私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『今こそアーレントを読み直す』 仲正昌樹

2010-02-18 20:14:58 | 本(人文系)

20世紀を代表する政治哲学者が、なぜいま再評価されるのか。人間の本性や社会の公共性を探った彼女の難解な思考の軌跡を辿り直し、私たちがいま生きる社会を見つめ直す試み。
出版社:講談社(講談社現代新書)



日常を生きている以上、自分の考えと対立する意見に出くわすことは、そんなにめずらしいことではない。
ささいなことから、重大なことまで、程度の大小はあるけれど、それはよくあることだ。
そんなとき、僕は対立意見をどれだけ許容できるのだろうか。

ハンナ・アーレントが触れているのは、まさにそのような問題である。
著者なりのアーレント理解の言葉を引くなら、「誰の世界観が一番ましで、信用できるかが問題ではない。(略)肝心なのは、各人が自分なりの世界観を持ってしまうのは不可避であることを自覚したうえで、それが「現実」に対する唯一の説明ではないことを認めることである」ということになる。

一言でまとめるなら、多様性を容認する、ということになるのだろう。
その考えは僕も普段から持っていることなので、いろいろと考えさせられるところが多い。


基本的に、ハンナ・アーレントの思想は、どこかに染まり、明確な立場を宣言するというようなことはない。
そして染まることがない、という点がアーレントの思想の根本に見える。

他者を排除することで仲間意識を得ようとする全体主義に対する考え方や、公共のために動くことが自由につながるという発想などおもしろい。
また「拡大された心性」に関する議論の中にある、他者の考えが微妙に違うことを認識し合い、その過程で公共性が生まれていくという論理も興味深く読んだ。
それらにはいろいろ感心させられる。そして僕個人においても、考えるヒントとなる。


読んでいて、特にインパクトが大きかったのは、フランス革命の話である。
フランス革命の時代、人は貧しい人たちに共感しなければいけないという空気が生まれていた。
そしてそれに共感しない者を排除されなければならない、という空気さえ生まれたと語る。
そしてそれがロベスピエールによる恐怖政治が生まれる結果になったのだと、アーレントは言う。

この発想に、僕は本当に驚いてしまった。
彼らは善と思って行動をしたはずだ。貧しい人に同情を寄せる。それはあながちまちがったことと思えない。
だがそれを追求することが、他者の排除を生み出すという結果を生んだ。
この発想は、はっきり言って、僕にはなかったので、一種の衝撃を受けてしまう。

他者を容認し、ちがう意見を受け入れるとは、自分が信じる善(そして大多数の人間が善と信じているかもしれないもの)を推し進めることではない。
それを推し進める際に、排他性を生まないかを確認しながら進まなければいけないのだ。

当たり前と言えば、それはそうだ。
けど、僕はそこまで徹底してやれるだろうか。
ひょっとしたら、そんな当たり前のことを簡単に忘れてしまうかもしれない。
ゆえに何かと考え込まざるをえなくなる。

自分には自分なりの考えがあり、他者の意見を聞く準備はできている。
けれど、固定観念に固まっている部分もなくはないだろうか。そんな風に自分自身にチェックを入れたくもなる。


ともあれ、ハンナ・アーレントという女性は、ユニークな発想をする人だったらしい。
インテリの考えだな、と思う部分はあるし、彼女の思想体系を読むと、現実的と思えない面も見られる。
だがその独自性は忘れがたく、発想の転換と柔軟性とについて考えずにはいられない。

ハンナ・アーレントの思想を初めて触れる初心者にとって、この本は非常に丁寧でわかりやすくて、好印象。
文章も読みやすく、すんなり頭に入ってくる。
まったく関係ないが、僕は同じ時期に『レヴィナス入門』(ちくま新書)という本を読んで、ものの見事に挫折した。少なくともそれの何百倍も読みやすい本である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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