No Speed Limit
風を感じていますか
 



ツール・ド・おきなわ2016 市民レースダイジェスト





12:04 仲尾関門通過、左折して西海岸北上へ。

13:06 海岸線北上

18:18 普久川 1回目

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へたりこんでいると
Junkoが現れ、ゴール見てたよと声をかけてくれる。
でも、完走で来たよ!と返事するのが精一杯。
元気に声を返す力が残っていない。

喉が渇いてしかたない。
水分もエネルギーが枯渇してるのが自分でもわかる。

コーラが飲みたい。コーラ買ってきてとお願いする。

コーラを一気に飲み干すと
干からびた身体に糖分が染みていくのが分かる。
普段コーラは絶対飲まないけど
レース後だけは回復の為の薬だと思い飲んでいる。


気が付くと、すぐ目の前に佐野さんが立っていた。
210㎞、無事に完走できました!
と報告する。
佐野さんはレースどうでした?と聞くと
140㎞、16位だったの事。
流石だ。


佐野さんには沖縄対策練習会で随分お世話になった。
集団走や先頭交代の仕方についても
直近の練習会で注意やアドバイスをくれた。
厳しい注意を臆面なくキチンとしてくれる
その環境、仲間、このチームに本当に感謝している。




自分は取り急ぎGIROに電話して
ダイジ君に完走の報告をする。

このレースの為にバイク選びからメンテなど
本当にお世話になった。
自分の声で完走を直ぐに報告したかった。



ダイジ君に電話をして
すこし身体も落ち着いたので
体育館に記録証を取りに行く。
大した距離じゃないが
脚が痛いし、バイクシューズは歩き辛いので
尚更遠くに感じる。



体育館で記録証を貰い
自分のタイムを確認する。


6時間12分3秒  134位


自分の完走目標タイム
6時間15分を切ることができた。

この紙切れ一枚が自分の今日の成果。


記録は記録。

結果は結果。

でもその過程、
今日、昨日、沖縄へ来るまでの

全ての時間

自分の想い

それが詰まった証となった。





体育館に
オサムさんがいたので
完走出来ました!報告をする。

良かった、良かった!
おめでとう!
といってくれる。


オサムさんは?
と聞くと
ん~5位だったよ♪
最後ちょっと足んなかった。
といつもの笑顔だった。

100㎞ Over40 で入賞か~!
やっぱり凄い人だな。
こんな人と練習出来た事に本当に感謝しないといけない。



しばらく立ち話をして
一旦別れるが
その後、大会バナーの前で記念撮影。
お互いの写真を取り合ったりしていると。
内房レーシングの細矢さんが
自分の目の前に現れる。


細矢さんはやはり20㎞地点
美ら海水族館付近の大落車に巻き込まれて
その場でレースを終えてしまったとの事。

細矢さんの目の前で落車があり
それを急ブレーキでよけ、細矢さん自体は転倒しなかったのが
後ろから止まれない3名、3台のバイクが追突し
覆いかぶさり下敷きになってしまった。

直ぐに脱出でき、幸い身体はなんともなかったが
リアディレーラーがもげて再走不可能になってしまったとの事。

この場所で20人ぐらいがやはり同じように
怪我、メカトラでバイクを降りたそうだ。


スタートと直前に細矢さんと話ができて
リラックス出来た事がありがたかったし
同じ千葉から来ているので
一緒にゴールできたらと思っていた・・・。
物凄く残念だった。


いや彼の方こそもっと悔しい筈だ
顔の表情からも落胆ぶりも読み取れる
なんかこちらが申し訳なくなるぐらいだった。




もし、自分が落車に巻き込まれ完走できなったら
そう思うとやり切れなくなる。

自分の実力が足りずDFNならともかく
他人の落車に巻き込まれて
レースが終わってしまうなんて
沖縄にかけてくる情熱が痛いほどわかるので
余計につらかった。



怪我なく完走ができた事に
本当に自分は感謝しないといけない。







さあ、でもレースは終わった。


2016年 ツール・ド・おきなわ 市民210km


一緒に走ってくれたオサムさんをはじめとする

TEAM GIROのメンバー。

サイクルハウスGIROの皆さん。

本当にありがとうございました。


自分独りでは出来なかった挑戦でした。

皆さんとの出会いに本当に感謝しています。


そして、これからもよろしくお願いします。






そして何よりも

Junkoへ


ル・マンも一緒だったから

このおきなわも一緒に居て欲しかった。

ゴールで待っていてくれれば

完走できると信じていた。


待っているからこそ絶対完走するんだと

自分を奮立たせた。




本当に、本当にありがとう。





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自分と同じような小柄で、いかにもクライマーといった
体格のFolzaの方が自分の前を行く。

焦ってもしょうがいない、
今できる事を、できる限りするしかない。
脚を止めずに進むしかない。

登り坂を蛇行するように100㎞クラスの遅れている選手達が進路を阻む。
まさしく青色吐息。
コース脇で座り込んでいる選手も数名。
蛇行している選手の間をすり抜けるように
テール・トゥ・ノーズでFolza方と進む。

だが徐々に脚にきているのが自分でもわかる。
左脚がピクピク痙攣し始めてきている。
そう、ここまで来れば疲れていない選手など一人もいないだろう。

また自分の疲れた様子に気が付いたのだろうか?
Folzaの方にまだこの先、羽地まで2回登りがありますから。
と声を掛けてもらう。

頑張らないと!



その先の海岸線で5.6人の集団に追いつき横に並ぶ。
朝、挨拶したフリーダムの彼がいた。
彼に手招きする、またTAG、BONSAI、知った所の方々もいた。
おそらく奥からの西海岸で見かけた前の集団にいた選手達だろう、
集団が崩壊したのか、それとも集団から遅れたのか。

その先々でも100㎞、140㎞の選手を拾い、
自分たちが吸収というのもおこがましいが
ひとかたまりの集団となり、10名以上の選手で先へ進む。



脚の残っている選手と
もう付いていくだけで精一杯の選手が混在している状態。
先頭交代は自分、Floza、TAG、BONSAIなど
210㎞のメンバーで回す。
その他は前に出てこない。
いや出てこれないんだろう。
普通なら、なんで回さないなんだ?
という気持ちになるんだろうけど

ここはおきなわ。
そう、ツール・ド・おきなわ!
苦しいんだよな、
辛いんだよな、

それが痛いほど分かる。

だから自分は
前を頑張って引く
210㎞に出ているのだから恥ずかしい走りはできない。
ここから先は脚に余裕を残すなんて悠長な事は言ってられない。
残っている力を全て出し切らないといけない。



久志の海岸の手前、川沿いに出た時だった
頑張る気持ちとは裏腹に、左脚のふくらはぎが軽く攣りはじめた。
痛みを感じる程ではないが、筋繊維が明らかに悲鳴を上げている。
仕方ないので先頭交代をパスして一旦後ろに下がる。
Flozaの方が振り向き、どうして?何故?
と仕草で語るのがわかる。

