演劇祭の舞台装置を描くため、高校美術部の先輩、香澄の家での夏合宿に誘われた毬子。憧れの香澄と芳野からの申し出に有頂天になるが、それもつかの間だった。その家ではかつて不幸な事件があった。何か秘密を共有しているようなふたりに、毬子はだんだんと疑心暗鬼になっていく。そして忘れたはずの、あの夏の記憶がよみがえる。少女時代の残酷なほどのはかなさ、美しさを克明に描き出す。
出版社:集英社(集英社文庫)
この物語は、単純におもしろく、いくつかの点で心惹かれる作品だ。
その理由のひとつとして、まずはそのストーリーテリングがある。
この作品は元々物静かな雰囲気の文章でつづられているけれど、文章が静かな分、不穏な空気がじわりじわりと立ち上がってくる点に大いにしびれる。
三人の少女と、二人の少年の過去には、どうも何かしらの事件が隠されている、というのはわかるのだけど、その全体像が見えない。けどその事件がどうやら少女たちの心を追いつめているらしいことが伝わってくる。
物語の世界は密やかなのに、その空気はずいぶんぞわぞわしていて、ミステリアスだ。
それが僕にとっては心地よく、酔いしれるように読み進めることができる。
ラストが弱い気もしなくはないけれど、このストーリテリングは見事なものだ。
また個人的には、物語に漂う女性的な雰囲気にも、心を奪われた。
人は知らないけれど、この作品がとっても女性的な作品であると感じる。
その理由はいくつもあるけど、やはり語り手の存在も大きいと思う。
この作品は、四人の少女が語り手になっているが、それゆえに、物事の描写も女性的な視点からのものが多いように映るからだ。
たとえば一章の鞠子。
彼女は芳野の言葉を借りれば「正しい少女」である。あるいは少女らしい少女と言っていいのかもしれない。
先輩たちに憧れる心理や、男子に対する苦手意識、性的なるものに対して潔癖なところは特にそう感じる。
だがそれを抜きにしても、場面の描き方、切り取り方も女性的なのだ。
先に述べた通り、文章は静謐で、かつ叙情的という点もその印象を強くする。
香澄と芳野がスイカを沈めておいたんだ、という辺りの描き方は僕から見るととっても女性的だ。
何がそう感じさせたのか、自分でもわからないけれど、おっとりとした雰囲気と言葉遣いから、雅やかな空気が感じられて、おもしろい。
もちろん鞠子以外の章でも、空気はいかにも女性的。
たとえば、第二章の芳野は、月彦や直樹に対しての辛らつな見方をしている。これも僕には、女性的な感性の賜物だと映った。
幾分偏見かもしれないが、普通の男性ではここまで観察できるやつは少ないように思う。
そのきつい見方にはいくらかひやりとさせられる。
そしてそれらのすべては、男性の僕にはもっていない感性ばかりなのである。
そのため、読んでいてとっても新鮮な印象を受けることしきりだ。
あとがきの中で作者は、「私が感じていた「少女たち」を封じ込めたいと思って書いた」と述べている。
そのような作者の意図は、概ね成功しているように僕には見えた。少なくとも、この作品には、少女たちのものの見方や、少女たちの目線から見えるであろう風景などが封じ込められているように思う。
総じて言えば、地味な作品とは思う。
だけど、物語のおもしろさと、女性的な空気の切り取り方は目を引くものがあり、はっとさせられる。
個人的には、なかなか好きな作品かもしれない。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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