私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『日はまた昇る』 ヘミングウェイ

2009-03-09 21:12:58 | 小説(海外作家)

禁酒法時代のアメリカを去り、男たちはパリで“きょうだけ”を生きていた――。戦傷で性行為不能となったジェイクは、新進作家たちや奔放な女友だちのブレットとともに灼熱のスペインへと繰り出す。祝祭に沸くパンプローナ。濃密な情熱と血のにおいに包まれて、男たちと女は虚無感に抗いながら、新たな享楽を求めつづける……。
若き日の著者が世に示した“自堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)”の矜持!
高見浩 訳
出版社:新潮社(新潮文庫)




小説でなければ表現できないものはいくつもあるけど、文章が生み出す雰囲気もその一つだ。

『日はまた昇る』は、そんな文章の力や描写力の力強さがきわめて目立つ作品である。
そう感じた理由は、文章自体のセンテンスが短く、場面の転換が部分的に早いという点が大きい。
そのため物語の展開速度が非常にスピーディで、テンポよく読み進められる。

そしてその文章力が独特の味わいを生み出しているように思う。
特に、若者の風俗描写が際立っている。

この作品では、当時の若者の生活形態をくわしく描いているが、そこからは若造らしく、どことなく刹那的で享楽な空気が感じられる。文章の即物的な雰囲気が、その印象をさらに強めており、さすがに上手い。
また描写も文章同様、大変鮮やかである。
特に闘牛のシーンなどは、迫力が文面から伝わってくるようだった。


さて肝心の物語の方だが、メインのエピソードは疑いなく、ジェイクとブレットの関係にあるだろう。

本質的に二人が愛し合っているのは明白である。
だけど、ジェイクが不能であるという、致命的な一点のために、二人の間に微妙な距離ができてしまっている。
「あのことだけがすべてじゃない」と言いながら、「結局はいつもそこにもどってきちまう」というやり取りが二人の間にあるが、そんなやり取りから二人の間に、根深く、深刻な距離のあることが感じさせられる。

その距離ゆえに、ブレットは次々と男と関係を持ち、ジェイクはときに嫉妬しながら、その関係を容認する。
そのために、互いがさらに傷つくことになっている点が痛ましい。


本作の最大の悲劇は、二人がその関係に対して、決定的な行動を取ろうとしない点にある、と僕は思えた。

実際、ロメロを捨てる行動力を持つブレットも、ジェイクを切り捨てることができないでいる。
それは二人の間に愛情があるから、ということもあるだろう。
だがそれ以上に、そんなあいまいな関係が、二人にとってもっとも居心地が良いという点が大きいのだ、と僕は思った。

二人の現状はどう見ても悲劇的なものでしかない。しかしその悲劇的な形が、二人にとって一番安定しているのじゃないかと思う。
そしてたぶんそれこそ本当の意味での悲劇ではないかと、個人的には思うがどうだろう。辛らつで、一方的な意見にすぎるだろうか。


ともかくも本書は読ませる力があって、(学生時代に挫折した作品だったが)興味をひきつけられてやまなかった。
『老人と海』や『武器よさらば』のような世界の方が好みなので、高い点はつけないが、これもまた味のある作品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「チェンジリング」 | トップ | 『さまよう刃』 東野圭吾 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説(海外作家)」カテゴリの最新記事