ゴメン。
出たいけど、今は出れないんだ・・・。

先頭交代を2回もパスすると
痛みも治まり、脚が回り始め再び先頭交代に
Flozaの方と並んだ時に
ゴメン!脚が攣ったんで前出れなかった!
と声を掛ける。

OK!仕方ないよ!
と手を上げて笑顔で返事をくれた。



大浦共同売店を右折し東海岸と別れを告げると
いよいよ羽地ダムへの登りへ
遠くにコンクリートの高架橋が見えてくる。

完走できるだろうか?
川上の関門まで間に合うのだろうか?
ここへ来て急に不安にかられる。



そんな気持ちになったせいか
自然とスピードアップ
向かい風の平坦区間を進むと
いつの間にか自分が集団から飛び出し
そのまま羽地の登り坂へ。

さら脚ならたいした事ない距離や斜度かもしれない、
でも200㎞近く走ってきて最後の最後に、
この上り坂
そう、天国への階段の様にも見えて
視覚的にも止めを刺される感じだ。



踏んでしまうと
また攣りはじめるかもしれない
とにかく回転、回転と
脚を回すことだけに集中して
先を急ぐ。

ふと、気が付けばこの坂を一人で上がっている。
後ろを振り返ると集団はいない。


去年はこの坂で脚を攣って
動けなくなっている選手が大勢いたが
今年はそんな選手もいないし
そもそもコースに人が少ない。
完走ギリギリだから選手自体がもう残り少ないせいか。
もうほとんどのクラスの選手はゴールしているのかも知れない。
そう思うと余計に焦ってくる。

聞こえくくるのは自分の息づかいと
クランクを回す音。チェーンが暴れる音。





今の自分の状況を忘れ
オサムさんはこの坂を駆け上がっただろうか?
そんな事を考えた。

羽地ダムの登り、
この坂が勝負所と言っていた。
凄いな
ここで勝負なんて・・・。



秋以降、オサムさん主催の沖縄対策練習会に何度か参加した。
実力、経験とも素晴らしく、自分とは桁違いの強さのオサムさん。

自分と同じ小柄で軽量級である事から
一緒に走る機会があれば一挙手一投足をつぶさに観察し
お手本とした。
練習会ではとにかくオサムさんの後ろに張り付き
とにかく離されないように必死に追いかけた。



今は追いかける人などいない。
遠くにトンネルが見えてきたが
前には数名がパラパラいる程度・・・。

よし、一人でも多く追いつけ、追い越せ!
スイッチが入る。


トンネルを抜け、右に曲がると
短い急坂。

先程までの静寂とは異なり
コースサイドの多くの応援の人々。
路面にはカラフルなチョークの文字。

いないと思っていた前を走る選手たちが
何故か分からないが
急に増えた様に感じられ
大勢、目に飛び込んでくる


とにかく渾身の力を込めてダンシング!
あと2回上がればもう川上の関門まで登りはない。
抜いて、抜いて、
とにかく前へ、先へ。
夢中になってペダルを踏む。



ピークを超えると
後は下り基調、
ダム湖橋桁の上で後ろ振り返るも付いてくる、追ってくるような人影はない。

その後の左右に続く下り坂も
自分の得意とするところ
ここぞとばかりに飛ばしまくる。


坂を下りきると
もうそこは川上の関門。
突当たりの信号機が見えてくる
13:45
間に合った。


※今年の関門は14;00だが
実は去年までの関門時間より10分延長されている。
去年ならば13:50。
去年であれば本当にギリギリだった。



関門を過ぎ左折すると広い車道にでる。
関門を無事通過できた安堵感からか
急に脚が重たくなり動かなくなる。


前にも後ろにも選手の姿がない。
この広い車線をポツンと一人で走っている。
レースと言えるような雰囲気ではないな。
完走ギリギリの悲哀なのか
寂しさを通り過ぎ、悲しくて笑えてきた。



そのままペースが上がらないまま
イオン坂を淡々と上りきると
Folzaの方が隣に並んできた。
羽地で離れたが追いついたようだ。

右手をあげ挨拶し、
今までありがとうございます。
もう自分は脚残ってないから先へ行ってください。
と声をかける。

こちらこそありがとう。
と言うと彼はゆっくりペースを上げて
視界から遠ざかっていく。


もつ彼に付いていく力はなかった。
そしてイオン坂を下り切った所だった。



いきなり左脚ふくらはぎが攣ってしまい。
左足が上死点にある地点で
激痛と共に硬直して動かなくなった。

また痛さのあまり大声を上げて唸ってしまう。
歯を食縛って耐えるも
どうにもならない。
しばらく脚が硬直したまま惰性でそのまま進む。
ここが平地で良かった。
羽地の登りで起きたら転倒は必至だった筈だ。

この攣った時間が10秒なのか30秒なのか
また1分なのかは正直わからないが
もう凄く長い時間に感じられた。

しばらく我慢すると、ようやく痛みが和らいできた。
左足をペダルから外し、だらんとぶら下げた状態する。

そのまま右足の片足ぺダリングで先へ進む、
どれくらい、何百メートル片足ぺダリンしたろうか
ようやく左足が痺れと痛みから解放され
動きそうな感じになる。

恐る恐るビンディングをはめるとどうやら問題なさそう。
脚を回すことができた。

よし!
あと残り少しだからこのまま無理せずゴールまで頑張ろう
でも出来る限りタイムは縮めたい。
相反した思いの中、先を急ぐ。



脚を攣ってペースが落ちたせいか
白いLOOKの方が追いき自分の後ろに付いく。

自分の後ろになんかつかないで
先へ行ってくださいと進路を譲る。

だがそのLOOKの方もヘロヘロなのか
一向にスピードが上がらない。
先頭交代し、また自分が前を引く。

大きな左カーブへ、このカーブを過ぎると
ゴール前、最後の直線。

カーブの終わりでLOOKの方がスピード上げ
自分を追い抜き前へ出ていく。

ここで離されるのも悔しいので
最後の悪あがきと彼に付いていく。
ゴールまであと少し
ゴールゲートが見えてくる。


残り100m、


残り50m。

とにかく、このLOOKの方には負けたくない

最後の力をふり絞ってもがく。


手足がバラバラになりそうな感覚。
何だか力が入っているのか、入っていないの分からないが
必至になって全体重をペダルに乗せる。


下を向いてもがいたせいか
ゴールラインが目に飛び込んできた。
その瞬間はあっけなかった。



頭をあげると前にも隣にも彼はいない。
先に入れた。
完走ギリギリなのに
つまらない着順争いだとは分かっていても
少し嬉しかった。




6時間12分だった。

210㎞

ゴールした。

ゴール出来た。

完走した。

良かった。

報われた。

安堵感を一番に感じた。




フィニッシュラインを越え。
計測チップを回収する場所に行く。

左足をペダルから外そうとしたら、よろけて立ちごけしそうになった。
右足も外し、サドルから腰を上げ
自転車の横へ立つと
まともに立っていられない
物凄い脱力感。
両脚の痛みと重さ。
まともに歩けなくてヨチヨチ歩きになってしまう。


計測チップの回収場所に
DSTRAの方とキャンデールの方がいらしたので
完走のご挨拶、また一緒に走ってくれたお礼をし
握手する。

DESTRAの方
気になっていた年齢を伺うと、なんと59歳との事!
もう驚くしかない。

しばらく立ち話をし
最後に、また沖縄で会いましょうと言われたのが
嬉しかった。





小川さんと声かけられ
振り向くと
水海さんご夫妻が
おめでとう。
50歳の年齢で210㎞完走は凄いよと
褒めて頂く、嬉しかったが
先程の方が59歳と知ったばかりだったので
ちょっと複座な心境だった。



