行政の分野には、言わずと知れた序列がある。外交ならば、国別で言えばアメリカが最も重要で、次が中国、その次が韓国だろう。あとは場合によって是是非非だ。財務ならば、国家予算担当の主計局が最も脚光を浴び、税や理財はその陰にある。序列は、国益への関わりや国民の関心度などから歴史的に作り上げられたと考えられるが、その仕事を担う役人は、序列を意識し、出世コースか日陰コースかの観念を持つ。いかなる仕事も国を動かす役割を持ち、序列はありえないと思われるが、行政マンが序列意識を持ち、また、それ以上に、政治家が選挙民の関心のみに政治活動を傾けることから、序列が厳然と存在する。
社会保障の分野では、厚生省と労働省が省庁再編により厚生労働省になったのだが、厚生が先に、労働が後になったのは、序列通りと理解される。労働省最後の事務次官は、省庁再編の主唱者である橋本龍太郎首相に詰め寄って、いったんは労働福祉省の名称を勝ち取ったが、医師会の反対などで、厚労省に収まった経緯がある。役人にとっては自分の「偉さ」を表す序列が重要であることを語るエピソードだ。筆者は厚生省の出身なので、不文律である旧労働省の序列については詳しくないが、旧厚生省の序列は当然に知る。まず、保険局長になった者が事務次官になるという慣例は保険局が省のトップを表している。
保険局に次ぐのが同じ社会保険である年金局だが、現在では基礎年金の半分が税によって構成されていて重要性は増大している。しかし、年金法は付則が多く難解であり、医師会相手に振る舞う保険局と比べると年金族は「コマネズミ」のごとく働く役人にしか見えない。国民皆保険は1961年、それまでは福祉が旧厚生省の序列のトップであった。戦後の名官僚は、社会局で生活保護法の立法事務を行った小山進次郎氏と医療費亡国論を唱えた保険局長の吉村仁氏であろう。時代の序列トップにふさわしい仕事を後輩の我々に見せてくれた。二人とも、部下の書いたものを読まない、自分の言葉で語る情熱と説得力のある人物であった。
戦後の一時期は公衆衛生局の防疫課が肺結核撲滅の仕事を担い、最も花形の行政で序列のトップであった。だが、肺結核がストレプトマイシンの普及で急速に治まる中、序列は一気に下へと移行した。そのことが後々のコロナ禍対策の失敗につながる。医療については、ガンなどの生活習慣病対策の序列が高く、公衆衛生局改め健康局はその下にある。国費をより多く使う仕事が序列の上にくるという考えだ。
さて。福祉の中で、さらに細かく序列がある。児童福祉はこども家庭庁に出て行ったが、財務省と金融庁の関係のごとく、少なくともかなりの期間は厚労省の出店であり、人事も一体であろう。特に、こども家庭庁は、少子化問題に最も多い方法論を提供すべき教育が文科省から移管されなかったので、独自のこども政策調整などできはしない。内閣府と合体しても、もともと内閣府は福祉の専門ではなく、こども家庭庁は実態的に厚労省の一部局であり続ける。その前提で、福祉の中での序列は、高齢者、児童、障碍者の順である。
高齢者は言うまでもなく、この国の人口の三分の一を占め、政治家が膨大な票を相手に関わりたがる。そのおかげで介護保険法が2000年に施行され、介護保険の総費用は今や14兆円余である。序列二位の児童福祉は、言うまでもなく少子化政策で花形となっているはずだが、既存の保険料への上乗せなど、財源を「ケチっている」ところからみれば、未だ政府の本腰が入っていないというべきであろう。人口減少が国益にかかわる認識を持てば、堂々と税による予算要求をすべきであるし、それが難しいのならば介護保険のような仕組みで出生・子育てを社会で支援すべきだろう。残念ながら、児童福祉が序列のトップになりえないのは、政府の及び腰による。
障害福祉は、介護保険創設の時に、年齢にかかわらず障害者を含めての立法が働きかけられたが、当時の担当部局は消極的姿勢であった。介護保険法に遅れること15年、ようやく障碍者自立支援法ができ、高齢者や保育事業などで先行していた利用者本位の事業に取り組むことになったが、身体障碍者436万、知的障碍者108万、精神障碍者419万という数は、国全体の高齢者や児童の福祉に比べ対象数がはるかに少なく、さまざまの意味で後回しになる可能性が強い。また、序列が下ということで、行政マンの意気も上がらないのではないかと危惧される。
90年代に宮城県知事に就任した浅野史郎氏は厚生省出身で、障碍者の行政を優先することを掲げた。こんな政治家は稀有である。票の多い対象の行政を掲げる政治家の中で、浅野氏は一定の成果を挙げた。障害行政は、街全体のユニバーサルデザインにもつながり、社会参加や労働の場の提供で新たな才能やビジネスチャンスが発見されることもある。つまり、障害行政の敷衍が地域発展の発端となる。障害行政の専門を誇りに思って、ビジネスチャンスを見つけてほしいものだ。また、専門性が低いこと、世の関心が低いことを狙って、何の専門性も持たぬ政治家が、障碍者のための事業に担い手になり、収益を得ているのを放置してよいのか。
序列は人の心に食い込んで、仕事の出来に影響する。どの仕事も成功させるには、政治家にせよ、行政マンにせよ、専門性を持たせ、プライドを以て専門性に生きるようにしなければならない。