私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『思い出トランプ』 向田邦子

2007-08-06 22:40:23 | 小説(国内女性作家)


いたずらっぽく明るさもあるものの残忍な性格を持つ妻を描いた「かわうそ」、夫の浮気と妻の心理を描いた「花の名前」など、人間の暗部を描いた13篇の作品を収録。
劇作家としても活躍した直木賞作家、向田邦子の短編集。


すべての作品を読み終えた後で思ったのだが、向田邦子は女性作家のゆえか、日常の瑣末なクセやしぐさの描写が実に上手い。
たとえば、「マンハッタン」という作品には、寿司の上のネタだけを食べる女性が出てくる。それは何てこともないシーンなのだが、実際にそういうことをしそうな人間は現実にもいそうな気がして変なリアリティを感じさせる。そしてその小さなシーンから、その人間の性格や、周りの人間が抱く嫌悪感をさらりと描出している辺りが、なんともすばらしい。
それに「花の名前」には、相手の女性の着付けのゆるさを演技と見破るシーンがあるが、ここもその観察力の上手さに舌を巻く。
こういった些細なシーンを丁寧に描くのは女性作家らしい細やかな観察の結果だろう。そしてそのディテールがあるからこそ、一個一個の作品が虚構の世界とは思えないほど、生々しいものになっていることが目を引く。

加えて丹念な心理描写の描き方によって、人間の暗い部分が立ち上がってくる様も秀逸である。
たとえばこの作品で個人的に一番好きな作品の「かわうそ」。この作品に出てくる妻の厚子はそんなに悪い人ではないし、おもしろみのある人間であるのはまちがいない。だが大事な面が若干足りず、残虐な顔をときどき覗かせる。そこから僕は人間の二面性という暗部を見せられた気がした。その微妙な齟齬がきわめて恐ろしい、と感じた。
また、「男眉」も個人的には好きだ。女性らしいもったりとした感情の変化から、妹に対する憎悪と、憧れが仄見える様が見事である。

ここに収録されている作品はほかにも技術的にも、内容的にも優れている作品が多い。向田邦子という作家の天才性を見る思いがする。とは言え、これだけまとめて読むと、似たような印象を持つものもあるし、いい加減暗い気分になってくることも否定できない。
しかしこの技術の高さは賞賛するほかにないだろう。上手な小説というものを、そして人間の深みというものをこの作品を通して知らされた次第だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「殯の森」 | トップ | 「ハリー・ポッターと不死鳥... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説(国内女性作家)」カテゴリの最新記事