あるシンポジウム会場にて DANS UNE SALLE DE CONFERENCES


昨日、パスツール研究所創立120周年記念シンポジウムに出かける。そこに私を変える何かがあるのではないかという期待感を持ちながら。その会場で頭の中を巡っていたことをランダムに。

基調講演の養老氏の話によると、パスツールは生涯に7つの大きな仕事をしたが、その全ては人から頼まれたもの (外からきたテーマ) であったという。人から頼まれるテーマというのは、多くの人が興味を持ち、社会的にも重要で、実現すれば役に立つものになる。私の場合は、自分の興味本位に当て所もなくこれまでやってきた。人から言われるテーマには抵抗があったので、こういうやり方もあったのかという思いで聞いていた。パスツールの場合、はっきりとした成果が自分の中で予想されない仕事には手を出さなかったのではないかという指摘をシンポジストの鳥居氏 (味の素) がしていた。さらに、パスツールは当時から神経伝達には興味を持っていた形跡があるが、手を出さなかったのはテクノロジーが追いついていなかったからで、もし今日生きているとすれば迷わずに神経科学の分野に入っていっただろうという推測をしていた。

養老氏は大学で教えていた時代のことを 「私の前世」 と言っている。そう言いながら、非常に生き生きとしていた。その気持ちがわかりつつある。

西と東を比ぶれば、日本は概念の世界、統合の世界が弱いようだ。従って、唯一神に辿り着かないのではないか、とは養老氏の指摘。

以前に寺山修司を読んでいる時、養老氏のことを思い出したことがある。割り切りのよい養老氏の語りは、寺山の言葉とどこかで通じているように今回も感じた。寺山の語りの印象が全くないので、気付いたのかもしれない。

パネル・ディスカッションを聞きながら感じていたこと。それは個から出てくる思想が非常に少ないこと。この社会の、世間の網の上に最初から載って始めたお話のように感じる。何かを代弁しているとさえ聞こえるものもある。そのためか、唯一無二の今この時を生きていると思わせる人は少なかった。それは、どこかに寄りかかっているために、その人のものと思わせるようなものが出てこないのだろうか。いわゆる仕事をしながらの思索の限界なのだろうか、、、。科学にどっぷりと浸かっていた時とは見方が少し変わってきている。成果だけではなく、人間にも目が行くようになっているということだろう。

話を聞きながら、これからに向けてのヒントがいくつか飛び込んできた。この会場に来る前とは明らかに違っていた。

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