ヘルンの趣味日記

好きなもののことを書いていきます。

孔子と弟子

2017年08月22日 | 日記


中島敦の小説に孔子とその弟子を書いた「弟子」という短編があります。
孔子の弟子の一人である子路を主人公にして彼からみた師匠の孔子と他の弟子が書かれています。

子路は弟子の集団内では年長です。
勇敢ですが単純であまり出来はよくないけれど人柄はいい。
彼のほかにも弟子が何人か出てきます。

その一人は子貢という弟子です。彼は面白いキャラクターです。
才人という感じで、頭が切れて弁舌も鋭い人ですがちょっと人柄に問題もある個性派です。
主人公はこの子貢を結構気に入っていて、自分と正反対だけど「ヴァイタル」なところがあり、
ときどきハッとするような観察眼をもっているので気が合って評価しています。
主人公はいくら孔子に指導されても礼が身につかないのですが、孔子が気の毒に思って少し褒めると大喜びします。
実はたいして上達していないのに孔子がかわいそうに思って褒めていることに子貢は気づいていますが、
人のよい兄弟子が無邪気に喜んでいるのをほほえましく思います。
子貢は鋭いので、他の人にはもっと厳しい態度をとったかもしれませんが
主人公の人柄が好きで慕っているようで、この二人はなかなか味のあるコンビです。
子貢の才能を主人公は認めていて、主人公の人柄の魅力を子貢はみとめているのです。
主人公には子貢のような頭脳はありませんが、子貢の才気を認めることができ、彼の能力の種類も理解する見識があります。
決して愚鈍ではなく、彼なりの才気があります。

直情的な主人公、子路とほかの弟子が描かれますが、その中で浮かび上がってくるのは孔子の姿です。
彼を通して孔子の人物がわかります。
弟子というタイトルですが、子路という弟子を通して描かれた孔子伝のようです。


論語は学生の時に読んで、なんというか、当たり前のこといっているな・・・と感じました。
キリスト教でも仏教でも、発想の飛躍があるような気がします。
でも、孔子の教えは常識的なことで、どこが素晴らしいのかなあと不思議でした。
ただ、春秋時代という、特殊の時代では常識的なことこそがとてもすごいことだったのかもしれません。


この小説の中の孔子はあまり特別な人に思えません。

とても人間的で、その思想の欠点も主人公の目を通して描かれます。
孔子の欠点が身分の低い老婆によって指摘され、それを主人公はなんとなく理解します。
孔子自身は気が付いていなかったかもしれません。

孔子は主人公を気に入っていて、でもおそらく普通の死に方ができないだろうと思っています。
そしてそのとおり非業の死をとげますが、孔子はその時に大変嘆きます。

この小説に描かれている孔子は情にあつく、立派ですが、どことなく寂しい思想家にみえます。
自分の欠陥に気が付いていないように見えるのです。
それでも主人公や他の弟子への情愛の深さなど、思想家、聖人というより人間的な面が魅力的です。


中島敦は短編が多くて好きですがその中でもこれはとても好きな作品です。