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足繁く通う演奏会の感想等でクラシック音楽を追求/面白すぎる台湾/イタリアやドイツの旅日記/「ドイツ留学相談室」併設

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008 (5/3)

2008年05月04日 | pocknのコンサート感想録2008
~ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008~
東京国際フォーラム

~5月3日(土)~

ミシェル・ダルベルト(Pf)&モディリアーニ弦楽四重奏団員+マーク・マーダー(Cb)
ホールB7(ショーバー)

【曲目】
◎ シューベルト/ピアノ五重奏曲 イ長調Op.114 D667「ます」

今日は家族4人で東京国際フォーラムに出向き最初の2つの公演を一緒に聴いた。

まずは娘が小さい頃からお気に入りの「鱒」のクインテット。ビアノはNHKのスーパーピアノレッスンでの名講師ぶりで強い印象が刻まれたダルベルトに、昨日素敵な演奏を聴かせてくれたモディリアーニ弦楽四重奏団のメンバーらが加わる。

ダルベルトは多彩で洗練されたビアノの音色で実に音楽的に語りかけてきて心をくすぐる。テンポ感やリズム感も冴えていて、それに乗って弦のアンサンブルが清々しい歌を楽しげに奏でる。マーダーのコントラバスがアンサンブルに心踊るような振幅を加える。第4楽章の第4変奏では勢い余ってピアノと弦が派手にズレたが、これも生演奏の醍醐味でスリリングだった。

本名徹次指揮 ベトナム国立交響楽団
ホールA(シュバウン)

【曲目】
1. シューベルト/交響曲第5番変ロ長調D485
2. モーツァルト/交響曲第40番 ト短調K.550


アジアのオーケストラを聴くのは初めて。ベトナムはダン・タイソンを生んだ国だし、どんな演奏が聴けるかとても興味があった。女性団員が身につける民族衣装風の色鮮やかなコスチュームがエキゾチックな期待感をそそる。

そして2つのシンフォニーを聴いてみて感じたこと、それは欧米や日本のオケを聴くのと同じ尺度で聴いていては大切なものを聴き逃してしまうだろうということ。このオケから一糸乱れぬアンサンブルや輝かしいサウンドを期待していたら完全に肩透かしを食らうが、僕はこのオケが奏でるおおらかな響きに普段の演奏会では感じないような心地よさを覚えた。

彼らはぴったりと合わせることがへたなのではなく、そういうことにあまり価値を置いていないように見える。そして指揮の本名さんはそうしたオケの特質を尊重した音楽作りをしているように思われた。それは、正確に拍子の点に合わせることに注ぐエネルギーを、もっと魅力的なフレーズの歌いまわしや、豊かな響きを生み出すことに使っている感じ。

例えば、シューベルトのメヌエットのトリオで伝わってきたノスタルジックな感傷や、モーツァルトの第4楽章の第2主題のひらひらと花園を舞い飛ぶ蝶々のイメージなど、あちこちに独特の魅力がちりばめられている。ふわりとした感触の弦の響きは力むことなくこの巨大なホールの隅々にまで届く。管楽器のソリスト達の技量ももなかなかのものだ。

このオケからは耳の肥えた(?)聴衆の多い東京の大ホールでやるという気負いやギスギスしたものは微塵も感じない。みんな伸び伸びと演奏を楽しみ、そこから出てくる演奏からはとてもトロピカルな南国のおおらかさが伝わってきたのは、女性団員のコスチュームのせいばかりでもないように思う。日々の生活に追われる「先進国」の現代人が当の昔に忘れてしまった悠久の時間の流れと人と人との本当の信頼関係の存在を思い起こすような、不思議な魅力を感じた時間だった。

奥さんや子供たちが眠りの世界へと誘われたのもそうした効果だったのかな…?
デジェ・ラーンキのピアノ・ソロ
ホールB7(ショーバー)

【曲目】
1. シューベルト/3つのピアノ曲~第1番変ホ短調 D946-1
2. シューベルト/ピアノ・ソナタ 第17番ニ長調Op.53 D850

昨日はラーンキをデュオで聴いてとても感銘を受け、期待して臨んだソロの公演。3つのピアノ曲の第1曲は昨日小菅優の公演でも聴いた曲だが、小菅さんの深く沁みいるデリケートな演奏と比べると、ラーンキの演奏は少々大味でミスも多め。それに代わるほどの魅力を見つけられないまま終わってしまった。

