私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『おはん』 宇野千代

2012-04-03 21:27:29 | 小説(国内女性作家)

人にもの問われても、ろくに返答もでけんような穏当な女」である主人公”おはん”は、夫の心がほかの女、芸妓”おかよ”に移ったとき、子供を身ごもったまま自分から実家に退いた。おはんとおかよ、二人の女に魅かれる優柔不断な浅ましくも哀しい男の懺悔――頽廃的な恋愛心理を柔軟な感覚と特異な語り口で描き尽し、昭和文学の古典的名作とうたわれた著者の代表作。
出版社:新潮社(新潮文庫)




しょーもない男は、僕を含めたくさんいるわけで、この小説の語り手もそんな、どうしようもない男の一人に数えられる。

語り手である「私」は元妻と現在の妻との間でふらふらする男だ。物語はそんな「私」の一人語りで進んでいく。
その語りがとても心地よい。
物語の舞台がどこに設定されているか、厳密には決められていないけれど、彼のどことも知れない方言交じりの口調が大変テンポ良い。
そのテンポに乗って、サクサクと読み進められるのは大きな魅力だ。


さて肝心の物語だが、見ようによっては脱力もののストーリーである。

「私」は妻のおはんを捨てて、芸妓のおかよの元に走ったわけだが、おはんに再会してからはおはんに嫌われたくないという思いから、おはんの気を引き、最終的には抱いてしまう。そうしてそれ以降、「私」はおはんと、おかよの二人の気を引こうと右往左往する。

その展開に、僕は読んでいて脱力してしまった。
この人は、本当にまあ、アホな人だな、と読んでいて何度も思ってしまう。

彼は、二人の愛する女に嫌われたくないし、両方とうまくやっていきたい、と考えている。
そしてわが身かわいさもあってか、はっきりと物事を決めることができない。
端的に言えば優柔不断で、女とよろしくやることばかり考えているような男なのである。
本当に本当にしょーもない人だ。

でもこういう人って、何となくいそうである。
宇野千代もそんな男をかなり丁寧に描写していて、好ましい。


そんな「私」は当然のことながら、その優柔不断で、行き当たりばったりで、感情のおもむくままの行動から、どんどん苦境に立たされていく。
妻がありながら、別の女と家を持とうとしたり、と計画性のなさがはなはだしく、それでいて、ちゃんとした行動を取ろうとせず、物事を先延ばしに延ばして、ひたすら決断を先送りしようと、逃げてばかりいる。おかげで待っているのは袋小路だけ、というような事態に陥るのだ。

要するところ「私」という人は図体の大きな子供なのだろう。
そんな「私」の姿は読んでいると、哀れにすら感じられるからおもしろい。

そしてそんなしょーもない男にふり回された挙句、息子を失う、という不幸にまで見舞われたおはんもまた、哀れに見えてならなかった。


ともあれ、男と女の物悲しく見ようによっては滑稽な姿を、丁寧に描出していて、おもしろい。
なかなかの佳品と思った次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


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