話を続けたかったのだが
両足が痙攣してきて立ってられない。
水海さんにすいませんと言って
転げるように縁石に腰かけて座り込んでしまう。

しばらくそこから動けなくなってしまった。


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高江から宮城、慶佐次、安部、大浦と続く東海岸のコースは登り下りが続く
時折現れる平地区間も距離は無いが、
海からの風がアゲインスト、我々容赦なく苦しめる。

我々の集団は、いや集団と言うほどではないが10人前後はいるだろうか?
自分は常に前方にいるように心がけた。


2回目の普久川を終えると集団もほぼ固定メンバーになり
お互いの走り方が分かってくる。
下りでは自分がお先にどーぞ、と道を譲り。
登りではお先にどーぞ、と道を譲られる。

だらだらと続く長い真直ぐな坂はペースで上がり
時々現れる割と勾配のある坂はダンシングでやり過ごす。


そんな中、DESTRAの方と登りで並走する事が度々。
風貌が自分よりもはるかに年配な様子だが、
大柄な筋肉質の体格で走りもパワフル。
そんな方が、

去年は宮城の関門でタイムアウトになったから今年は絶対完走したい。
と自分に声をかけてくれた。

普久川の登りでのアタックも
いまの集団を牽引する鬼気迫る走りも、
そういう事かと納得する。

いやでも。こんな方でも完走できないのか?
ならば絶対この人に遅れる事は絶対できない。
驚きと共に焦りを感じる。


次々に現れる坂道をDESTRAの方はパワフルに超えていく
自分も付かず離れずで坂を超えていく。
それに被せるようにもう一人、大柄なキャンのデールの方もグイグイ前へ出ていく。
すると後ろの選手と距離が少し開き、
我々3人が集団から先行する形になった。

その次の坂、下りきった所で後ろからきた一名の方が
登りでそんなに頑張らなくてもいいよ、こうやって下りで追いつかれるのだから。
横に並び我々に声を掛けた

登りはペースで下りで踏んで。
セオリーとしては正しい、それは良く分かるが
私は登りで頑張ってないし、他のDESTRA、キャノンデールのお二方もそうだろう。
後先考えずにがむしゃらに登っている筈もなく
今以上に登りで抑えるなんて?

集団で走る事のメリットもあるが
今、彼の云うペースでは待ってるのはDNFだ!

DESTRAの方と顔を見合わせ
目で会話をする。
言わせとけばいいさ!



アップダウンの連続する東海岸のタフなコース。
そして時間と共に厳しさを増す強い日差し。

汗がバイクに滴り落ちる。
暑さは去年程感じないが、とにかく喉が乾く、
ボトルの水を、あっという間に1本飲み干してしまう。
そのせいか息もだんだん荒くなる。

同じように何度も連続する登りと下りに
自分がどの辺を走っているか次第に分からなくなる。

去年の140㎞もこの高江から慶佐次のアップダウンが辛かった。
今年の210㎞序盤は神経をすり減らしたが、
でも集団の力を借りて走ってこれた。

今、力を貸してくれる集団、頼れる集団などない。
この集団の一人一人がおきなわのコースと戦っている。
この坂道とこの暑さと戦っている。


ロードレースは閉鎖された場所。トラックレースとは違い
自然を相手にするスポーツだ。
その土地、風土、気候などにも影響される。

自分の思い通りになど全ていかない
それがレースだし、改めて思い知らされる。


パイナップル畑の真直ぐな道で出ると
前方に何人もの選手の姿が見えてくる。
100㎞、140㎞、210㎞の選手が混走した状態で
皆、それぞれに辛そうに走っている。

乗っていってと声をかけ、手招きするが
この段階で遅れている100㎞、140㎞の選手は
うつむき、下を向いてもう息も絶え絶え。
つい来れるのは数名の210㎞の選手だった。



コースは左右にコーナーが続き複雑だが
下っては登る、その単調な感じで我々は前進する。
徐々に脚を削られながら、体力が消耗していくのが分かる。

下りで休めない。
これがおきなわの特徴。
下りで離されてしまうと致命的・・・。
下った後、一旦平坦になるが直ぐに急な登り返しが待っている。

この登り返しで遅れると、次の頂上までに追いつかないと
次の下りに入ると更に離されてしまう。

一回一回の下りが自分にとっては勝負で本当に気が抜けなかった。
辛い登りの方が気持ち的に精神的には楽だった。




宮城のCPを通過する。
今まで山間の標高の高い場所から海岸線へ下っていく。
左手に太陽の光を反射した青々しい東海岸が見えてくる。

去年は余裕がなかったが今年は苦しくても
周りの景色も見ている余裕があった。

東海岸は太平洋側で波も荒く険しい表情をもつ
名護市側の西海岸の穏やな景色、リゾートと異なる
岩場の多い自然のままの荒々しさがある。

だがそんな事も言ってられない


眩しい、
暑い、
喉が渇く、
気が付けばもう1本のボトルも残り少ない。
慶佐次の給水所まで持つだろうか?
不安にかられる。


長い下りをこなすと
東村の集落の海岸線へ。
短いがしばらく平地になる。
この後の登りにやっと慶佐次の給水所がある。
あと少し、ボトルの水を安心して飲み干す。



慶佐次の給水所で水とスポーツドリンクをもらう。
冷たい水がありがたい。
喉を潤し、後頭部にも少しかける。

その先の九十九折の下り坂だった。
結構な斜度と距離だった。

今で同じように
DESTRA、キャノンデールのお二方が先行する。


今までなら先行されてもさほど離されなかったのに
この下り坂はどんどん車間が開いていく。
まずい、離される。


時すでに遅し。
ハンドルに身体を被せ、エアロポジションで
脚を止めずにペダルを踏んでも
前の二人と距離がどんどん開いていく。

次の登り返しで追いつけるかと
登りで頑張るが
この坂は距離も短く、斜度も緩いので
自分が登りきる前に
前のお二方は次の下り坂に消えて行ってしまった。


しまった!
恐れていたことが起きてしまった。
彼らから遅れる事はDNFを意味するのだ。

もう、ここから先は自分の脚が頼り。
自分がスピード、ペースを作らなければいけない。
自分を信じ
行くしかない!


しばらくすると隣に普久川を同じ集団で登ったFolzaの方が並んで来た。

気を緩めたら駄目だ!

彼の登場が
まるで自分を叱咤激励するかのように感じられた。




安部のCPを通過。

後、残り30㎞だ。





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後方から車がクラクションを鳴らしながら
ジュニア国際の先頭集団が来るので左によってください。
と声がかかり
直後、ジュニア国際の集団が右横を物凄い勢いで通過していく。

平地の海岸線とあってか皆元気だ!
あっという間に見えなくなってしまった。
考えてみれば彼らはスタートして20㎞ぐらい。
我々はここまで120㎞ぐらい走っている。
当然といえば当然だ。


しばらく走ると与那のCPが見えてきた。

与那のCPを通過すると2回目の普久川の登りに入る。
ツール・ド・おきなわでこの普久川を2回登るのは
140㎞と210㎞のみ。

100㎞はスタートして22㎞後に1回。
140㎞はスタートして17㎞後に1回目、58㎞後に2回目。
210㎞はスターしてて81㎞後に1回目、122㎞後に2回目となる。

この違いが想像できるだろうか?




