クイズ番組でみごと全問正解し、史上最高額の賞金を勝ちとった少年ラム。警察は、孤児で教養のない少年が難問に答えられるはずがないと、不正の容疑で逮捕する。しかし奇蹟には理由があった―殺人、強奪、幼児虐待…インドの貧しい生活のなかで、少年が死と隣あわせで目にしてきたもの。それは、偶然にもクイズの答えであり、他に選びようのなかった、たった一つの人生の答えだった。
話題の映画『スラムドッグ$ミリオネア』原作、待望の文庫化。
子安亜弥 訳
出版社:ランダムハウス講談社(ランダムハウス講談社文庫)
いかにも物語らしい物語、というのが読み終えた後の印象だ。
それは主人公の一生があまりにドラマチックだからということに尽きるだろう。
クイズ番組で最高賞金を獲得した後、不正を疑われて逮捕されるという冒頭のエピソードに限らず、主人公のラム・ムハンマド・トーマスは次々と災厄に見舞われる。
しかもそのエピソードの一つ一つがあまりに劇的であり、波乱万丈そのもの。加えてそんなにきれいに物事は進むものなの?っていうくらいに、伏線が鮮やかに回収されていく。それはきれいすぎるくらいで、あまりにつくりものめいたものに見えてならない。
しかしそれらを理由として、この作品に対してネガティブな印象を持つことはなかった。
それは単純に、その劇的さも含めて、この作品がおもしろいからにほかならないのだ。そして小説においては、その、おもしろい、という一点こそがもっとも重要なことだろう。
そして本書は楽しめるだけでなく、主人公の一生を通し、インドの暗部をも照らし出している。その点も僕は良かったと思う。
この作品では、スラムなどの貧困の問題や、少年を性的対象として扱う行為、シャンカール(なかなか悲しいエピソードだ)を始めとする幼児虐待の問題、イスラム教徒という理由でヒンドゥー教徒に殺害されたサリムの家族の話のような宗教対立の側面、同じデリーの大学生とタージマハルで観光ガイドをするラムとの間にあるインド内における格差の問題、などが、エピソードを通して語られていく。
ラムが『さいごの妻』という悲劇映画を見て、そんなものは通りをはさんだ向かいの家で見ることができると考えるシーンがあるが、それだけ、悲惨なできごとというものは、ありふれたものとして、周囲に存在しているのだろう。
だが、多くの人間は、周囲に悲惨なことが存在し、近くの他人に悲惨なことが起きても、基本的に無関心である。その点が、個人的に目を引く。
それは多分貧困が重なり、他人にまで気を向ける余裕がないこともあるのだろう。身分不相応な夢を願えば、必ずしっぺ返しを受けるような社会構造も、そのような無関心を生み出しているのかもしれないな、などと思ってしまう。
それらの状況のどうにようもなさは、読んでいて切ない気分にさせられる。
だがそのような社会的な問題をあぶりだしながら、この作品は決して暗いものにはなってはいない。
それは主人公のラムの心情に依るところが大きいのだろう。
貧乏であることはラムに対して苛酷な人生を強いているし、それに対してラムなりに悔しさや悲しさなりを抱いている。
だがそれにより、彼は生き方も心情も沈み込もうとはしていないのだ。ラムはラムなりに、人生をたくみに生きて、サリムやグディアやシャンカールやニータらのために行動する。
そんな彼の姿からは、前に進んでいるという確かな手応えが感じられて、非常に好ましい。
おもしろくも考えさせられる面の多い、優れたエンタテイメント作品と言っていいだろう。満足の一品だ。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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