辻邦生『廻廊にて』(辻邦生全集1(新潮社))読了。
貴婦人と一角獣展のあとに、中世のタピスリーを作品を読み解くキーとして用い、そのタピスリーの描写が心に深くしみこんでくる場面があると友人から聞いたので読んでみた。作品におけるタピスリーは確かに重要なキーであるのは間違いないだろう。
全体としては、初めて読む作品なのに非常に懐かしい香りのする小説であった。おそらく『廻廊にて』が書かれるまでの作者の読書遍歴が、個人的に私の読書の軌跡と重複するように思われ、作中の場面場面になぜだかかつて私が没入し今でも即イメージできるような絵巻物めいたものを感じたからであろう。
作品には、作者に影響を与えたロシアの作家の作品やソビエト映画の場面、フランスの作家の生涯が盛り込まれているように思う。『悪霊』や『おかしな人間の夢』などに登場するあの場面、20世紀二大作家の『失われた時を求めて』と書いた作家の「恋人」にまつわるエピソードを踏まえたうえで描かれているエピソードが作中に見てとれる。
また年を経た語り手を創作しようとしたこともあってか、あまりに分析的な語句を用いすべてを語ろうとしている点もある作家の影響があらわれているように思う。これは作中にエッセイを挟む、20世紀最大の知識人の一人とされている作家の作風からであろう。
もちろんかなり苦心して書かれた作品であることは察するに余りある。決して冷やかすわけではないが、『廻廊にて』においては、正直、辻邦生の作家としての若さが見てとれるようで、ほほえましかった。
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