大学進学のため長崎から上京した横道世之介18歳。愛すべき押しの弱さと隠された芯の強さで、様々な出会いと笑いを引き寄せる。友の結婚に出産、学園祭のサンバ行進、お嬢様との恋愛、カメラとの出会い…。誰の人生にも温かな光を灯す、青春小説の金字塔。第7回本屋大賞第3位に選ばれた、柴田錬三郎賞受賞作。
出版社:文藝春秋(文春文庫)
『横道世之介』はふしぎな小説である。
本書を端的に表すなら、地方から上京してきた若者の東京での一年を描いた小説なわけで、基本的には大学生の日常が書き連ねられているだけでしかない。
あらすじだけ聞くと、おもしろいの? って言いたくなるような作品である。
でも、これがまたおもしろいから、本当にふしぎとしか言いようがない。
ときにクスクスと、ときにニヤニヤと、ときには声を上げて笑えるし、それでいて最後は、じーんと胸が震える。
つくづく感心するほかない作品である。
この作品を楽しめたのは、登場人物の個性によるところが大きいだろう。
特に主人公の世之介と、やがて恋人となる祥子のキャラが抜群に光っている。
世之介は流されるように生きているわりに、結構図々しい男である。
加藤がらみのエピソードなんかは典型で、クーラーがないからという理由で、彼の部屋に入り浸るところなんかは特にそう思う。
ほかにも、いやいや、これ、相手からしたらたまったもんじゃないな、と思うような図々しいシーンは見られる。
だけど、そんな空気が読めない男なのに、なぜかしら憎めないのである。
たとえば、自分はゲイだとを加藤がカミングアウトする場面。
そのとき世之介は、加藤がゲイであるという事実ではなく、それがクーラーのある俺の家に泊まりに来るな、という遠回しの意味ではないか、ということの方を心配しているのだ。
もちろんそんな世之介の態度はつっこみどころが満載だ。どこかずれている上に、とぼけたところがある。
しかしそこに、悪意はかけらもない。だから変に憎めないのかもしれない。
こういう人って得だよな、と読んでいるとつくづく感じる。そしてそれこそ、人間的魅力ってやつなんだろう。
本当に横道世之介、愛すべきいいキャラクターである。
そして愛すべきという点は、彼の恋人となる祥子にも当てはまるのだ。
祥子は、いわゆるお嬢様である。
実際、いやいやこんなステレオタイプのお嬢様、マンガでしか登場しないよ、ってくらいに浮世離れしている。
擬音で表すなら、ふわふわ、っていう言葉を使いたくなるような人だ。
しかし、何でだろう。ありえない、と思いながらも、現実的にいても、おかしくないのかも、って思えるような実在感があるのだ。
そう感じられるのは、祥子がおもしろい子で、好感を持てる子だってのも、大きいのかもしれない。
実際祥子は、愛されて育ったんだろうな、って感じられる部分が多く、読んでいるとほっこりする。
優しく、おっとりしていて、しかしお嬢様らしく図々しいところもあり、しかしロマンチックなところもある。
価値観が人とどこかがちがっているので、そのずれ具合が笑えてしまう。
そしてそれゆえに、世之介同様に、憎めない、愛すべき子なのだ。
そしてそんな彼らの存在があったればこそ、ラストをしんみりせずに、締めることができているのだろう。
特に全編を貫く明るさは、世之介の存在にあると言える。
40になった祥子は、世之介を評して、「いろんなことに、『YES』って言ってるような人」「いっぱい失敗するんだけど、それでも『NO』じゃなくて、『YES』って言ってるような人」と答えている。
ラストの世之介の母の言葉も、そんな彼の本質を突いていよう。
40近くなったむかしの友人たちが、世之介をどこか温かい気分でふり返っているのも、そんな風に、『YES』を言い、大丈夫だ、と考える世之介の温かさが導き出してくれたものなのかもしれない。
そのように、世界を丸ごと肯定するような雰囲気に、読んでいて静かに胸が震えた。
愛すべきキャラクターが織り上げる物語の、美しいまでにポジティブさが、深く胸に染入る一品である。
個人的な好みに見事はまった、文句なしの一作だ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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