私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『卵をめぐる祖父の戦争』 デイヴィッド・ベニオフ

2012-08-05 21:11:09 | 小説(海外ミステリ等)

「ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人をふたり殺している」作家のデイヴィッドは、祖父レフの戦時中の体験を取材していた。ナチス包囲下のレニングラードに暮らしていた十七歳のレフは、軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された。饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索を始めることになるが、飢餓のさなか、一体どこに卵が?逆境に抗って逞しく生きる若者達の友情と冒険を描く、傑作長篇。
田口俊樹 訳
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫NV)




すばらしいまでのエンタテイメントだ。

苛酷な状況に置かれた主人公たち、それに伴い二転三転するプロット、そしてそんなお話を牽引する魅力的なキャラクター、などなど。
ともかく、読み手の心を捉える要素に満ち溢れている。

おかげで読んでいる間は、食い入るように物語世界に没入できる。
楽しい読書体験を得られる一冊だ。


舞台は、ナチスとの攻防がくり広げられているスターリングラードだ。
街がナチスに包囲され、警察機構もまともに機能しないこともあり、法を犯した者はちょっとした軽犯罪でも簡単に死刑にされてしまう。
そんな中、窃盗でソ連軍につかまった主人公レフは、軍の大佐から奇妙な依頼を受ける。それは娘の結婚式にケーキを作りたいから卵を探してきてくれ、というものだった。

言うまでもなく、変な設定の話である。
しかしそれゆえに目を引くのがいい。


しかし本書はただ奇抜なだけでない。
きちんと当時のサンクトペテルブルグことレニングラードの状況を、こと細かに描いていて、ともかくリアルなのだ。
そんな風に、綿密な事実に基づいているので、すっと世界に入り込める。

先述の法に対する厳格さや、食料が足りなくて皆がこぞって飢えている状況、ナチスの苛酷な攻撃や、ナチスがきれいな村の女を慰安婦として囲っていたという事実など。
どれも本当にあったことだろうゆえ、むちゃくちゃ心に残る。
作者は、それらを取材と想像力を駆使して描ききっており、圧倒されるばかりだ。


そんな厳しい状況下でレフは行動するのだが、そこから展開される物語は力強い。

正直どんな展開が待ち受けているのか、まったく予想もできなかったので、それを追うだけでも楽しい。
次々と思わぬ事態が起きる様は、エンタテイメントそのもので息をもつかせない。


そしてそんなお話を展開する上で、キャラクターの魅力は不可欠だろう。
もちろんその魅力的なるキャラクターは、レフのバディとなったコーリャにほかならない。

コーリャはともかくあくが強い。
我を主張するためなら不利な状況であろうと相手に反発し、他人の物語をさも自分が体験したかのように語り、口八丁で相手を煙に巻き、幾分空気が読めないところもある。
それでいて変にユーモアもあったりして、他人を不愉快にも愉快にもさせるし、誰とでも友だちになれるようなふしぎな魅力も持ち合わせている。
一言で言えば、おもしろいヤツなのだ。

最初は何てひどいヤツだ、と思いながら読んでいたのだけど、読み進めるうちに、どんどん彼のことを好きになれるのがいい。
これだけ個性的で、読み手の心をつかむキャラクターもいないだろう。

もちろんクールスナイパー、ヴィカも魅的だ。


さてそんな物語はラストに至り、ずいぶん皮肉な展開を迎える。
それはベタと言えばベタだけど、その痛ましさに、読みながら、思わずうなってしまった。

そんなベタさを含め、本作は一つの大河作品として、高いレベルに位置している。
一級エンタテイメントと呼ぶに足る一品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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