集団は2回目の登りに入る。
当然登りに入れば先頭交代などなく
各自のペースとなる。
しかし消耗戦、この2回目の登りが結果として完走への運命線となった。


序盤はお互い声を掛けあい
完走目指して頑張りましょう、2回目の登りは辛いですねと
集団の体を成していたが
徐々に、一人また一人と集団から選手が落ちていく。

ここで強かったのがDESTRAの方とキャノンデールの方。
二人とも体格が良く大柄でぐいぐいと力強く登っていく。
高ケイデンスでヒラヒラ上がる自分とは対照的だ。

特にDESTRAの方は奥の手前から一緒に走ってきて、
タイプは違うがスピードの乗せ方が似ていると感じていたので
一緒に走っていて安心できる方だった。



固まりの集団ではないがお互いを視界に捉えたまま
我々は進んで行く。

左前方に肩で息をし体を揺らしながら登っていく選手の姿が目にはいる。
とても辛そうだ。横に並ぶとスタート時に挨拶した長崎の彼だった。
長崎、がんばれ!と声を掛け、その彼を抜いていく。


※後日リザルトを確認すると彼は完走できなかった。
この2回目の登りで我々の集団からこぼれた選手、抜かれた選手は残念だが
完走できなかったようだ。



標高を250m程上がったであろうか
DESTRAの方が後半、急に上げてきた。

ヤバイ!第六感がシグナルを発する。
遅れてはいけない、付いていかないと!
思考より身体が先に反応した。


ペースでバラバラだった集団が一気に活性化する。
ヒルクライム的な上り坂と戦う、自己の世界から抜け出し、
緊張感が生まれ、そうロードレース、
選手間、他者との戦いである事を思い出す。


今までパワーメーターを見ながら慎重に登ってきたが
後先考えずダンシングを繰り返して我武者羅に付いていく。


太腿は熱を帯び、息も苦しくなる
だが最後に軽く下って登ってを2回繰り返すとピークに!

離れずについていけた。苦しいがそのままダムへの下りに。



難所の下りも2回目となると更に余裕をもって下れる。
下りでペダルを回しながら失速しないように
スピード殺さないように休まず回し続ける。
ここは後ろから抜かれずに下れた。
難しいコーナーがあれば抜かれないんだ!
自分を鼓舞する。


自分に自信を取り戻し
給水所の急坂で自分の用意したボトルを捨て。
1回目の給水でも貰った、まだ余ったボトルを口にくわえる。
ボランティアの方からスポーツドリンクと水の2本をもらい
そのままバイクのボトルケージへ。
くわえたボトルはそのまま捨てようかと思ったが頭からかぶった。
かなり気温が上がってきていたのだ。



普久川の2回目を11:30で通過。
完走が目標だった自分は足きりの関門時間
この2回目の普久川の12:00と
最後の川上の関門の14:00だけを頭に入れていた。

考えたくないが捕まるならこの2か所だろう。
そう思っていた。

ここまで140㎞走ってきて、残り70㎞。
30分か、余裕しゃくしゃくとはいえない
そう30分しかない。




少しの焦りを感じる余裕もなく突当たりを右折。
高江の登りに向けて一気に下る。
先程のDESTRA、キャノンデールの方が先行。
自分の斜め後ろにBlanche、Folzaの方など
普久川を一緒に上がってきた方々が視界に。


程よく車間を開けながら下りきると、
いよいよ後半の山場となる通称、小学校の登りに。

約7㎞程、標高250mの急坂とだらだらの長い坂が繰り返し続く。
ここは山の稜線に出て日光を遮る物がないためとても暑い。
時刻も昼過ぎとあって体感温度もどんどん上がってくる。


短い登りはパワーのある体格の良いDESTRA、キャノンデールの方々が先行するが
だらだら長い坂は二人のような大柄な選手は後半失速し
自分、同じような小柄な体格のFolzaの方が追いつき追い越し集団の前に出る。




高江のピークまではそのような繰り返しになった。



















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仲尾の関門を左折すると、海岸を北上するR58号線へ
ここは、先程までの道とは様相が異なり、道幅、路肩も広く
まるでバイパスのようにとても走りやすい。

集団も視界が開け落ち着いたのか、またこの先の山岳が本番と分かっているのか
無駄な動きをする選手もかなりいなくなった。
だが、かといってスピードが極端に落ちるわけでもなく、常に40㎞/h以上だ。
自分は変わらず車線左側をキープ。
天気予報では北東の風になっていたが、大きな向かい風を感じる事もなく
集団にいる限り風の抵抗は感じなかった。


このままのペースでいけば集団から大きく離される事なく
普久川の登りに入れる。
そう、普久川の登りで集団から遅れる事は、自分の走力、実力から間違いはない。
だからこそ何としても、この登りで先頭集団からの遅れを最小限に留めなければならない。

走りやすい道路といっても時速40㎞/h以上で集団は移動を続けている。
一本調子で踏んだりしていれば脚に疲れを残してしまう。
踏まない、ケイデンスで。
とにかく疲れを残さない事だけを考えて
自分の持てるぺダリングのバリエーションを全て総動員し、筋肉を使い分ける。



北上する海岸線では
集団の中でのポジション、後方に居ても位置はあまり気にならなかった。
集団に居られればいい。
別段前に出る必要もないし、抜きたい選手は勝手に自分を抜いてくれればいい。
その為に結果、自分は一度上げたポジションを後方に下げてしまったようだ。



しばらくすると
車線左端に前方に車が一台停車している。
前の方でブレーキが掛かかり集団は大きく減速。
落車があったのか路肩に自転車を降りている選手の姿が、
最後尾付近の自分が通過する頃には何があったか原因などは
分からなかった。


その先で上位選手達が右側の路肩に自転車を停め
WCタイム。
なるほどこれが噂の・・・と
一時停止して用を足しても。その後集団に復帰するのだから
やはり相当な力があるんだなと感心する。



風が吹いてきたので自分はここで山側の右側にポジションを移す。
自分のような小柄で体重の軽い者は向かい風がしんどい。
少しでも楽をしたいので山側の右車線へ。
前方の密集した集団にいると左から右側への移動など難しいと思うが
後方にいるとスペースに余裕があるのでそれほど移動に苦労はしない。


これだけ大きな集団だと
その中で小さな隊列というか集団がいくつかできる。
同じチームはもちろん、足並が揃へば意思相通、その集団で先頭交代がはじまる。
逆に我関せずの一匹狼が多いと、ギクシャクした固まりとなり
スピードが安定しない。何よりラインが左右にぶれる。
はたから見ていても危ない感じがする。


