現役の作家のなかにも熱狂的なファンの少なくない,鬼才,久生十蘭(1902-57)の精粋を,おもに戦後に発表された短篇から厳選。
世界短篇小説コンクールで第一席を獲得した「母子像」,幻想性豊かな「黄泉から」,戦争の記憶が鮮明な「蝶の絵」「復活祭」など,巧緻な構成と密度の高さが鮮烈な印象を残す全15篇。
川崎賢子 編
出版社:岩波書店(岩波文庫)
正直に告白するなら、僕には合わない作品だった。
物語の構造は優れているし、おもしろくなりそうな要素は存在するにもかかわらず、物語の中に入っていくことができない。
その理由はいくつもあるけれど、最終的には趣味の問題としか言いようがない。
特に語り口が、気に入らないのである。
たとえば『蝶の絵』という作品。
これは、南方戦線から帰還した山川という謎めいた男を中心としたお話である。
物語は非常に上手いと思うし、素材もいい。それは誰が見ても明らかだ。楽しめる人は多いとは思う。
しかしラストの方で描かれる、山川の過去に関しては、聞き語りというか、神の視点めいた形で描いてほしくなかった。
他の人は知らないが、僕の場合、それはあまりに説明的すぎて、どうも入りこめなかった。対象と距離を取って語ろうとする姿勢が肌に合わない。
これは、山川の主観で描いた方が、もっとおもしろくなるし、ちがった味わいも生まれたと思うのだけど、どうだろう。
そのほかにも、『蝶の絵』に限らず、説明的だな、と感じる作品はいくつかある。
総じてどの作品も、物語の構造はおもしろい。つうか、上手い。
けれど、その語り口の印象のせいで合わないと思う部分も多いのだ。
やはりこれは僕の趣味の問題としか言いようがない。
もちろんこれはおもしろかったと思える作品もある。
特に『母子像』がすばらしかった。正直期待せずに読んだのだが、これがまためっぽうおもしろい。
進駐軍の資材置き場を放火した少年の話で、その理由が語られていくというものだ。
作品自体は短いのだけど、なぜ犯罪に及んだのかというアプローチから、少年のギリギリの心理が浮かび上がってくる様がおもしろい。
語りと少年の心理が、それまでの作品と比べて近いせいか、母に近づきたいという切羽詰った欲求と失望が、じりじりと迫ってくるように感じられて、読み応えがある。
僕はこんな風に、心理を積み重ねる作品の方が好みらしい。
そのほかにもいい作品はある。
狂気すれすれとでもいうようなタッチがおもしろい、『予言』。
夫婦の、悪をも辞さないとでもいうような雰囲気が良かった、『黒い手帳』。
「これからもまたコツコツとドルを貯めよう」というところが明るくてすてきな、『復活祭』など。
基本的には、僕の趣味でない作品が多い。
だけど、いくつかの点で光る部分もあるし、物語構造が巧みな作品が多いという点も印象的だ。
どうしても、高い評価をつける気にはなれないのだけど、そういった美点はすなおにすばらしいと感じた。
評価:★★(満点は★★★★★)
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