ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

追憶 「共に四十年」ファミリーコンサート (2012・3.31)

2012-03-30 23:21:08 | 詩・コラム
追憶 「共に四十年」ファミリーコンサート

 今からちょうど5年前の2007年3月31日、夫ー金主休の還暦を迎える前日、布施の夢広場で「共に四十年」ファミリーコンサートが行われた。夫の音楽仲間、私の文学仲間と演劇仲間たちが企画してくれたのだ。

 事の発端は私が文学仲間に、ただ飲み食いするだけの還暦祝いはもったいないなぁと言ったことから始まった。私と夫は2歳違いだが、社会生活、文化活動を始めた年月が同じであった。それで、40年間文化活動を続ける間に巡り合った仲間たちと共にコンサートの形で祝いたいと思ったのだ。

 「共に四十年」  

李芳世さんの軽妙な司会でコンサートは始まった。  

1番目は演劇口演部の朝鮮の昔話だ。笑いを誘った「オナラのお話」

次に男性合唱団<サナイ>の「クンバムタリョン」 

 3番目は留学直前の次女文淑のピアノ独奏「ショパンのバラード1番」  

続いて朝大から駆けつけてきてくれた教え子姜未衣さんの詩の朗読「山ツツジ」  

5番目に文春一さんと私の詩と歌のコラボ「金素月の招魂」
 

 6番目は娘のピアノ伴奏で夫のフルート独奏「初春」  

続いて中級時代からの後輩ー金桂仙さんの独唱「黄金の木が咲いたよ」 

歌舞団時代の同僚であり、夫の音楽仲間ー崔大弦さんの独唱「木魚の音」 

 9番目に李明玉さんが、作曲をしてくれた梁順雅さんの伴奏で私の詩「母の手」 

続いて夫のフルート伴奏で私が、孫のユニのことを唄った「こんな日がいいなぁ」を朗読。  

ここでサプライズだ、子供たち、孫たちが登場して合唱をしてくれ、花束やプレゼントを用意してくれていた。 

このコンサートを企画してくれたのは教え子の趙正心歌舞団団長、詩友の李芳世詩人、夫と私の学生時代からの共通の友人梁普淑さんだ。感謝してもしきれない。

 演目もあとわずかになり、11番目は演劇口演部の合唱詩「これが俺たちの学校だ」


演目最後は夫の指揮、高雪華さんのピアノ伴奏で<サナイ>、<コール・アリラン>の合唱、カンタータ「アムノッカン」と夫が作曲した「ハンラサンよ>の合唱でコンサートは無事終わった。


 出演者が全員登場して最後に夫が謝辞を述べた。 

コンサート終了後家族写真を高賛侑さんが撮ってくれた。もちろん全ての写真は彼が写してくれたものだ。  

この時はユファとヒジョンはまだ生まれてもいなかった。明日1年生になるリファがまだ1歳4ヶ月の時の話だ。時は流れたが、今も家族仲良く、心暖かい友人たちと共に歩いている。感謝感謝の幸せな日だった。

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コラム16. 私の生まれ故郷ー青森碇が関から吉報が届きました!

2012-03-30 09:45:48 | 詩・コラム
コラム16. 吉報 「青森碇が関からの嬉しい便り!」 2012年3月30日


 先ほど生まれ故郷の青森碇が関から嬉しい宅急便が届きました。

 あれ?りんごのシーズンじゃないのになぁと思っていたら中には手紙、新聞、お土産がどっさり入っていました。   

 お手紙です。

 オンニョさんへ

 ごぶさたしております。その後、いかがお過ごしですか?

 今年の冬は例年になく雪が多く、3月28日現在の碇ヶ関の積雪が65CMです。草の芽も萌ゆる春が待ち遠しいなぁ~!

 ところで、碇が関診療所の条例案と予算案が3月の平川市議会において可決され、5月の大型連休明けを目指して市直営の診療所を開設することになりました。

 昨年の碇ヶ関診療所存続要望に関する署名の際には、大変お世話になり改めて心からお礼申し上げます。

 お口に合うかどうかわかりませんが、ふる里の味を少しだけお楽しみください。

 又、お会い出来る日を楽しみにしています。

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 今日は朝からいいことばかりです。

 昨年碇ヶ関の診療所の存続のため署名を手伝ってくださった903名の皆様、本当に有難うございます。他府県からの発信もふるさとを動かすことに少し協力出来たようです。

 今年の夏、また生まれ故郷を再訪問する予定です。

 碇ヶ関の皆様、朝から嬉しい便りを有難うございます。

*新聞社に投稿した詩も掲載します。


―私の生まれ故郷が大変な事になっています―

「黎明 名に恥じなきを」
           
             許 玉 汝

45年前
黎明の 名の如く
碇ヶ関村に彗星のように現れた 
「黎明郷リハビリテーション病院」

たった10床の村の診療所から始まり
1万4千平方メートルの無償の地の上に
曙のようにそびえ立った 希望の象徴!

