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元緘黙症児だったアラフォー主婦の本当の気持ち(現在もこの症状かなりひきずってます…)
HN:ふわり

私だけじゃない!

2005年10月31日 | 心の思い
私は集団の中では無口になってしまうという症状は、世界中に私1人だけなんだと思い込んでいました。同じ学年には内気な子はいたけど、私のように全くしゃべれないというわけではなかったし、他の学年にも私のような子は見た事なかったからです。中学に行っても高校に行ってもそんな子はいませんでした。だからこんな変な性格をわかってもらえる人はいないとずっと思っていました。

けれど違ってました。私が考えるよりはるかにずっと多くの緘黙症の人がいるという事。自分が緘黙症と知らずに苦しみながら生きている人や、他の病気に診断されて間違った治療をされている方などなど。

このブログを初めようと思ったのは、自分の気持ちを吐き出したかったから。今、現在生活をしている私は仮面をかぶっているようで、本当の自分じゃない。無理して普通のふりして生活をしているのが辛かった。もう30年以上も。心の奥底のずっと抱えていた悩みを誰にも言えず、本当は辛くて苦しいんだよ、ってこの場を借りて叫びたかった。
でもそれが私だけではないんだ、とわかった時、心の中がほんわか暖かくなるような感じがして、今も緘黙症で悩んでいる学生達の少しでも助けになりたいと思うようになりました。私などとても非力ですが、緘黙症の辛さや気持ちはよくわかります。

保育園の頃

2005年10月28日 | 緘黙時代(保育園)

ほとんど覚えていないが、保育園の頃の私はいうと、完全に無口でした。一番、緘黙状態がひどかったように思えます。私の親は、私が人見知りが激しいのを心配して、3年間通わせました。今思えば、逆効果だったんだろうなぁ。あまり笑った記憶がないし、近所で仲が良かった子は学年が違ったので、1人ぼっちだった。自由に遊ぶ時間が嫌いだったし、遠足などのいつもの生活パターンと違う行事が嫌でたまらなかった。

とても強烈に今でも覚えているのは、「学芸会」
どんな話だったかははっきり覚えていないけど、いろんな動物の役達の子がいて、最後に私の役「ひよこ」がたまごから生まれてめでたし、めでたし、という感じの流れでした。ちゃんと台詞までありました。しかし、私はたまごがパカッと割れて舞台の上からものすごい数の父兄を目の前にした瞬間、最高に緊張し、
「うぎゃ~~~~~!!!!!」
と台詞も言わずに大泣きしてしまったのです。この時、若干3歳。
荷が重過ぎました。

その後もかなり辛かったです。担当の先生に罰として廊下に立たされ、帰る父兄達にジロジロと見られたのです。しかもひよこの帽子をかぶり、学芸会の衣装のまま。
この先生、目つきがきつくて、私は嫌いでした。とても厳しい人で、おねしょをした生徒は、帰りの会の時に運動場の台の上におねしょをした布団と一緒にたたしていました。いつも同じ子がたたされていてとてもかわいそうでした。今なら大問題ですよね。

これが緘黙の原因とは思わないけど、辛かったなぁ。
保育園や幼稚園の先生の行動は、子供たちにとても影響を与えているし、しっかりと覚えているものです。子供の心に傷を作るのではなく、心を豊かにするように行動してもらいたかったです。
(今、この先生は何してるんだろうな~)


苦手なもの 1

2005年10月24日 | 心の思い
今の私はやっぱり集団が苦手です。そういう場所や環境にはあえて自ら行くことはまずないです。成人すると緘黙症は完治するといわれているようですが、ただ学校という集団生活から開放されただけではないのかなと、私は思います。
社会人になれば、人と接しない仕事を選べばいいし、家族とほんの少し友人とだけで過ごす事ができるのだから。もし、今から学校生活をもう一度送りなさい、と言われたら・・・たぶんまた無口になってしまう気がする。ということは治ってないのかな?

私には学生時代の友達が1人もいません。その事が誰にも言えない一番の悩みで、一番の望みです。学生時代の友人というのは本当に大切な宝だと思います。友人がいない生活というのは本当につまらなく、寂しいものです。

緘黙症といってもただうまく話ができないだけで、ほかの子と同じようにたくさんの友達がほしいし、たくさん遊びたいのです。そんな気持ちだけが心の中でぐるぐるして思うように行動できなくて、つらくなってしまうのです。

緘黙症って?

2005年10月18日 | 心の思い

30年ちょっと生きてきて最近初めて自分が緘黙症(かんもくしょう)という症状であった事を知りました。
幼少の頃は学校や知らない人とは全く一言も話ができませんでした。
親には自閉症ではないかと言われていたけど、
言葉を知らないわけではないし、家では明るく普通の生活を送っていたので現在までほったらかしです。

この緘黙症という言葉を聞いて
「ああ、やっぱり病気だったんだ」
というほっとした気持ちと
「なんでもっと早く教えてくれなかったの」
という軽い怒りの気持ちが湧き上がってきました。

人前でしゃべれない自分は病気なんじゃないかと何度も思ったけど、それを親にも相談できなかったし、近所の友達にも恥ずかしくて言えなかった。

 もし世間的にこの病気のことが認知されていたなら今までひきずらないで、もっと楽しい人生になったかも知れないし、それなりの配慮を学校側からしてもらえたかもしれない。表向き平然としていたが本当は毎日とても苦しかった。保育園から高校までの苦しかった思い出がとても大きなかさぶたになって今の私にくっついているようだ。

これからそんな誰にも秘密にしてきた事をこの場で少しずつ話していきたいと思う。