続くニ長調のソナタは実はpocknがとりわけ第1楽章を苦手としている曲。無機的だし芸がないと感じるところが多く退屈してしまう。昼食を食べた後の一番眠くなる時間にこの公演が当ったことも災いして、気がつくと瞼がふさがっている状態に… 

そんな中でも一応音はずっと聞こえていた(と思う)のだが、演奏自体は1曲目よりもずっと充実していたと思う。とりわけ第2楽章以降では印象的なリズム感や濃くて深い歌いまわしが音楽としての存在感をアピールして、聴き応えのあるシューベルトになっていた(んじゃないかな…)。
バーバラ・ヘンドリックス(ソプラノ)/ルーヴェ・デルヴィンイェル(ピアノ)
ホールB7(テレーゼ・グローブ)

【曲目】
~シューベルトの歌曲から~ 
ズライカⅠOp.14-1 D720
ズライカⅡOp.31 D717
「愛らしい星」D861
「夜と夢」D827
「若い尼僧」D828
「君こそ我が想い」Op.59-3 D776
「さすらい人の夜の歌」Op.96-3 D224
「ミューズの子」D764
「トゥーレの王」Op.5-5 D367
「糸を紡ぐグレートヒェン」Op.2 D118
【アンコール】
1. 「ます」Op.32 D550
2. 「アヴェ・マリア」

この公演の開演前に「拍手はズライカⅡと「君は我が憩い」の後のみにお願いします」というアナウンスが入った。コンサート全体を1つの大きな流れとして演奏したいというアーティストの希望によるものだそうだが、ヘンドリックスのこのリサイタルを聴けばどんなことでも協力したいという気持ちになった。

ヘンドリックスを聴くのはもう10年以上前のN響との共演以来。その時はモーツァルトのアリアを歌い、チャーミングで気品のある歌唱に魅了されたことを覚えているが、今回はそこに深みと貫禄が加わり、気品にはより一層の磨きがかかっていた。体格も当時よりかなり逞しくなったような…

1曲1曲のリートでその歌詞と音楽の世界になりきり、凛とした孤高の気高さを伝える。歌の深部まで磨き抜かれた隙のないアプローチ。「夜と夢」、「さすらい人の夜の歌」、アンコールの「アヴェ・マリア」などで体感した天から降り注いでくるような神々しさ、2曲のズライカや「若い尼僧」、「糸を紡ぐグレートヒェン」などでの焦燥感や抑え切れない気持ちのほと走りの迫真、「君こそ我が憩い」での海のような深さと大地の大きさ… どの歌においてもヘンドリックスはその歌の魂を捕える。これほど歌曲王の呼び名にふさわしい歌手が他にいるだろうか。

デルヴィンイェルのピアノはヘンドリックスの歌と完全に一体となって「この歌に添う伴奏はこうあらねばならない」といった確信に満ちたものが感じられ、器楽の伴奏ではなく歌曲の伴奏のあるべき姿を見せられた気がした。

10年以上前の演奏での感銘を今でも覚えている以上に今日の公演の感銘は更にいつまでも心に刻まれているに違いない。
コルボ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア/ローザンヌ声楽アンサンブル
ホールA(シュバウン)

【曲目】
◎ シューベルト/ミサ曲第6番変ホ長調D950

【演 奏】
S:谷村由美子/A:ジャッキー・カアン/T:クリストフ・アインホルン、マティアス・ロイサー/B:クリスティアン・イムラー
ミシェル・コルボ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア/ローザンヌ声楽アンサンブル


今回のラ・フォル・ジュルネで聴いた9公演の最後の公演となったのがこのコルボ指揮のミサ曲第6番。オケも合唱も一昨年このフェスティヴァルでモツレクを聴いた時と同じシンフォニア・ヴァルソヴィアとローザンヌ声楽アンサンブルというだけあって期待に胸が膨らむ。

静かで温かい管楽器の導入に続いて歌いだされた合唱のキリエ。これを聴いただけでもう全身の血が浄化されるような気分。何というデリケートさ、優しさ、そして高貴さ。コルボはフレーズに実に丁寧に微妙な抑揚をつけ、温かく清らかな音楽を奏でる。

