私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『蒼穹の昴』 浅田次郎

2010-05-17 20:40:15 | 小説(歴史小説)


汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう―中国清朝末期、貧しき糞拾いの少年・春児は、占い師の予言を通じ、科挙の試験を受ける幼なじみの兄貴分・文秀に従って都へ上った。都で袂を分かち、それぞれの志を胸に歩み始めた二人を待ち受ける宿命の覇道。万人の魂をうつべストセラー大作。
出版社:講談社(講談社文庫)



とことんおもしろい作品である。
一応西太后の時代のことは、以前読んだ『西太后 大清帝国最後の光芒』で、ざっくりとではあるけれど知っていた。
だけど、そういった当時の時代背景を知らなくても、充分に楽しめる作品ではないかと思う。

それは劇的な時代を扱っていることが大きいだろうし、登場人物のキャラが存分に立っている点も大きいだろう。


西太后の時代は内憂外患の言葉がぴったりはまるほど、混沌とした時代だ。
日本で言えば幕末みたいなもので、列強の侵略が迫る中、保守派と改革派が反発しあい、足の引っ張り合いや対立など、波乱万丈なまでにいろんなできごとが起こる。

それだけでも読み物としては楽しいのだが、そういった外部の事件を受け、多くの人間たちの思惑が交錯する点が、物語をさらにおもしろくしている。
予言を信じて上の地位へと登りつめようとする貧民の子の春児や、親から冷遇されながらも科挙を一位で突破した文秀など、主人公たちの生き様は、なりあがりそのものであり、それだけでもワクワクしながら読み進めることができる。
それに宮廷を舞台にしていることもあり、政治的な駆け引きなどは、じりじりした雰囲気さえ感じられる。


そしてそれらのエピソードを支える上で、キャラクターの魅力は欠かせない。

本書には、実在、非実在と多数の人物が登場するが、その多くが読んでいて、応援したくなったり、反発したくなったりするほど、人間臭い手応えにあふれている。

そして本作の上手いところは、それらのキャラの性格を、エピソードと絡めて描いているところだろう。
たとえば、楊喜が文秀を尋ねてきたとき、文秀は詩で返答をしている。それは最高にかっこいいシーンなのだが、同時に文秀の若さゆえの生意気さと知性が伝わってくるようだ。
少年のころの乾隆帝が地球が丸いことを悟るところなどは、彼の聡明なところを示すところなどはドキドキする。
西太后が岩山で乾隆帝と話すシーンには、激しいだけではない弱い彼女の姿が仄見えて、非常におもしろい。
李鴻章の仕事っぷりを見ていると、いかにも彼が有能であることがわかるし、男気もあって、一本筋を通す政治家としての姿勢もうかがえて非常に興味深い。

そのほかにも、エピソードを交えて、登場人物たちがどんな性格でどんな魅力を備えているかを、力強く語っている。
その語り口には圧倒される他ない。


と基本的には大満足だが、あえて欠点をあげるなら、物語の視点が分散してしまったために、物語に一本筋の通ったものが見出せなかったことだろうか。
そのためいくらか散漫な印象を受けたことは否定できない。

しかしこれだけ壮大な物語を、キャラクターの性格も書き分けて、きっちり描き上げた手腕は本当にすばらしいとしか言いようがない。
心震えるほどの際立った娯楽大作である。すばらしい一品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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