童夢

2016-10-09 | ◆気になるコト・モノ・ヒト

▲1978年にジュネーブで発表されたスーパーカー〈童夢-零〉

昨日は恒例のアウトガレリア“ルーチェ”詣ででした。
今回の展示テーマは「ー童夢ー“ゆめ”を“かたち”に」
ということで〈童夢〉の車達でした。


▲〈童夢-零〉と関係者一同(左から3人目が創業者 林氏)

〈童夢〉といえばカー・レース好きの人で知らない人は居ないほどの
レーシングカー・コンストラクター(設計・製造会社)で、
林みのる氏が創設し、日本レース界の歴史とともに
成長・発展してきた会社です。
近年は、レーシングカー開発で培った多くのノウハウを活用し、
多岐にわたる業務を展開しています。

〈童夢〉の始まりは、林氏のホンダS600の改造に始まり、
やがてスーパーカーの〈童夢-零〉の製作をきっかけに、
自社製レーシングカーやトヨタとの共同開発レーシングカーで、
ル・マン24時間レースに出走、挑戦し、
何年も何度も多くのレースファンに
沢山の夢を与えてくれました。

他にもフォーミュラーカーは勿論、GTカーなど
自動車メーカーとの請負・共同開発も手がけてきた、
世界に誇る日本のレーシングカー・コンストラクターです。


▲1979年にシカゴとロスで発表された〈童夢 P-2〉

今回の展示車はその童夢の発展の基礎となった、
レーシングカー3台と、スーパーカー〈童夢-零&P-2〉の2台でした。

レーシングカーの世界では、多くの夢を現実化してきた〈童夢〉でしたが、
ことスーパーカーとなると未だに商品化を実現していません。
決して街中では見ることのない車で、今回も大変貴重な企画展ですね。
※もっと沢山の童夢車を見たい方は、ぜひ本社ミュージアムへ…

〈童夢-零&P-2〉商品化の夢は結局叶いませんでしたが、
つい最近も、林氏のおそらく最後の夢であった
究極のスポーツカー〈永遠-とわ〉の開発を、
公私ともに永年の協力者だったワコールの社長に、
中止に追い込まれたそうです…
※その辺の裏事情が多く書かれた本〈クラッシュ〉
 今年初めに単行本出版されています。


▲左上/林氏 右上/〈童夢 P-2〉 左下/縮小モデル&図面 
 右下/若き日の林氏と浮谷東次郎&KARASU


▲林氏が初めて手掛けたS600改造レーシングカー〈KARASU〉1965年


▲S600用量産レーシングボディ〈MACRANSA〉1966年


▲FL500フォーミュラー・ジュニア〈PANIC〉1971年



コメント