私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『私の男』 桜庭一樹

2010-04-23 20:16:14 | 小説(国内女性作家)

落ちぶれた貴族のように、惨めでどこか優雅な男・淳悟は、腐野花の養父。孤児となった十歳の花を、若い淳悟が引き取り、親子となった。そして、物語は、アルバムを逆から捲るように、花の結婚から二人の過去へと遡る。内なる空虚を抱え、愛に飢えた親子が超えた禁忌を圧倒的な筆力で描く第138回直木賞受賞作。
出版社:文藝春秋(文春文庫)



えぐいな、というのが、この本を読んでいる間に感じたことだ。
そう感じたのは、主人公である腐野花と、その養父である淳悟の関係にあることは言うまでもない。


二人がどうやら近親相姦の関係にあることは、冒頭からほのめかされており、その二人の関係がどのようにして始まったかを、ときをさかのぼることによって、明かしていくというのが、本作のスタイルである。

物語の最初のうちは、二人の関係に対して、僕はどうこう思わなかった。
だが二人の関係が詳細に描かれていくにつれて、それを気持ち悪いと思っている自分がいた。

特に花が九歳から女子高生の間の二人の関係には、眉をひそめてしまう。
第三章のラストは、個人的にはいやだった。

そのシーンで花は、淳悟の指の付け根についた、乾いた体液の塩の結晶を指差し、これがわたし、と言い、愛しあっていたことを、忘れないで、とも言う。
多分これが一般的な男女を描いたものだったら、ああ、エロいなとでも思ったかもしれない。
だが二人が親子だという前提で読んでいることもあり、エロエロな僕でさえその場面に、生理的な拒否反応を覚えた。自分でも意外だったが、どうやら自分が思っている以上に、僕は倫理的な人間であるらしい。


そういうわけで、感性的には合わないのだけど、物語として見れば、本作が高いレベルにあることはまちがいない。
二人の過去を、ときをさかのぼりながら、描いているというスタイルもあり、プロットはミステリアスかつ、スリリングだ。そのため、快不快はともかく、非常に楽しく読み進むことができる。

2005年と2008年の二人は過去に対して、おびえていたが、その理由が何なのか。
いつ帰ってくるともしれない花の帰りを待つほどの、強い愛情を淳悟がもっているのはなぜなのか。
また大塩が明らかにした真実を、花もはじめから知っていたのに、なぜ淳悟をそこまで愛することができるのだろうか。
そして奪い合うように生きる二人の関係はどのようにして始まったのかなどなど、わからない部分が多くあり、それらに対して期待をもって読み進めることができる。この構成はさすがだ。


そしてその理由を、作者は決して語りすぎていない。
解説にもあった、淳悟の心理だけでなく、二人が互いに離れようと決意した理由なども語りすぎてない。
もちろんそれを説明できるだけの材料は大量にそろっているのだが、その判断をすべて読者の手に預けて、想像力にまかせている。このあたりは上手いよな、と感心してしまう。


しかしそこから読み取れる二人の関係は、いびつなものだよな、というのが正直なところだ。
娘を通して母性を求める淳悟も、育ててくれた家族と分かたれた花が、愛情を与えることに、そして自分という存在を求めてくれることに、心が満たされている姿も、読みながら、どうにもゆがんでいるな、と感じる。
それは共依存だが、決して好ましい形ではない。

だが困ったことに、二人の心はあまりに真摯で、あまりに強い愛情で結ばれているのだ。
親子だからゆがみは目立つけれど、これが恋人同士だったら、それはそれで非常に美しい関係だったのかもしれない。

そんな二人の強い感情には、嫌悪感を持ってしまうものの、心に響く面がないわけでもない。
生理的に嫌悪感を覚えるけれど、ここまで読み手の心をゆさぶる作品は少ないだろう。
僕はこの作品がきらいであり、同時に大好きでもある。
おぞましくもすばらしい作品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの桜庭一樹作品感想
 『赤朽葉家の伝説』
 『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
 『少女には向かない職業』

