谷崎潤一郎「細雪」


 先日の伊豆旅行や鎌倉を舞台にした漫画「蝉時雨のやむ頃」に感激した影響か、純和風の小説を読みたくなりました。
 手にしたのは谷崎潤一郎の「細雪」です。村上春樹の書き物の中に「ニューヨーカー」の文芸部門の責任者の部屋に「ザ・マキオカ・シスターズ」(「細雪」の英文翻訳名)が3冊並べられていて、来訪者に熱心に推薦して1冊持ち帰らせるという逸話があり印象に残っていて、機会があればいつかと思っていました。

 この誰もが書名だけは知っている作品、読んでみるととんでもなく面白いです。誰もが経験し、強く関心を持つ自分の家族(兄弟姉妹)の恋愛話、結婚話、蒔岡家のケースを詳細に聞かされ、他人事ながらだんだんと関心が強くなって止りません。聞き慣れない女性の関西弁の言い回しが多用されるのですが、独特のリズムに徐々に慣れ、魅了されていきます。

 少し落ち目の上流階級である蒔岡家の四姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子の人間模様が神戸、大阪、京都などを舞台に描かれます。未婚の雪子の縁談と妙子の恋愛話しが主軸ですが四季の移ろいや上流階級が好んで使用した飲食店や老舗など文化の紹介も華やかで彩り鮮やかです。
 
 日本ではそれほど著名ではありませんが、アメリカでは大人気のアン・タイラーの作品がよく評されるように「どこにでもある普通の話しなんだけど、それだけでグイグイ読ませます」。
 人物描写が繊細で深く、四姉妹のキャラが立っているからだと思います。主役といっていいでしょう次女の幸子の苦悩は私も共感でき、一緒に泣き笑いするといった具合です。現代でも33~34歳といった年齢の女性を適齢期後半と思い周りが心配する意識はあるでしょうが(妻が私と結婚した年齢でもあります)、70年前の戦前、いいところのお嬢さんであればなお更だろうと思います。そういう馴染みやすい設定もこのストーリーに感情移入させる仕掛けの一つなのでしょうか。

 新潮文庫では、物語の上巻、中巻、下巻に合せて3冊に分かれているのですが、中巻までを読み終わると一体どうなるんだろう、どうやって終わるんだろうともうこの3姉妹(長女の鶴子は登場が少ないので3人がメインです)の将来に興味津々です。

 「源氏物語」の伝統を上方文化の中に再現しようとした作品とのことです。私は源氏物語を読んだことがないのでその狙いの成就具合は分かりませんが、平日昼、日曜夜9時の人情ドラマ風ともいえますが、トルストイの「戦争と平和」のような滅茶苦茶面白くも崇高な人間ドラマでもあります。とある一家の日常の断片が普遍性を持つ。900ページの長編ですが長くは感じません。

 姉妹や母娘、女同士の家族の情愛は男の私には想像するしかありませんが、複雑で深いものだと思います。この小説を好きにならない女性はいないのではないでしょうか。

 読み進めるとこの作品を映画化する場合、4姉妹に誰を充てるのかを想像したくなりましたが、結局、実際に他人である女優を4人充ててもしっくりいく組み合わせにはなりません。読者の頭の中で形作られる4人の姿形は似ていてもやはり人それぞれ、オリジナルのイメージが読み手の心の中にそのままいつまでも残っていくのだと思います。

 そういえば題名の細雪、雪が降るシーンはなかったようですが、桜の花がハラハラと散りゆくイメージと重なって、作品にしっとりとマッチしています。


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