私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『サウンドトラック』 古川日出男

2007-08-24 20:46:32 | 小説(国内男性作家)

海難事故により無人島に流れ着いた二人の子供たち、トウタとヒツジコは、その島で二年間を生き延びる。二人は長じて後、ヒートアイランドと化し外国人排斥運動が激しさを増した東京で、それぞれ暴力的な行動を選択する。
三島賞作家、古川日出男の転換点となった作品。
出版社:集英社(集英社文庫)


無人島で苛酷な生活を生き延びた二人が長じて後、東京に破滅をもたらすというストーリーだ。
そういうストーリー性のゆえか、ラストに向けて物語はどんどん混乱の度合いを増していく。特にラストの展開はカオスそのものといっていい。著者本人の言葉を借りるなら「統御というものがない」状況だ。

そのプロットの混乱のために、個人的にはいくつもの面で引っかかるものがあった。
特にヒツジコの描写が後半では極端に少なくなるのが気に入らなかった。レニの描写が長くなったための削除かもしれないが、もう少し丁寧にヒツジコを描いてほしかった。そうすれば作品はもっとおもしろくなったと思うのに。
エンディングも個人的には気に食わない。トウタとヒツジコとの邂逅はどう見ても物語の都合で行なわれたとしか見えず、こじつけの面が見られたのが残念としか言いようがない。
プロットの細かい部分としては、人間の心情がないがしろにされているような気がしてそこも引っかかった。感情の描写が足りないために、キャラクター全てが淡白だったり、極端だったりに見えて、非現実的だなと思ったことは否定しようもない。
ほかにも政府の対応などそんなアホなと思った部分は散見される。そのために腑に落ちない部分もいくつかあった。

しかしこの作品には勢いがあることはまちがいない。
特に目を引くのは文体だ。体言止めに倒置法に現在形の多用、読点と句読点の使い方の制御を行なうことで、文章に独特のリズムを与えていたのが目を引く。
また物語全体に流れるイマジネーションにも心を奪われる。踊ることで人間の心を狂わせるヒツジコのダンスや、佐渡川聖とヒツジコとの会話、しゃべるカラス、写真銃という発想、両性を移動するレニのキャラクター、そして東京における外国人街の描写はすごいの一言だ。作者の天才的とも言えるイマジネーションに読んでいて心奪われるものがあった。
また前半部の島でのサバイバルの描写などには、圧倒的な描出力とリアリティを感じさせる。その力技には酔いしれんばかりであった。

確かに本作は手放しで賞賛できない部分はあるが、このぐちゃぐちゃのプロットで、是とした作者の気持ちも充分にわかる。
ここにあるパワーは混沌としていながらも手応えのある魅力を放っている。僕の目から見ると、いくつか欠点にしか見えない部分もあったが、それは意義のある欠点であろう、と強引に納得させられてしまうような作品であった。
気に入らないけれど、僕はこの作品が好きかもしれない。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


そのほかの古川日出男作品感想
 『アラビアの夜の種族』

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