どれだけ多くの人々が この地で
青森に多い「アタリ」や脳卒中から
救われた事だろう まさしく黎明!

なのになのに 病院がなくなるという
不採算が希望をつぶす理由になりますか
2800人の心優しい村人はどうなるの?

高齢化のこの時代にこそ必要な病院が
お金儲けの対象じゃないからなくなるの?
医療とは尊い生命のためにあるもの!

黎明 名に恥なき選択を!
村人たちの希望を奪わないで下さい!
村人たちの信頼を仇で返さないで下さい!

(東奥日報を読んで―2011・9・21)


 

 
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詩 「アーモンドの花のように」

2012-03-30 08:35:54 | 詩・コラム
 詩 「アーモンドの花のように」

           


韓流スターの様な イケメンの新郎と
ファッション雑誌から抜け出た様な新婦が
喝采を浴びながら歩いてくる 
バージンロードを 幸せに向かって

スポットライトは二人の主役を追いかけ
結婚式場は 喜びに満ち溢れている

式場の前方 左隅で 
緊張で胸をドキドキさせながら
マイクに向かう司会の彼女

時々 とちりながらも 必死だ
親友の結婚式を盛り上げようと
何日も何日も 心を込めて準備した原稿

歓声で彼女の声が聞こえない時もある
食事に夢中で彼女に気付かない時もある
でも 一生懸命な 彼女

アーモンドの花のように美しい笑顔
香りさえただよう 優しい声は
歌のように 心に沁みる

亡きアボジを想い涙する 新婦の姿に
すすり泣く彼女の姿は あまりにも愛しい

初級学校の時から今日まで
泣いたり笑ったり 時にはけんかもし 
何日も口を利かなかった 日もあったろう

だが彼女は いつもそうだった
自分の事より 友のため
自分の事より みんなのため
尽くすことが まるで 幸せのようだ

アーモンドの花言葉は
「真心の愛」「希望」
彼女は まるで アーモンドの花 

甘い香りを漂わせ みんなに幸せ運んでる
新郎新婦に 幸多かれと 祈る 彼女
彼女の瞳からあふれ出た 涙
任務を終えた安堵が 真珠になった

   2011年3月27日吉日

カン・ミィさんに
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今朝、表に出てみると可愛い子供たちが笑ってくれました。

2012-03-30 07:03:51 | 日記
日記 「今朝 家の前で」

 今朝、新聞を取ろうと表に出てみると、新芽から可愛い花が1輪ずつ咲いていました。

①昨年植えたアーモンドの木に蕾が一杯ついたのですが花が一輪だけ開き始めていました。


         

②冬の間、ずっと咲き続けていた撫子(なでしこ)の花が又新芽を出し、新しい花が一輪、恥ずかしそうに挨拶してくれました。

       

③2年目のアゼリアも蕾を一杯つけているのですが、今朝も1輪花開きました。

        

 私の家は長屋ですが路地には花がいっぱいです。ご近所さんで助け合いながら花を育てています。これからどんどん暖かくなれば遅咲きの春の花が路地を華やかにしてくれることでしょう。 桔梗、姫リンゴの花、金魚草、マーガレットなどが一気に咲きますよ。楽しみです。

 新しい朝が始まりました。今日も元気に過ごしましょう!
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孫日記詩5,6 2編 「リファと一緒に」2012・3・28

2012-03-29 21:42:36 | 詩・コラム
孫日記詩5,6 
  
「リファと一緒に」
              

1. 手を引く


春休み三日目
ユナとユニはクラスの集まり
今日はリファひとり

二人でひさしぶりに
クンハルベのおうち訪問
鳴門屋でお昼をご馳走になった

今年80になるクンハルベは
長い病のため目が良く見えない
早く歩くこともできない

食事が終わり
さぁおうちに帰ろうとすると
リファがさっと立ち上がり
クンハルベの傍に行った

誰もなんにも云っていないのに
リファがすすんで 手を引いた
「クンハルベの手 シワシワや」と
ニコニコ笑いながら 歩いている 

クンハルベの目も
クンハンメの目も
私の目も なぜだか ウルウル
   
*クンハルベ、クンハンメ(大祖父、大祖母)


2.「ハンメは良いの?」


クンハンメの家からの帰り道
歌をうたいながら歩いていたら
大粒の通り雨がポタポタ落ちてきた

早足で歩いたが段々ひどくなる
「雨宿りする?」と リファ
「そのまま行こう いつ止むか
わからへんし」と わたし

しばらく歩いたが 心配になって
大判マフラーを外し リファの頭に
ずきんのように かぶせて結んだ

「ハンメは良いの?」
リファの やさしいひとこと
「おばあちゃんやからええねん
 リファの方が大事や」

「フゥーン」
何がわかったのか知らないけど
黙々と歩くリファ
繋いだ手に力がこもった

もうすぐ1年生です!

 (2012・3・28)
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