神を崇め讃えるグローリアや、強い信仰告白の場面であるクレドなどにおいても、コルボの演奏の基本は「祈り」。聴くものの気持ちを徒に高揚させるのではなく、祈りによって至った確信を心から歌い上げる。コルボとオケ/合唱の響きへのデリケートな感性によって生み出された清澄で温かなハーモニーが、祈りを高く天へと運んで行き、それが天上から降り注いでくるのを浴びているような感覚は、5000人も収容する巨大ホールにいながら、教会の大聖堂の中に座っているような気分。指揮をするコルボの後姿に後光が射しているような…

1時間にも及ぶミサ曲だが、まだこのままずっとこの音楽の中に身を置いていたかった。至福の時間!終曲「アニュス・デイ」の最後のフレーズ、幸福感に満ちた"dona nobis pacem"が静かに終わったあとも心は穏やかにこの至福の時に思いを馳せていた。

これはコルボに導かれた素晴らしいオーケストラ、素晴らしい合唱、そしてやはり清らかで柔らかい歌を聴かせてくれた5名のソリスト達があってこその名演。そして更にシューベルトの偉大さに思いを至らせた。今回のフェスティバルで出逢ったシューベルトの多くの曲は普段余り演奏されることがないのでは?このミサ曲にしてもこれ程の珠玉の名品がなぜ他の作曲家の有名な宗教曲の影に隠れてしまっているのだろうか… シューベルトほど、まだ大々的に紹介されていない多くの名曲を抱えている作曲家はいないのではないか? そんなことに気づかせてくれたという意味でも今年のラ・フォル・ジュルネは大いなる収穫をもたらしてくれた。これを機にもっともっとシューベルトの作品に接していきたい。
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008(その1)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2007
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2006



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6 コメント

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Unknown (Unknown)
2008-05-07 09:00:45
モディリアーニ弦楽四重奏団は、シューベルト:弦楽五重奏曲(Vc:アンリ・ドマルケット)、ダルベルトはゲンツとの歌曲、コルボ+ローザンヌ声楽アンサンブルは「1828年3月26日のコンサートのプログラム」で聴きました。どれも素晴らしかったです。
「鱒」も聴きたかった曲ですが、今回の「ラ・フォル・ジュルネ」では今まで知らなかった合唱曲を多く聴きました。
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コメントありがとうございます。 (pockn)
2008-05-07 17:15:56
弦楽五重奏曲は私も2日に聴きましたよ。本当に素晴らしかったですね。感想も書きましたのでよかったら読んで下さい。シューベルトの合唱曲は余り知らないことに気がつきました。きっと素敵な曲がたくさんあるんでしょうね。おススメの合唱小品などありましたら教えてください
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水上の精霊の歌 (一静庵)
2008-05-08 03:34:06
モディリアーニSQは、ご一緒の時だったのですね。昨年より客席数をぐっと減らしたホールB5でしたけれど、気が付きませんでした。モディリアーニの第1ヴァイオリンの方背中を見るような位置でしたが、彼は超美音でしたね。このカルテットは、本当に聴衆を弾きつけるような演奏だったと思いました。

4日ホールB7で聴いた男声4部と弦楽合奏(Va2,Vc2,Cb1)の「水上の精霊の歌」が素晴らしかったです。低弦と男声合唱の声がとても良く合っていました。詩の内容が水の循環を人の輪廻になぞらえるというもので、おもしろいと思いました。

ロルフ・ベック指揮、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭合唱団
川本嘉子、大島亮、向山佳絵子、藤森亮一、池松宏
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Re:水上の精霊の歌 (pockn)
2008-05-08 18:06:31
一静庵さん、お久しぶりです。2日のモディリアーニSQ、僕はチェリストの後ろの方にいました。シューベルトは歌曲のほかにもたくさん声楽曲があって奥が深いですね。LFJでは各公演で対訳を配っていましたがこれはとても助かりました。
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池袋西武の館内放送は「ます」がかかりますね (つけちぇろ)
2008-05-09 01:08:25
ごぶさたしています。
私も5日に4プログラム聴きました。
ドマルケットのアルペジョーネ・ソナタは目の前で聴いたのですが、ついついボーイングに目がいってしまいました。
来年はバッハだそうですね。楽しみです。
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Re:池袋西武の館内放送は「ます」がかかりますね (pockn)
2008-05-10 00:49:49
つけちぇろさん、こんにちは。今まで全然意識していませんでしたが、言われてみたら西武のあのオルゴールのメロディーは「ます」ですね何だか今ずっとそのメロディーが頭を流れています。来年はバッハですか!マタイは無理でもコルボのロ短調が聴けそうですね。楽しみです。
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