作家 小林真一のブログ パパゲーノの華麗な生活

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【 歴史エッセイ (61) 村上水軍(続) 】

2007-04-19 19:23:00 | 05 歴史エッセイ


村上水軍について、NHK・松平に訊ねたいことが
まだあった。

放送では村上武吉率いる村上水軍が、四国で東軍方
に組した伊予・松前城を攻め、敵方の略に乗って
敗戦とあった。事実この戦いは行われ、当時は家督
を継いでいた武吉の息、元吉が討ち死にしている。

さて、この頃東軍に組して、村上元吉を討ち取った
敵将とは誰なんだろう。伊予だから河野一族かと思
うが、秀吉の太閤時代に「海賊働き」は禁止されて
いるから、河野はとっくに没落している。関ケ原の
後にも河野という大名は居ない。

敵は案外、同族の来島村上だったのか。ならば昨夜
の放送は妙なことになる。村上水軍が瀬戸内の制海
権を持つ構想自体がおかしくなってしまう。

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【 御影ダンケに初見参 】

2007-04-19 19:22:13 | 02 華麗な生活


つとに有名な御影のコーヒー店「ダンケ」で初めて
本家のバターブレンドを味わった。豆だけはもう
だいぶ前から愛用している。ただ我が家ではブルー
マウンテンと混ぜて使うから、100%ものには、
まさに初お目見えとなる。

棚に並べられたコーヒーカップが、およそ100個。
客の好みでカップが選べるそうな。一個づつ異なった
柄のカップが、百近くも並んでいるのを見るだけでも
楽しい。

100%ものは、それだけの存在感があった。ストレー
トで一口啜ったが、猛烈に苦い。重た~い感じで
すと聞いてはいたが、確かに重量感がある。あらか
じめドイツ製の消化酵素を飲んで備えておいた。

シュガーもミルクもたっぷり入れたら、絶妙な味が
出現した。正面に掛けられたポスターに「禁断症状に
ご注意」とある。店主が得意になるのも無理はない。

この店の入り口に、1977年からと記してある。
創業30年となれば立派に老舗である。ここ御影には
1994年に2号店として開いたらしい。最初はJR住
吉駅の南側で創めたのだという。そこは地震で相当
にやられ、それ以後は御影店だけでやっていた。ここ
でも棚のコーヒーカップは大半が壊れたという。

昨年店主の兄夫婦が鯉川筋に同名の店を開いた。
各地にある「ダンケ」は、今では14軒にもなるらしい。

このコーヒーが税込みで450円である。日曜日に行
ったTAKASUGIが500円だった。著名店と
しては安いんじゃないか。

3時前に行ったのだが、客は途切れなく、豆の購入
者も多い。お土産用にと「簡易ドリップ」もある。
箱から袋まで黒で統一し「神戸からの贈り物」の
ロゴも印象的だ。

メニューには450円の定番の他に、500円、600円
のものもあった。ボクなら定番をダンケ、その上を
ダンケ・シェーン、そして最上級をダンケ・フィール
マルと名付ける。その方がダンケの意味がよく分り、
もっと広まると思う。

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【 歴史エッセイ (60) 村上水軍 】

2007-04-19 14:36:11 | 05 歴史エッセイ


昨夜のNHK「その時歴史は動いた」は、
村上水軍を取上げていた。松平の語りは
相変わらずのリキミ過ぎで、まことに聞き
づらいが、その内容に於いても、疑問符が
多く、どこまで本当だろうと首を傾げざる
を得なかった。

松平流によれば、関ケ原当時の村上水軍は
村上武吉の統率下に一本にまとまっていた
かに語られた。

村上水軍は、能島を本拠とする村上武吉の
勢力の他に、因島村上、来島村上と三手に
別れ、関ケ原当時にはそれぞれが別行動を
とっている。

三つの村上氏は、時として敵となり相戦う
のである。能島の本家村上は毛利に組して
いるが、来島村上に至っては、関ケ原当時
は徳川の一手となっている。明確に武吉と
は敵対する立場である。

因島村上も小早川に所属している。三島三家
がバラバラなのに、どうやって村上水軍が
瀬戸内海の制海権を握り、遠く知多半島まで
進出して東軍をおびやかすことが出来たのか。

伊勢から知多半島の辺りには、西軍に属した
九鬼嘉隆が活躍していた。能島村上が九鬼の
傘下に居たというのならまだ分かる。村上
三島を挙げて統帥し、知多半島まで攻めた
というハナシは、どうやってこしらえたのか。
それを松平に訊ねたい。

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【 議員のなり手がいない 】

2007-04-19 13:58:55 | 04 時事ニュース


奈良県の山奥にある上北山村というところで、
村会議員の立候補者が定員に満たず、頭を悩まし
ている。具体的には定員7名のところを、5名
しか立候補がなく、不足する2名をどうするか
ということ。

原因は月額23万円だった議員報酬が、16万円
に引き下げられたことにあるらしいが、23万円
呉れるなら副業にもってこいで、それが16万円
にしかならんのじゃ、やってられんわとの本音が
見えたようで、非常に分かり易い。

再度立候補者を募ろうとすると、新たに2千万円
の経費が必要となり、村役場ではその予算の捻出
にも苦労する。

定員5名に引き下げて、それで議会をやればいい
のと違うか。

これは良いヒントにもなる。大阪市など議員報酬を
思いっきり引き下げてやったらどうだ。議員の成り
手が激減して、議会のスリム化がすぐ出来る。

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