海に浮かんでは消える街に住む少女を描いた「海に住む少女」、イエスが誕生したときに居合わせた牛とロバの姿を描いた「飼葉桶を囲む牛とロバ」をはじめ10篇を収録。
ウルグアイ生れのフランスの詩人、作家、ジュール・シュペルヴィエルの短篇集。
永田千奈 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)
詩人ということもあってか、そのイマジネーションの鮮やかさに感服する。
たとえば表題作にして、本短篇集の白眉「海に住む少女」などはどうだろう。
海に浮かんでは消える街という時点でもすばらしいが、貨物船が通るとまどろんで波の下に消えるといった描写には幻想的な美しさがあふれていて、心踊るものがある。その発想にまずは素直に喝采だ。
ほかにも「セーヌ河の名なし娘」の溺死した娘が流されるイメージや、びしょぬれ男と光る者たちの存在感。
「バイオリンの声の少女」のバイオリンのような声というメタファーに富んだイメージ。
「ノアの箱舟」の冒頭に描かれた「全身が涙となって消えた」少女の姿や、砂漠の砂粒でさえ水を吐き出し続ける町の描写、等々。
幻想性に富んだイマジネーションはどれも惚れ惚れとするものばかりだ。
そのような幻想性の中から、どの作品にも共通して立ち上がってくるのはある種の苦々しさだ。それが幻想性に違った味を添えていて興味深い。
たとえば「海に住む少女」ならば、「助けて」という言葉と、波の力でも死に取り込まれることもできない様などはずっしりと重く、残酷でなんとももの悲しい。
また「セーヌ河の名なし娘」は死してなお『嫉妬』に追われる姿がせつないし、「牛乳のお椀」は母が死んでも長年続けてきた習慣をやめることができない姿にその人の喪失感を見る思いがする。
訳者も語っているように、ここに収録されているのはセンセーショナルな風潮に逆行するような作品ばかりだが、滋味にあふれた良質な作品ばかりである。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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