御随身秦重躬、北面の下野入道信願を、「落馬の相ある人なり。よくよく慎み給へ」と言ひけるを、いと真しからず思ひけるに、信願、馬より落ちて死ににけり。道に長じぬる一言、神の如しと人思へり。
さて、「如何なる相ぞ」と人の問ひければ、「極めて桃尻にして、沛艾の馬を好みしかば、この相を負せ侍りき。何時かは申し誤りたる」とぞ言ひける。
<口語訳>
御随身秦重躬、北面の下野入道信願を、「落馬の相ある人だ。よくよく慎みなされませ」と言ったのを、少しもまことでないと思いましたのに、信願、馬より落ちて死にました。道に長じてる一言、神の如きと人思った。
さて、「如何なる相だぞ」と人の問いませば、「極めて桃尻にして、沛艾の馬を好みませば、この相を負わせました。いつ言い誤った!」と言いましたぞ。
<意訳>
上皇の随身である秦重躬、北面を守る武士であった下野入道信願の乗馬を見て、
「あの人には落馬の相がある。よくよく慎みなさい」
と注意した。
信願は、これを少しも信用しなかったが、落馬して死んでしまった。
さすがは乗馬が得意な秦重躬の言葉。道に長じた一言は、神の如しと誰しも感心した。
「さて、落馬の相とはどんな相なんです」
と人に聞かれて、
「あの人は、桃のようにすわりの悪い、ひどい桃尻の上に、気が荒く飛び上がるクセのある馬を好みましたので、この相を負わせた。間違いはなかったはずだ」
と秦重躬は答えた。
<感想>
馬から落ちて落馬してお亡くなりになられて死んだ人の話だ。
この段で落馬して死んだ下野入道信願は出家した武士だ。たぶん在野の出家で、ちゃんと武士の格好をしていたんだろう。長刀かかえた弁慶みたいなのを想像しちゃ駄目。弁慶は武装した法師だ。下野入道信願は、出家した武士なので、頭ぐらいは丸めていたかもしれないが、武士の格好をしていたはずだと想像できる。
このあたりの段は、馬と、死に際の話が交差して続く。
原作 兼好法師
さて、「如何なる相ぞ」と人の問ひければ、「極めて桃尻にして、沛艾の馬を好みしかば、この相を負せ侍りき。何時かは申し誤りたる」とぞ言ひける。
<口語訳>
御随身秦重躬、北面の下野入道信願を、「落馬の相ある人だ。よくよく慎みなされませ」と言ったのを、少しもまことでないと思いましたのに、信願、馬より落ちて死にました。道に長じてる一言、神の如きと人思った。
さて、「如何なる相だぞ」と人の問いませば、「極めて桃尻にして、沛艾の馬を好みませば、この相を負わせました。いつ言い誤った!」と言いましたぞ。
<意訳>
上皇の随身である秦重躬、北面を守る武士であった下野入道信願の乗馬を見て、
「あの人には落馬の相がある。よくよく慎みなさい」
と注意した。
信願は、これを少しも信用しなかったが、落馬して死んでしまった。
さすがは乗馬が得意な秦重躬の言葉。道に長じた一言は、神の如しと誰しも感心した。
「さて、落馬の相とはどんな相なんです」
と人に聞かれて、
「あの人は、桃のようにすわりの悪い、ひどい桃尻の上に、気が荒く飛び上がるクセのある馬を好みましたので、この相を負わせた。間違いはなかったはずだ」
と秦重躬は答えた。
<感想>
馬から落ちて落馬してお亡くなりになられて死んだ人の話だ。
この段で落馬して死んだ下野入道信願は出家した武士だ。たぶん在野の出家で、ちゃんと武士の格好をしていたんだろう。長刀かかえた弁慶みたいなのを想像しちゃ駄目。弁慶は武装した法師だ。下野入道信願は、出家した武士なので、頭ぐらいは丸めていたかもしれないが、武士の格好をしていたはずだと想像できる。
このあたりの段は、馬と、死に際の話が交差して続く。
原作 兼好法師