自分は右端のラインのまま。
脚を休める事に集中し、息をひそめるよう隠れ、
集団の中にわざと埋もれていた。

今はこれでいいんだ。





140㎞のスタート地点、国頭村の道の駅前を通過。

何とかここまで無事、集団についてこれた。
約70㎞、レースの3/1だ。
残り140㎞、さあここからがいよいよ本番。


トンネルを抜けると遠くに与那のCPが見えてきた。
去年の嫌な思い出が蘇る。


去年の市民140㎞、勢い余って先頭集団で登りに入るも
緊張とスタートして直ぐの登りに心拍が上がらないのか
脚が重たく、踏めも回りもしない。
汗がでない、息苦しい。
何をどうして良いか分からまま後方からバンバン抜かれていく。
あ~自分はもうこの一回目の登りで終わった・・・。
これがおきなわかと打ちのめされた
それがとても悲しくて、悔しかった。

今年はその雪辱を果たさなければ。





海岸線から右左折して普久川ダムへの登坂に入る。
先頭集団はあっという間に視界から遠ざかる。
自分はインナーに入れマイペース。
慌てて上げる事も、追うこともしない。
また、集団の後方にいたのでそれほど後ろから抜かれる事も無い。
標高300m程の登りだが、100mも上がると予想通り、
垂れてふらついて選手がチラホラ出てくる。
まるで去年の自分を見ているようだ。
昨年の自分のような選手を一人、二人と抜かしていく。


先頭は集団で走っているかもしれないが
こちら後方はバラバラで集団は崩壊。
まるでヒルクライムの個人TTに様子に。

この1回目の登り。
レースの高揚感から自分の走力以上のスピードで入ってしまう選手がいる。
脚を使ってしまい、必ず落ちてくる。
ここは抑えて後半勝負。
そう決めていた。


何人かに抜きつ抜かれつ、自分のペースを守り、
そのままピークへ。
よし、脚を使い切らなかった。
変な形容だが計画通り、頑張らなかった。

時刻も9:52、関門が10:20なのでまだまだ余裕がある。

※リザルトが出てから分かった事だが、この段階で先頭から3分40秒の遅れだった。
地元千葉の鹿野山を優勝した高岡選手は練習で14分台で上がってしまうが
自分はどんなに頑張っても19分を切るか切らない程度。
レースなら集団効果でもっとペースが上がる。
与那まで集団から遅れずにこれても
ここで約5分は絶対差がつくと考えていた。


最悪の事態はこれで免れた。
安心してダムへ下る。

落車が多いこの下り、特に右コーナー出口のRがきつくなる場所が数か所ある。
またここが水捌けの為に逆バンクとなるから曲がりきれない選手が毎年いるらしい。


自分は昨日試走してコースを熟知できたので安心してコースを下れる。
今年は右車線も上手に使えた。

下りきりダムの橋をわたると登り返しの坂で初回の給水場。
自分のボトルを1本捨て。
水の入ったボトルをもらう。


突当たりを左折して後ろを振り返ると数名しかいない
ここから奥のCPまでは下り基調。
だが半島の東海岸に出る為に向かい風に。
前方には5人。追いついて集団で走った方が断然楽と思い、
頑張って、踏んで下って追いつく。

しかし、しばらく長い下り、短い登りをくりかえしていると
後ろからどんどん選手が追いついてきて集団の人数がどんどん増えてきた。
周りを見れば体格の良い選手ばかり。

自分はコーナーの連続する下りは大の得意だが、単調な直線では大柄で体重のある選手の方が当たり前のように速い。
自分のような小柄で軽量級には長い下り、ましては向かい風はどう頑張ってもつらいところだ。

まだ100㎞以上ある。少数よりは大勢のほうがこの先を考えれば楽だ、これはこれでOKだろう。

この集団、この位置にいる選手間では
自分は登りが強よそうだ。いや強いつもりは全然ないのだが
登りをペースで走ると14、15人ぐらいの集団だが、結果登りの後半には先頭に出てしまう。
先頭に出てしまうので後ろに下がろう合図しても
先頭交代するのは自分を含め前目の5、6人ほど。
だが下りとなると後ろの方々は、ここぞとばかりにバラバラで飛ばして抜いていく。
下りで抜かされ、登りで追いつき先頭への繰り返し・・・。
ん~これが自分も含め後方集団の走力、実力なんだろうなと痛感する。

でも下りながらラインどりや登り返しのスピードの強弱のつけ方で、
自分と脚の合う選手というのがこの辺りで分かってくる。
それは皆同様に感じとれるのか、
風車から先はお互い声を掛けあい、息の合うグループが出来始めてきた。



短めの登りをやり過ごし
奥のCPを通過。ここでようやく100㎞、あと半分だ!!
この先に200mの登り、斜度は緩いがだらだらと長い。

遅れている選手を拾い上げながら集団はどんどん膨れ上がらる。
一瞬、前に大集団が見えるも先の見えないコーナーの連続に
直ぐ姿は見えなくなってしまう。

我々は20人程の集団になりそのまま辺戸岬の長い下りへ。
下りで飛ばすと思いきや先頭に出たくない選手が数名いるのか
集団は思ったりスピードが伸びない。
それでも瞬間70㎞/hでているが・・・。

西海岸への開けた下りにでると
遠くの登り返しに、前の大集団がはっきり見える!
あれだけのボリュームだと30人以上はいるだろう。

周りに追いますか?と声かけるも
誰も返事がない。
独りで追ってブリッジできる距離でもないし、その脚もない。
仕方ないのでこの集団での西海岸南下を決める。



海岸線に出ると
選手の意思がはっきりとする。


①記録の為に、いや完走出来ないかもしれない、その不安だからこそ
 一分一秒でも先に、早くゴールにいきたい。

②完走したいが自力では不安。ここで脚を使いたくない。
 もしくは使ってしまうが不安。

③既に脚は終わっている、付いていくのがやっと・・・。



自分は序盤、先頭集団の中では②の作戦だったが
今や後方集団。先程の下りでこのぺロトンに埋もれてしまうと
完走が難しいのは?と思うようになり①を選択。
積極的に先頭交代をし集団をけん引する側に立つ。

そう気を緩めると手段のスピードが落ちてしまう。
この集団で安穏とすると危ない。
そう感じている集団の3/1ぐらい自分を含め7名ほどは
積極的に前へ出て先頭交代しペースを作る。

※後日リザルトを確認したが、ここで付位置だった方々は殆ど完走していないようだ。



苦しい海岸線だったが
GIROの練習会で佐野さんや渡辺さんの鬼引きについていく方がよほどきついな!
そう思えて苦しいけどなぜか笑えたきた。
自分を追い込む練習、チームの有難味に改めて感謝した一瞬だった。


トンネルを2回過ぎると先程から先に見えていた集団が見えなくなってしまった。
やはり人数の多い集団の方が断然アベレージスピードが速い。
追いつくことは不可能だろう。

自分らの後方から追いかけ、拾ってくれる集団はもう存在しないだろう。

助け舟はない。
自分、自分たちでゴールを目指さなければ。


2回目の与那の関門までもうすぐだ。


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スタートの号砲の後
前方からゆっくり隊列は動き出す。
自分もクリートキャッチにミスは無く、一回で決まる。

スタートしてしばらくはスローペース。
右端からスタートしたので無理にポジションを変えることをせず、序盤は安全運転。
最初の交差点を左折してからは、内房レーシングの根本さんと細矢さんがいい感じで前へあがっていくので
後ろに付かせてもらい集団の3/2程の位置に。
そのまま集団は45㎞/hから50㎞/h程のスピードで琉球セメントの採掘場脇の海岸線へ。


300人以上の集団ともなると楽にスピード維持ができる。
自分はここでポジションをコース左端に移動。
昨日のコース試走で本部半島一周は右車線にいると危険だと考えた。
集団の真ん中は左右から詰められたり、接触落車のリスクが高い。
右端は自由にポジションを上げたりできるが、スピードの上下が大きいし
車線が狭まる度にストレスがたまるので精神的にも脚も疲れてしまう。
消去法的にポジションが下がってでも安全な位置にいたいと思い
北上する海岸線に出るまでは左端キープと心に決めていた。



そんな矢先、走り出して10分程、
6km付近で”ブレーキ!”の大声と共に急ブレーキ。
少し前方の車線中央付近で最初の落車が!

