私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『アーモンド入りチョコレートのワルツ』 森絵都

2010-08-05 21:29:19 | 小説(国内女性作家)

ピアノ教室に突然現れた奇妙なフランス人のおじさんをめぐる表題作の他、少年たちだけで過ごす海辺の別荘でのひと夏を封じ込めた「子供は眠る」、行事を抜け出して潜り込んだ旧校舎で偶然出会った不眠症の少年と虚言癖のある少女との淡い恋を綴った「彼女のアリア」。
シューマン、バッハ、そしてサティ。誰もが胸の奥に隠しもつ、やさしい心をきゅんとさせる三つの物語を、ピアノの調べに乗せておくるとっておきの短編集。
出版社:角川書店(角川文庫)




本作には3つの作品が収められているけれど、どの作品も総じて、とっても爽やかだ。
それぞれの作品は、テーマもトーンもちがっているけれど、後味のよさは、すべての作品において共通している。
これは書き手に抜群のセンスがある証拠なのだろう。


最初に収録されているのは、『子供は眠る』。

これはひと夏の少年たちの物語だが、平たく言えば成長ものなのだろう。
一面的な見方しかできなかった少年が、ちがう視座を持つことができるのを成長というのなら、主人公の恭は成長している。だが多分成長そのものは、ここでは重要ではない、という気がする。
重要なのは、成長によって伴う別れと、成長しても消えない、友情の記憶だと思うからだ。

個人的には、ラストのシーンがじーんと胸に響いてならなかった。
「今年のぼくは、卑怯だったよ」と手を抜いて勝負したことに対して恭がわびるのに対し、リーダー格だった章は「おれなんか、昔から卑怯だよ」と言う。
このやり取りが爽やかで、僕は好きだ。そしてそこから少年たちの別れと、友情とがほのかに感じられる点がすばらしい。


二番目に収録された、『彼女のアリア』は恋物語である。

描かれているのは、少年と少女の恋で、それゆえにとっても甘酸っぱい。
また主人公が少年ということもあって、男の子らしいまっすぐさが読み手にも伝わってきて、とっても心地よい。
ラストのキスシーンを見ていると、彼らの思いの純粋さがギンギンと伝わってくるようだ。どろどろに汚れた大人の僕には、それがあんまりにまぶしく映る。
しかしそのまぶしさこそ、この作品の最大の美点なのだろう。


最後に収録された、『アーモンド入りチョコレートのワルツ』。
この作品が個人的には一番好きな作品だ。

とは言え、何が良いのか、上手く言えない作品である。
もちろん構成は抜群に上手いのだけど、重要なのはそこではない。あえて強引に理由をつけるなら、ともかく雰囲気が良いのである。

物語に登場する、絹子先生とサティのおじさんと君絵は、基本的にちょっと変わった人たちだ。
絹子先生はふわふわしたところがあるし、サティのおじさんはエキセントリック、君絵はいかにも危なっかしい女の子である。
そんな中にあって、主人公の奈緒だけはいたって普通だ。
しかし、絹子先生いわく、彼女はどこにもよけいな力が入っていなくて、それゆえに人の気持ちを安らかにする、とのことである。彼女もまた地味なりに個性的なのだろう。

そんな不可思議なバランスの四人の交流がとっても美しい。
もちろん、それぞれの人間にはそれぞれの問題があり、美しいばかりでは済まない。
けど、「みんなが自分をつらぬいている」ことで、最終的に爽やかな雰囲気が生まれている点が印象的だ。
解説の言葉を借りるなら、それぞれの個性をしっかり「肯定」しているからこそ生まれた爽やかさなのだろう。

その麗しさが読後も消えずに胸に残る。本当に良い作品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの森絵都作品感想
 『風に舞いあがるビニールシート』

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