とつぜん出現した謎の犬におびえる人々を描く表題作。
老いたる山賊の首領が手下にも見放され、たった一人で戦いを挑む「護送大隊襲撃」……。
モノトーンの哀切きわまりない幻想と恐怖が横溢する、孤高の美の世界22篇。
関口英子 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)
短篇集である以上、短篇の出来にむらがあるのは避けられない。
この本には、イタリアの作家、ディーノ・ブッツァーティの22の短篇が収められている。
どの作品も水準に達していると思うが、まずまず水準、というレベルでとどまっている作品が半分近くある。
しかし、出来のいい作品は本当にすばらしいレベルにまで達しているのだ。
中でも、『コロンブレ』は本作品中の白眉である。
より正確に言うなら、傑作、そう断言しても良い。
内容としては謎の魚コロンブレにつけねらわれる男の話であり、枚数としては十数ページと実に短い。
だがそこで描かれた世界は、本当に深いのだ。
死ぬまでコロンブレにつけねらわれて、逃れることができないという主人公の恐怖心も、つけねらわれているというおびえから来る強迫観念も、凄みがあって読ませるものがあって、なかなかいい。
だが、この作品でもっともすばらしいのは、そんな風にコロンブレの存在におびえ、苦しめられながらも、コロンブレがいる海に惹かれずにはいられないという、男の感情にあるのだ。
それは作中の言葉を借りるなら、「奈落の底をのぞいてみたいという誘惑」に由来するものだろう。
そこには悲壮とも、狂気ともつかない男の姿がうかがえ、読んでいてぞくぞくとしてしまう。
ひょっとしたら男は、つかまれば死んでしまうという絶望の中に、生の実感を見出していたのかもしれない。
だがそんな主人公に待っていたのは、残酷としか言いようのない結末である。
それを読むと、人生というものがわからなくなってしまう。
それはときに苛酷で、皮肉めいていて、無情であるのかもしれない。
表題作の『神を見た犬』も見事だ。
村人たちが犬に対しておびえているのは、自分たちの身勝手な生き方に対して、後ろめたさを覚えているからだろう。
その結果、犬に対して強迫観念を抱き、傍目から見れば、滑稽としか言いようのない行動に出ている。
それは人間の愚かしさの、一つの形とも映る。
そして最後の一文にこめられた痛烈な皮肉には、にやりともさせられるし、苦笑もさせられる。
人間が見ているのは本質ではない。自分の感情というフィルタを通してしか、物事を見ることができていない。
そんなことを少しだけ思ったりした。
そのほかにもいい作品はある。
奈落へと落ちざるをえない状況が恐ろしく、主人公の恐怖心の描き方も見事な『七階』。
滑稽で、ちょっと悲しく、ガンチッロの姿がいくらか哀れな『聖人たち』。
大隊を襲おうとする老いた男の悲壮感あふれる引き際が印象的な『護送大隊襲撃』。
富を得た反動で、自らが追いつめられる姿が不気味で恐ろしげな『呪われた背広』。
典型的な喜劇で、それゆえにおもしろい『一九八〇年の教訓』。
オチの上手さが冴え渡る『マジシャン』など。
物足りない作品も多いが、紛れもない傑作も含んだ短篇集である。
少なくとも、読んで良かったと、すなおに思える本である。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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