だが完全に止まる事なくスローペースで再スタート。
周りから、「序盤だから慌てるな、追わなくても大丈夫だぞ~!」と声がかかる。
そのまま無理に踏まず、ケイデンスでスピードを上げる。
直ぐに前方に追いつき、元のように集団は落ち着く。

だがしばらく走った10㎞付近、今度は後方で”ガシャーン”と嫌な音の後に
”落車~!”との大声が響き渡る。
後ろなので影響はないが、こんな短時間に2回も落車?
なんでこんな真直ぐの広い道で落車なんかするんだろう?
さっきから気になってはいるが怪しい動きをする選手は残念だがいる。
確かに先頭付近か最後尾が一番安全。
でも先頭付近に出れる筈も無く、一番後ろまで下がってしまえば
落車後の中切で集団から離脱してしまう。もうタイムアウトは確実だ。



その先の本部大橋では車線が橋上の途中で2車線から1車線に狭まってしまう。
橋の登り口では”ブレーキ”の声と共に前の選手が止まる寸前ぐらいにスピードに!
こちらも追突しないようにと神経を張りつめる。
橋を下り、キープレフトのまま交差点を左折。本部町を北上する。


スタートから30分程、美ら海水族館の入り口を過ぎてのゆるい下り坂だった。
直ぐ右前方で”ガシャーン”という鈍い音と共に前方の選手の肩越し自転車がひっくり変える姿が目に飛び込んでくる。
当然集団は急ブレーキ、”落車~”の怒号が飛び交う。
自分は車線左端をキープしていた為、またその場所がホテルの入り口だった
ので幸運にも車道から歩道に直ぐ逃げる事ができた。
右後方からは更に”ガシャ、ガシャーン”と追突多重事故を連想させる
嫌な音が響く。

全てが一瞬の出来事で振り返る余裕など全くなかった。



歩道から車道へ戻ると、先頭集団は遥か彼方に・・・。
当然自分を含む周りの選手は必至に追いかける。
ここまで脚を貯めながら走ってきたがここで初めて嫌でも全開に。
踏んで回して、スピードを上げる。

かといって闇雲に走れば脚が削られるので
スピード力のある選手を見つけて後ろ張り付き、少しでも脚を休ませる。
この先に少し長めの坂があるから先頭集団も必ず減速する。
慌てない、必ず集団に追いつく。
皆、同じ事を考えるのか横に広がったいて集団は一列棒状に。


その先の坂に入り、今日初めてのダンシングを!
踏まない踏まない、回すダンシング!
自分に言い聞かせる。
登った後に割と長めに下り坂、右車線に出てエアロポジションをとり、こことぞばかりに踏んでまわす。
自然とポジションは前に。
すぐ横へ同じように走る、なるしまのジャージを着たベテラン風の方が
「あんなところでの落車は勘弁して欲しいね」、と声を掛けられ。
「本当ですね、この後もお互い気を付けてがんばりましょう!」と言葉を交わす。


具志堅西のT字路でブレーキがかかり、集団はどんどんコンパクトにまとまってくる。



左折後、緩いアップダウンの繰り返しに。
上り坂のピークでけたたましい救急車のサイレンの音。
目をやると救急車の脇に仰向けで倒れている選手が2名、おそらく市民50㎞の部門選手。
大事に至らなければ良いが・・・。
そういえば根本さん、細矢さんの姿が見えない。
走力がある二人だからずっと前にいるか、
まさかさっきの落車に巻き込まれたのか?
何事もなければ良いのだが。

このコース、本当に気が抜けない。


今帰仁村村を通過するアップダウンの道が続く
ここらで先にスタートした市民50㎞の遅れている選手がチラホラ出始める。
彼らは左端を走っているが、当然速度差があるので油断していると追突してしまう。
前方から「左いるよ~」「左注意」「左」など
声がかかる。自分も目を遠くにやり、遠方の左端にそういった選手を見つければ
後方に向けて「左いるよ~注意して~」と声を発する。

また落車で縦に伸びた集団がだんだん詰まってくるのが分かる。
自分たちも前に追いつき、後ろも追いついてきているようだ。
自分の周りのスペースがだんだん狭まってくる。

そんな中、自分の左側から左通るよ~と大声で威嚇して前出ていく選手が2名。
こんな場所で無理に抜いていかなくても、この先の海岸線にでれば車線も広いし、
集団はそこで必ずリセットされる筈なのに・・・。


とにもかくにも、意思も走力もバラバラで混沌とした集団。
独りで走ればどうって事のないコースだが。
見ず知らずの人間と下り坂をかなりのスピードで並走するなんて。
とにかく脚よりも神経をすり減らした。



今帰仁村から最後の下り坂をやり過ごすと海岸線に。フラットなコースに少し安心する。
フラットになったせいか急にスピード上げて前に行き出す選手も増える。
だが右へ左へ見通しの悪いカーブが続き。突然車線が狭くなったりと油断は禁物。
北上する海岸線で絶対集団は落ち着くから今は無理に前にでたり、
脚を使うのは止めようと言い聞かせる。
とにかく接触や落車に巻き込まれないようにそれだけに神経をつかった。



しばらくすると58号線に出る。仲尾の関門、41㎞地点に。
ここでガーミンではスタートから1時間3分。まずまずだ!
左折し集団は広い車線にでると横へ膨れる。というか広がっていく。
当然、集団は縦には詰まるから遥か先だと思っていた先頭集団は
そう遠くない所に、自分の視界の範疇に見える。

まずは自分の中での第一関門は無事通過と一安心する。





画像はシクロワイアードより

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いつ眠りについたか分からないが目覚まし時計におこされ4時半起床。
目覚ましに起こされたので少しは熟睡出来たのかもしれない。

起きて、普段通りお湯を沸かしコーヒーを入れる。
レーススタートが7:47なので3時間前には起床し、食事をする。
普段なら絶対起きて直ぐに食事などしないが
今日は6時間以上も走り続けるから嫌でも食べる。
そうはいっても胃に残らないように重いものは食べない。
普段通りに林檎にコーヒー、プラスでクリフバーのシリアル、パワーバーのエナジーバー、どら焼き。


