釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

ネアンデルタール人の滅亡

2017-03-13 19:18:49 | 科学
現生人類であるホモ・サピエンスは25万年前に地球上に現れたが、現生人類とは別系統になるネアンデルタール人は現生人類より早く、35万年前に出現し、現生人類と共存して、2万数千年前に地球上から消えた。ネアンデルタール人は石器と火を使い、主に洞窟に住んでいた。動物の歯に穴を開けたものや象牙の指輪など、高度な加工を施した装飾品を作っていた。体に装飾を施すのに使った黒い顔料なども発見されている。以前は、彼らは現生人類よりも劣っていたと考えられていたが、発語と言語能力にかかわる現生人類と同じ遺伝子の変異型が見出され、現生人類とさほど差がなかったことが分かって来た。現生人類とも交雑があり、人類の遺伝子にも1 - 4 %のネアンデルタール人の遺伝子が混入している。彼らはヨーロッパを中心に西アジアから中央アジアにまで分布しており、南は地中海沿岸からジブラルタル海峡、ギリシャ、イラク、北はロシア、西は英国、東はモンゴルの近くまで達していた。最も多い時期でも1万5000人程度だったと推定されている。現生人類は男が大型の獲物を追って狩りをし、女や子どもは小動物をつかまえ、木の実や植物を採集する分業が成立していたが、ネアンデルタール人はウマ、シカ、ヤギュウなど、大型から中型の哺乳類をとらえる狩猟生活に依存しており、植物は副食に過ぎなかった。現生人類より体格のいいネアンデルタール人には高カロリーの肉食が必要だった。生活もネアンデルタール人が3世代の比較的小さな集団であったのに対して、現生人類は大規模な集団だった。こうした違いが、過酷な気候変動の到来で、明暗を分け、ネアンデルタール人を滅亡へ追いやったと考えられている。最近のネアンデルタール人の歯石からの研究では、アスピリンの有効成分であるサリチル酸を含むポプラを鎮痛薬として、またアオカビの一種を現代の抗生物質の素として使っていたことなども判明している。70万年前にアフリカで、共通祖先から別れた後、人類とネアンデルタール人は別々の道を歩み、その後、何万年かを共存して過ごし、やがて一方だけが生き残った。生存の決め手は多様性と集団性にあった。これは人の社会でも当てはまるだろう。
昼寝する白鳥たち