私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『脳と仮想』 茂木健一郎

2007-10-10 20:40:38 | 本(理数系)

「サンタクロースは存在するか?」空港で聞いたその問いを元に、数量化できない感覚が持つ質感=クオリアから立ち上がる仮想について、思索し論考した作品。
テレビなどでも活躍する脳科学者、茂木健一郎の第4回小林秀雄賞受賞作。
出版社:新潮社(新潮文庫)


脳科学者が書いた本で、『脳と仮想』というタイトルになっているので、てっきり科学的な内容なのかと思っていた。だが、クオリアと仮想に関する自身の思想をまとめた内容であり、科学的というよりも、どちらかと言うと文学的な雰囲気の方が強い。
そのためやや肩透かしを食ったのだが、ところどころに挿入される文学、哲学、音楽、サブカルなどの知識は博学であり、知的好奇心を刺激され、そんなことも気にせず楽しく読み進むことができる。
たとえば新奇なものを好むのは母親に守られているからという、ボールビーの論の紹介など、初めて聞く話も多く興味深い。

そのような知識を総動員して、著者は人間の脳が生み出す仮想について描き上げているが、その論考の中から、著者の熱い心が仄見え印象に残る。
たとえば、芸術を見て心が傷付けられることによって創造が生まれるという話、「東京物語」を通して語る他者との断絶と仮想の必要性の話、三木成夫を通しての「思い出せない記憶」の蓄積が自分の中に存在しているという話、仮想が現実で傷付かざるをえない我々の癒しになっているという言説など、それを述べる著者の論調はとにかく真摯である。
著者自身、仮想という数値化できないものがいかに我々の生を助けているかを伝えたくて真剣なのだろう。それに仮想を語ることによって、人の心に救済を与えているようにも見え、その姿の切実さは胸に迫るものがある。

結論の出ない内容なので、読み終えた後、宙に浮いたような気持ちにもなるが、刺激的な内容であり、人間の仮想の豊かさとその重要性に思いを致すことができた。読み応えのある一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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