食後にスポーツバルムのイエローを脚に塗り、足腰をマッサージ。
ウェアはアンダーを着ていくかどうか最後まで悩んだ
スタートは7:47と涼しい。だが今日の最高気温は29℃と予想されている。
当然後半は暑くなるだろう、結局着ていかない事にしアームカバーだけしていく事にした。
それからビブパンツにはアソスのシャモアクリームをたっぷりと塗る。



補給食で用意した物は
ドリンクは750mlのボトル×2本
中身は両方ともMUSASHIのREPLENISH、更にShotzのエナジージェルを4袋溶かして入れる。
これは9月の富士チャレでテスト済み。集団の高速走行ではリスク回避の為に
片手ハンドルで補給を取るのはなるべく短時間で済ませたい。

背中のポケットには補給食として
Shotzのエナジージェルを5袋、MeitannのCCを4袋。
ミニ羊羹を4個。補給とは別にMeitanの2RUNを2袋。そしてTOPSPEEDを5袋。
実際レース後、羊羹もMeitanCCも余ったしハンガーノックにはならなかったのでこれで正解だった。
ただし脚攣り対策に2Runをもっと持っていけばよかったと後で後悔する。



後から起きてきたJunkoに
絶対完走するから14:00にはゴールで待っててと伝え、景気づけにハイタッチして
6;30に宿を後にする。


要綱にはスタート30分前、7:17には会場集合とあるが
焦って並ぶ必要もないので宿から会場までの間をインナーで15分ばかりアップで走る。
自信の身体のチェック。不安のある足腰は幸いに痛みやへんな突っ張り感、緊張もない。
ケイデンス120でも脚はクルクルよく回る。
ギアの変速もスパスパ決まる。
体調、マテリアル共にまったく不安は無くなった。
7:00 ゆっくり会場へ向かう。


会場に到着し
集合場所へ行くと、もう既に大勢が並んでいた。
皆から自分と同じようにヒリヒリした緊張を感じる、ライバルといった敵意ではなく
後方に並ぶ様な我々は完走したい、その期待と不安な感じが痛いように伝わる。


隣に並んだ体格の良い方からどこから来たのか?と声をかけら世間話、
その彼は長崎からだそうだ。
パンフレットを見て参加者は関東の方多いとの事、
九州は意外とロードは少ないんですよと教えてもらう。


また直前にフリーダムのユニフォームを着た若い方が一名。
こちらは自分と同じ緊張感がヒシヒシ伝わるので、「がんばりましょう」と声を掛ける。



50㎞部門の各クラスが定刻通りのスタート。
我々は徐々にスタート地点へゆっくり移動してしていく。
車道に出ると先頭ははるか前方、何メートル先なんだろうか?

自分は最後尾から2,3列目。レーン左端に。
そうこうすると内房レーシングの細矢さんと根本さんをレーン右端に発見。
昨年、内房レーシングの練習会に参加させて頂いた事があり
面識があったのでご挨拶に行く。二人とも自分の事を覚えていてくれた。
やはり知り合いがいるのは心強い、細矢さんと話も弾み、緊張も和ぐ。

大勢の中、知り合いも無く、たった独りで黙っていると更に緊張してしまう。
細矢さんと話が出来、和んだ事でリラックスが出来て助かった。
本当にありがたかった。



待っている間に前方で突然威勢のいい破裂音!なんとパンクする方が一名。
ここでパンク?クリンチャー?周りが同情していると
大会サポートのGOKISOの方が直ぐ現れ何とホイールを交換している。
GOKISOなら自分もパンクしようかな~と周りで冗談も飛ぶ。
次第に空も明るくなり気温も上がってきた、やはり今日は暑くなりそうだ。



スタート5分前のアナウンスがあるも
昨年優勝の高岡選手をはじめシード選手数名がスタート地点に居ないらしい。
呼び出しがかっかた直後、コースの右端いた自分らの横を高岡選手らが通りすぎる。
改めてシード選手は皆、体格も良く、日焼けし、絞れた身体が一目瞭然。


スタート1分前のアナウンス。
細矢さんとお互い頑張りましょうと健闘を誓い、握手をする。
右足のペダルにクリートをはめる。


目前に何百人もの選手たちの背中が見える。
この半分しか返ってこれないのか・・・。

絶対なにがあってもゴールする。
ここへ帰ってくる。
自分は帰ってくる。


10秒前のアナウンスがされ
カウントダウンの後
号砲がなる。


さあスタートだ。








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7時起床
熟睡出来たのか、目覚ましよりも早く起きてしまう。
せっかくだからと目前にある海岸へJunkoと散歩。

去年と違い、今年は時間に余裕があるのでのんびり過す時間があるのがうれしい。
朝焼けの海岸は美しく、この景色を観れただけでも二人で来れてよかった。
それが本当に嬉しかった。


宿に戻り、いつもと変わらぬ朝食。林檎とコーヒー。
そう普段から自分はこれしか取らない。もう2年前から変わっていない。
もちろんレースなどの日は別で、しっかり取る。


Junkoが美ら海水族館へ行きたいというのでコース下見を兼ねてドライブ。
本部半島を一周する210㎞のコース前半、途中にあるのでちょうどいい。
水族館でJunkoを下し、3時間後ぐらいに戻ると約束をする。
自分は普久川ダムの試走がしたいので140㎞スタート地点の奥間、
道の駅ゆいゆい国頭へ向かう。



ドライブしながら、この本部半島一周がとんでもないコースである事に驚愕する。
事前のイメージでは、コースプロフィール的には大した標高差もなく
フラットな海岸線を走るコースかと勝手に思っていた。
がしかし物凄くトリッキーだ。
3車線が2車線になり突然1車線になったりする。
急カーブ、また橋もあり、車線分離のポールがあったり
今帰仁辺りはさらに細かいアップダウンが続く。

ここを400人近い大集団が走るのか?
トップ選手にとってはプロトンの移動区間でサイクリングかもしれないが
はるか後方を行く自分のような完走目標の選手たちにとっては
登りや車線減少のブレーキ渋滞、インタバール大会は必至、だからこそ落車の危険性も増え、
北上する海岸線に出るまでの、この50㎞程がある意味本当のサバイバルになるかもしれないと予感した。



1時間程で道の駅ゆいゆい国頭へ。
バイクを下して与那まで海岸線をゆっくりサイクリング。
それから普久川ダム、標高差330m、距離にして7㎞程のヒルクライム。
昨年、市民140㎞に出場したが、スタートして直ぐの普久川ダムの登りは早々に千切れてしまい悲惨な思い出しかない。
今年はコースをきちんと覚えたいのが一番、また今の自分がどれだけこの登りを克服できるのか事前に感じ取りたかった。

明日の本番にダメージを残したくないので、インナー縛りでひたすらクルクル。
走った感じ、脚も身体の調子は悪くない。所々斜面変化で斜度がきつくなる場所
があるがダンシングでやり過ごす。
のんびり景色を楽しみながら、あっという間にピークへついてしまった。
そのままダムまで下りの試走、去年ビビったのでしっかりラインの確認をする。
もう今年は大丈夫!
それから給水所の坂を通り過ぎ、突き当りのT字路まで行って折り返した。



