容易な事ではないと思った」という感慨も、胸にすっと染み込んでくるようで滋味深い。

後篇の妻の不義という展開は前篇よりもシリアス度が増して読ませる力がある。
不義を許そうと思いながら、それをどこまで許せているのか自分でもしっかりわかっていない主人公の心理と、自分は許されないのではないか、というひがみを持っている妻の直子との微妙な葛藤が適度な緊張感が生んでおり、スリリングに読むことができる。
子供の死という事件も踏まえた丁寧な展開と描写のため、夫婦の緊張感がより伝わってくるのが大変興味深い。

そして主人公が大山に行くことで、夫婦の間で心情の変化が生まれる流れがじんわりとした感動を呼んでいる。まだ妻の不義を疑う気持ちはあるけれど、相手を思いやる心の様子は温かく、妻のラストの思いもさわやかで読後感も良い。
自然と一体化する、ある種悟りの境地に似た主人公の山での場面も、真の意味での赦しと救いを見るようだ。

地味な作品ではあるし、この作品の真の良さを僕が読み取れているかは心許ないが、ふしぎな味わいとそこはかとない美しさをたたえた一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


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