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4 コメント

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Unknown (ぐみご)
2010-04-25 15:39:41
あ、私も何ヶ月か前にこの本読んだよ~。キョーレツだよねぇ。でも確かに読み応えのある良い本だった。

ただ、私にとって一番印象に残ったのは、第2章の大塩さん(だっけか?)が流氷に乗って流されてく場面。あんなふうに死んでいく人がいたら、私だったら倒錯の世界から一気に目が覚めるな、と思った。

話変わるけど、『第9地区』っておもしろそうだねー。2週間後に喪が明けたら(=仕事から解放されたら)ちょっと見に行ってこよっと♪ あとは『プレシャス』と『のだめ 最終楽章』も見る予定。実写版の『時かけ』を見逃しちゃってさー、残念で仕方がない。これ、結構良かったみたいよ-(涙)。
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Unknown (qwer0987)
2010-04-25 22:20:04
『私の男』、いろいろあるけどいい作品です。
大塩さんの死に方はきついですね。あんな風に流氷に取り残されて死ぬのだけはいやだな、って思いました。寒さと絶望で狂ってしまうかも。確かに倒錯からは覚めてしまいようです。


『第9地区』はおもしろかったですよ。僕は結構好きです。
『プレシャス』は僕も見たいです。おもしろそうですよね。僕の住む地区でやるのか知らないけれど。
『のだめ』はドラマも毎週ちゃんと見ていたはずなのに、どんな内容なのか忘れてしまったため、映画を見に行く気力も湧きませんでした。やっぱり楽しいとは思うんだけどな。
『時かけ』は仲里依紗のやつですね。おもしろかったんだ、あれ。ちょっとチェックが甘かったな。これはDVD待ちですかね。

ていうか、お仕事相変わらず大変そうですね。きついでしょうが、がんばってください。
2週間後はゆっくり羽をのばしてください。
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Unknown (ぐみご)
2010-04-27 11:08:48
>『時かけ』は仲里依紗のやつですね。

そーそー。実写版『時かけ』の中では一番いいらしいよっ。私もDVD待ち~。
どーでもいいけど、仲里依紗ちゃんっていいよね~。私はアニメ版『時かけ』からずっとファンで、先週から始まったドラマ『ヤンキー君とメガネちゃん』も見てんだけど(笑)、相変わらず明るくて元気でさわやか~。「もぉ~、この子で決まり!」って感じ(笑)。

>きついでしょうが、がんばってください。

おおー、さんきゅーっ。ちなみに今は下訳の仕事をやっておます~。有名人とか専門家の訳書って、実はご本人は訳してなくて、うちらー下っ端翻訳者がゴーストライターとなって訳してるケースが多い。今やってる仕事もゴースト仕事なんざんすのよ(←何キャラ?)。

GWは名古屋に帰るの~? わしのかわりに味噌カツを食ってきてくれ~。
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Unknown (qwer0987)
2010-04-27 20:48:29
> そーそー。実写版『時かけ』の中では一番いいらしいよっ。
ああ、そんなにいいんっすか。何かすごい興味がわいてくる。DVDが楽しみです。
仲里依紗は結構いいですよね。僕はそんなにちゃんと追えてるわけじゃないけど、たまに見てるといいな、と思います。昨日めざましテレビがインタビューしてて、見てたら、明るく元気でさわやか~ってだけじゃなくって、いろんな顔が見られました。印象よかったです。

> 有名人とか専門家の訳書って、実はご本人は訳してなくて、うちらー下っ端翻訳者がゴーストライターとなって訳してるケースが多い。
うー、何か一読者としてはせつない裏情報っすね。でもそういう人たちがいるから、うちらが海外の本、読めるんですよね。ゴースト仕事、がんばってください。

ちなみに名古屋帰ります。味噌カツなんて最近、食ってねえな。むっちゃ食べたくなってきました。
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