道の駅到着時間が昼ごろだったせいかコースを試走する人も少なく
もちろん車なども通らない。静寂の中、独りで今の自分の調子を確かめながらゆっくり走る事ができた。
コースの斜度やカーブのR、路面の凹凸具合、サーフェース、手や脚、ハンドルとサドルから伝わる振動、
タイヤのロードノイズ。タイヤのよれやエアの凹む感じ。ヘルメット越しに聞こえる風切り音。
自分の五感がありったけ研ぎ澄まされていく。

いいね、いいね。

ここ数年感じとることができなかった、あの感じが戻ってきてる。

明日、いけるかも。

根拠のない、感覚だけの自信だが第六感がそういっている。
普段から一人で走る事が多いので、こういった時間はとても大切だった。


コースを逆走、下りを制限スピードでダウンヒル(笑)
海岸線に出てすぐセルフタイマーに苦労しているバイカー2名を発見。
撮りましょうか~とこちらから声をかけ記念撮影のお手伝いをして
海岸線を道の駅へ戻る。
ここで初めてアウターに掛けたギアを踏む。
軽々40㎞/h台をキープ。
やはり気候も良く、気温も暖かいと身体の調子は上がるようだ。
その後、何回か下ハンを握ってダッシュして試走終了。


道の駅に戻り急いでバイクを車に積み、美ら海水族館へ戻る。
約束より少し遅れて到着。
Junkoをピックアップして
受付とビブナンバーなどを取りに名護の大会会場へ。
昨年を思い出す。
去年は暑かったし、日中の日差しにやられて軽い熱中症になったが
今年は去年よりだいぶ涼しい。また夕方なので日差しも柔らかい。

参加賞やパンフレットを受け取り
早々に宿に戻ってナンバープレートを付けたり、バイクの最終チェックと整備。
明日の補給食のチェックをしてから夕食。
20時にはベッドに横になる。



がしかし浅い睡眠の繰り返しで中々寝られない。
試走の際はいけるかな?って自信があったけど
目を閉じるとネガティブなイメージしか湧いてこない。
完走できないかもしれないと。

そう自分の目標は今更ながら完走。
レースといっても真の勝負に関わるような事は絶対ない。
トップ達は別世界の人たち。
自分はプロトンの後ろをチョロチョロして
最高でも完走、できればトップから45分差ぐらい
例年トップが5時間半ぐらいだから6時間15分切れれば良い、
最低、関門ギリギリでも完走したい。

でも関門に引っかかたらどうしよう。
本部半島のコースのイメージが良くなかったせいだろう
落車に巻き込まれるかもしれない。
レース終盤ではなくコース前半で足きりになるかもしれない。
完走できないのでは?
心がざわつく。


ツール・ド・おきなわ 市民210㎞。
例年完走率は50%前後、出走の半分ぐらいしかゴール出来ない。
ホビーレーサーの甲子園と呼ばれ、ロードレースを志す者なら誰もが憧れる最高峰の舞台。
210kmという長距離を走れる場所は、ここおきなわ以外なかなか無い。
昨今、プロや全日本選手権ですらその距離は無いに等しい。
だからこそ何時かは挑戦したいと皆憧れるのだ。

ただ憧れだけで出られるレースではない。
それが分かっているから
ここに来るまでの一年間、すべての休日をこのツール・ド・おきなわに照準をあわせてトレーニングにしてきた。
休んだのは雨の日だけ、いや雨でもローラー、雨の中を走る日もあった。
完走できなければ、それが全て無駄に、努力が水の泡に?
いや自分だけが特別なのではなく
参加選手は皆、ホビーレーサだから仕事をもった普通のサラーリマンがほとんどだ。
誰もがこのおきなわのために平日、週末を問わずトレーニンしてきている。
その情熱や思い、行動は凄まじいものがある。


今更ながらそんな物凄いレース。
自分は無謀な挑戦をしてしまったのではないのか?
絶対完走したい、だが絶対完走できる自信も100%はない。
そんな気持ちでスタートラインに立つ資格はあるのだろうか?
寝ようと思えば思うほど、色々な考えが交錯して頭が冴えてしまう。


まあいい、身体さえ横になれば、身体は間違いなく休めるのだからと
自分を慰め、納得させる。




時計をみたら、もう2時だった・・・。












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11月11日 金曜日

4時半起床
早朝出発、5:40発のリムジンバスで羽田空港へ。
車を所有していない為、移動はいつもリムジンバスを利用している。
家の近く、歩いて800m程の所にバス停があるので普段はとても便利。
しかし自転車・大きい輪行バッグを持っての移動となると一苦労。
それも今朝は横殴りの冷たい雨。傘などさせないからずぶ濡れになってしまう。

冷えた身体のままバスで羽田空港へ、8:40発のANA便で那覇へフライト。
狭い飛行機の座席で足腰が固まり、左脚は痺れさらに腰痛発生。
不安を抱えたまま空路沖縄入り。

到着すれば現地は暖かいので筋肉も緩むから少しは良くなるかな?と
期待をするも那覇到着後も足腰の違和感は収まらず。
また現地の気温も去年程は暑くない。空気も乾燥していて日陰は涼しいぐらい。
昼過ぎにレンタカーを借り名護へ向かう。

車を手放してから8年ぐらい経つので久しぶりの運転にかなり緊張。
また車がトヨタのアクアという車種でハイブリットカー。
エンジン始動もわからずでレンタカー店のお姉さんに始動方法をあれこれ教えてもらう。
恥ずかしいけどキーの無いキー?って初めてなんだもん。
だってイグニッション・キーを刺して回して、エンジン始動が身体に染み付いてる
からね。

なんだかんだいっても何十年も運転してたし、
仕事で毎日都内を走り回って頃もあるから、走り出してしまえば問題なし

今回の沖縄はJunkoと一緒、久しぶりの夫婦での旅行だし、久しぶりのドライブ。
一緒にドライブなんて最後は何時だっけ?なんて話しながら
高速SAで遅い昼食をとった後、名護市内の宿へ。

ここは去年、水海さんが手配してくれてGIROのメンバーと一緒に泊まった場所。
ホテルもいいけど旅行すると、いつも食事にいろいろと気苦労するので
キッチン付のコンドミニアムはとても便利。


到着後、直ぐにバイクを組立し近所へ走りに行く。
バリバリに固まった足腰もバイクを漕げば少しは良くなるだろうと
アウターに入れず、インナーでひたすらクルクルと30分。
腰に張りはあるけど脚は意外なぐらい軽く回る、そんなに調子は悪くないのかも
と一安心。

宿に戻る最中に水海さんご夫妻と出会い、ご挨拶。
同じ宿に泊まっている水海さんは水曜日から沖縄入りしているとの事。
羨ましいな~!自分も今度来るときはもっと長く滞在しよう!

水海さんとお別れした後、
名護のイオンへJunkoと買出しに。
旅行すると必ず地元のスーパーへ行くようにしてます。そこにしかない食材いっぱ
いあるし見てるだけでも楽しい。

食材買って宿に戻り、料理して早めの夕食。
その後お風呂にゆっくり入って軽いストレッチしたら物凄い睡魔に・・・。
二人とも朝早かったし移動の疲れ、自分は何より久しぶりの運転で疲れたせいか
8時には倒れるように寝てしまった。



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