休みのうちに書けるだけ書いてしまおう
こういうのは記憶が新しいうちに書くに限る
1月12日
やっぱり5時半のモーニングコールで起きる。
絶対友達は起きないと踏んでいたが起きたのでビックリ
で、「アウトは気球いかないんだから寝てていいよ!起こしてゴメン」
と言われつつ、俺は別に起きてもいい気分だったのでせっかくだから起きて
友達を見送って一人でホテルをうろつく。怪しいやつだ。
とはいうものの、俺だってそこまで怪しいやつではないので
6時半を回ってから徘徊スタート
朝ごはんが始まるのが7時からだったので
時間をつぶそうと思ったのだ。
それでもやはり怪しかったらしく、警備員のおじさんに声をかけられる。
写真を撮っていたので、シャッターをついでに押してもらったら
そこまで怪しくないと思ったらしく、いろいろ話す。
あと20分で夜明けらしい。おー、それはいい時に来た!と言ったら
夜明けを撮るベストプレイスも教えてもらい、
そしてこのホテルの歴史とか、周りのホテルのこととかも教えてもらった。
俺たちが泊まったホテルは築150年くらい、
昔は「レスタシオン」だったと言われた。いまだによくわからないのだけど、
とにかくホテルではなかったらしい。ここ7年くらいでホテルになった。
おじさんは去年まではカッパドキアで絨毯の投げ売り(本人が「投げ売り」と言った)をしていて、
去年からこのホテルで警備員になったらしい。
絨毯売りをしていたから、フランス語やポルトガル語、英語、イタリア語、日本語もわかるけど
ぜんぶちょっとだ、と言っていた。実際に日本語と英語で話し、適当にフィーリングで
「わかるまで繰り返して言ってみよう」みたいな会話で、とても面白かった。
そうこうしているうちに一度別れ、(何しろ怪しいのは俺だけではない)
7時近くにおじさんの言うとおり、日の出が来た。
こんなに遅くに日が昇るのかと思いつつ、
何年ぶりに日出なんて見た。

また連写の勢いで撮ってしまったけど、これは友達にえらいえらいって言われた。
そして15歳弟のいるヤツのいる部屋に起こしに行くと全然起きてる気配がない。
この15歳弟のいるやつは一日目に同じ部屋だったのだが、
寝起きが悪くて俺が目をさまして「起きろ」と言ったら
「うそだ。そんなわけない」と言い切ってまた寝たので
しつこく起こす気もなく、捨てて朝食に。
怪しく写真を撮りつつ飯を食っていると、
すごいしょぼくれた顔で気球に行ったやつらが帰ってきた。
妙に早かったのでびっくりしてどうしたんだと言ったら、
上空の風が強くて飛べなかったのだそうな。気の毒に。
そして目いっぱい朝飯を食っていたら15歳弟がやっと起きてきて、
それにも付き合ったので俺は都合3回朝食を食った。我ながらアホだ。
この朝食で、機内食についてくるようなパックのバターと
つぼに入ったバターがあり、何が違うのかわからなかったので、
その辺にいたシェフっぽいおじさんに聞いてみた。
「What is the difference, that butter and this one」
「Butter」
「Same?」
「Butter」
「おんなじ?」(日本語)
「バター」
だめだった。英語はポーターのお兄さんと社長のおねえさんくらいしか
うまく通じない(むろん日本語は誰にもほとんど通じない)。でもみんな人はいい。
なぜかそのホテルの従業員一同との写真の撮影会になり、
最終的に10人くらいの集合写真になった。よくわからん。
でもいいホテルだった。
そしてカッパドキア観光の続きに。三姉妹の岩を見るところまでは快晴。
でもそのあとギョレメ野外博物館につくころには
雨が降り出し、
博物館の見学をしているうちに本気の雨になった。
野外博物館はだから確かにキレイだったけど、
思いがけずそこに住む宣教師やらなんやらの苦労の一端を追体験する羽目になった。
歩いているとぱらぱらと砂が落ちてくる。ずっと浸食が続いているのだ。
Aとあと300年もしたらここはなくなってしまうなと話す。
まだあるうちに来られてよかった。
そして絨毯屋に連れて行かれる。
トルコ絨毯というのは、トルコ人いわく、ギリシャ絨毯よりインド絨毯より長持ちで
500年はもつんだそうな。トルコの田舎では娘は年頃になると
少なくとも一枚は絨毯を織り、それを売って結婚資金にするのだという。
男は男で、ポプラの木を植えて売って家を準備しないと結婚できないんだってさ。
男はそうやって家を用意して、女は絨毯を売った金で家具を用意して結婚するんだって。
たしかに絨毯はすごかったが、値段もものすごかったので冷やかすだけにした。
15歳弟は値切りまくって一枚5000円だったランチョンマットを2500円にさせて買っていた。
こいつ、10日に行ったトルコ石の店でもシルバーの指輪を買っていた。押し売りに弱いな。
昼ご飯はアジの塩焼き。と言うと身も蓋もないのだが、
実際にアジの塩焼きにしょうゆ(トルコ製。日本のと同じなのかは不明)とレモンを絞って食った。
日本と同じ味。
必ずスープ→サラダ→チーズの春巻き→メイン→デザートという順で出てくるのだが、
この昼飯の時、みんなにスープを持ったウェイターが
俺のにひと匙くらいしかついでくれなくて、
ひどいよーと言いながら笑っていたら
「ゴメンゴメン」と言いつつタプタプになるまで盛りつけられた。通常の倍。
そして俺の横に座った15歳弟は「カタカ」だったかなあ?なんかトルコ語で親友の意味の言葉を言われまくり、
ワインを買わされていた。お前…買いますって顔に書いてあるんだな。
俺の顔には「構っていいよ」と書いてあるのであろう。
そしてみぞれの吹きつける中、らくだ石とかを見る。寒くてほぼどうでもいい。
そのあとトルコの焼き物を売っているところで
ヒッタイト人がやったろくろ回しとかを見る。
そこで皿やつぼの白焼きの状態までを作るおじさんがあまりにヒュー・ジャックマンに似ているので
アップで撮ったら「男ばっかり撮ってんじゃねえ」とAから指導が入る。だって似てるじゃんよ。

トルコジャックマン
トルコの陶器のこの工房では、絵を入れる職人のオリジナルの皿はなんと撮影禁止であった。
図柄を盗まれたくないらしい。
次は地下都市へ。どういう経過でそうなるのかまったくわからんが、
とにかくイスラム教徒が攻めてきたときにキリスト教徒が作って
イスラム教徒が去るまで隠れていた8階建て(地下に向かって)の建造物。
狭くてどうやって生きていたのかまったくわからん。
猫がいるのはいい。昔は懐中電灯必携だったらしいが、
電燈がついているのでそれほどでもない。
鎌倉の田谷の洞窟に感じが似ている。
そこを出たところに土産物屋がいっぱいあったので寄る。
結構いろいろあって楽しい。姉への土産を買う。
この時おかしなことがあった。
俺は時間を確認するために自分の携帯電話を取り出した。
俺の携帯の待ちうけは俺の猫のベストショット。それを見た店主が
「これなに」と声を掛けてきた。
「俺の猫だ」と答えたのだが、答えながらふと
ああ、待ちうけを変えなけりゃ、と思った。
なんでそう思ったのかわからないけど、はっきりとそのように思った。
日本に戻ると果たして俺の猫は死んでしまっていた。
虫の知らせだったのだろう。
そして長い間バスに乗ってアンカラに戻る。
ホテルで夕食。デザートにリンゴとオレンジが
切れ目も何もなく丸々一個ずつ出てきたのでびびる。
食べ終わった後、ガイドさんが近所に酒屋があるから行ってみると酒が買える、
この辺は治安はそんなによくないが、ほんの5分でつくから大丈夫と言うから、
行ってみることになった。
本当に近く、5分どころじゃなくてほぼホテルの隣であった。
そこでビールや、ラキというトルコの酒を見たりしていると、
15歳弟がカウンターのケースに「パワーレンジャー」と英語で書かれた
戦隊モノの200ミリリットルジュースパックを見つけ、買いたいと言い出した。
ジュースパックはピンクと黄色と茶色があり、三色一個ずつ欲しい
と単発英語を駆使して言うが、伝わらない。
どう見てもお客のお兄さんが、
「どうもこの日本人はこのジュースパックをそれぞれ一個買いたいらしい」と
店主にトルコ語で取り次いでくれた。
店主がケースから出すと、ピンクと黄色のパックの模様がディズニーキャラクターだった。
ケースの手前と奥では柄が違うのだ。
「俺はパワーレンジャーがいい!掘って出してくれ」と食い下がる15歳弟、
訳してくれる通りすがりのトルコ人お兄さん。
店主はそれを聞いて、
「面倒だから嫌だ」というようなことを言い(顔がそう言っていた)
あきらめた15歳弟は結局茶色だけを買った。
英語を訳してくれた親切なお兄さんは、後でわかったが俺たちが泊まったホテルの従業員の人だった。
こんな客ですまん。ありがとうございました!