冷吟閑酔

みんな忘れてしまったんだろう?

危険な散歩

2006年09月30日 | 物語り
「よし!こっちこっち!」

瓦礫の山 崩れた城壁 壊れた商店街 潰れた果物 汚れた地面

「おっとォ、矢が!あは、お前さんの風の精霊のご加護かな?」

駆け足 駆け足 早く早く 忍び足に勇み足 ひょいと飛び越せ地面の起伏

「見てみ!あの旗があがってる城の窓、あそこから眺める地平線ったらねぇぜぇ」

指さす窓に目をやると途端にそこが爆発
降り注ぐレンガから笑いながら脱出

「城見物はこれで終わり!悪いが城にゃあ面白いモンなんて1っつもねぇ」

ぐいと腕を引っ張って駆け出す そうとも城には何もない
避難民であふれ返る城下町を走ろう

「おっちゃん、これツケ!」

すれ違うように避難中の屋台からトマトを失敬
もちろん真っ赤に熟れたのを二つ
背中にどなる中年の声
”お前もおっちゃんだろうが!”

「早くしないとまたばらばらだからね」

あっこが安い密造酒を出してくれる居酒屋
通りの向こうにある宝石屋サンはいつも眺めてばかりで
そこにある橋の下のラクガキがすごく綺麗
いつもはあの広場にジュースを売ってる人がいるんだ
ここの花屋は今締まってるけど小さくてきれいな花が売ってる
夕方になるとあそこの城壁のスキマから光が差し込んで綺麗なんだけどもう壊れちった
そっちの空家にはカエルのオバケがいるんだってさ
あそこの酒場の歌唄いのお嬢さんが美人で  とと なんでもない!

「おっと!頭を下げて」

城壁が崩れて落ちてくる
けどなんだか死ぬなんてちっとも思えない
落ちてくる砂粒をはらってまた駆け出そう

「せわしなくてごめんね」
「けれどもあまりじっくり紹介もしたくないんだ」
「そうすれば、また見てみたくなって、ココに帰ってこようかなとも思うだろ?」

ご近所さんだけどこの城の敷地内は今日しか案内できない
散歩なんて可愛らしいもんじゃないし
散策なんてもってのほか
でも いつかまた来てくれるよね

気づいたら擦り傷と切り傷だらけ
でもほら 大きい怪我はないだろ

「じゃあ築城部隊に合流すっか」

ルドラムの城壁の塗り方にはコツがあっ



あっはっは まいった 囲まれた
ここはおとなしく手を上げて
奴らの言うこと聞いとけばナァニ 死にゃあしないさ

「おい!彼女に気安く触れるなよ」

言ってみたかっただけ そんでこう言う

「触ったら俺がタダじゃおかねぇ」

勿論本気さ ハッタリなもんか
約束したからね 守るって
まさに今守れてないけど

あぁ ほらみたことか お前らの勝ちだよ
獣みたいな勝ち鬨が聞こえる さっさと離し…

……あれれ 
勝っちゃったのか

「勝ったみたいだね」

勝つと知っていれば もっといいところ案内したのに

「またね、デュー、また。また」
「またいつか、遊びに来てね」

自軍の勝利は嬉しいけど ちょっぴり悲しい

図書館にて

2006年06月29日 | 物語り
彼はたいてい、暇があれば女性と遊びに行き、そうでなくば友人と酒を飲み、またそうでない場合は部屋で眠りこけ、眠気に誘われない場合は図書館で本を読みあさっていた。

その図書館は町の中央ほどにあり、あまり大きくはない。
ミリ単位のズレも許されないといったふうに並べられた長机と対称的に、椅子がばらんばらんに並べられているのが私は気に入らなかった。
彼の座る場所は特には決まってはいなかったが、入館してすぐに見渡せるその長机とばらばらの椅子の中に、何も苦労せず見つけることができた。
紅い髪のせいもあるが、本当の目印はそれではない。
座った彼の背丈よりも高く大量に平積みにされた本たちである。

その本の選びには節操がない。
よくある物語や誰かしらの伝記であったり、何かの辞典、料理本であったり、はじめての縫い物だとか、スポーツの手順書、絵本、性的欲求を満たすための本(…は彼の持ち込みである)、新聞のバックナンバー、話題作、駄作、というふうに、その選びには何の共通点も探し出すことができない。
しいて言うなれば、紙に文字がタイプされているということぐらいだろうか。

彼はまず、入館してすぐに目につく「新刊」のコーナーを物色する。
それからじゅんぐりに各ジャンルの本棚をめぐり、終わるころには大量の本を抱えて、適当な席につく。
それなので、ジャンルや何やらがばらばらでも、毎回積まれる順番は一緒だった。

本の選出方法は、いいかげんである。
彼には、好みの作者やジャンル、出版社があるわけではない。
うろうろと目を動かし、目にとまったタイトルや装飾に魅せられてその本を手にとる。
内容を確かめることもせず、どさり、と重なった本の上に載せるころにはその本の存在をすっかりと忘れてしまい、また次の本を探し始める。
そんなものだから、何度も同じ本を選んでしまうことがあると笑っていた。

さて、そんな適当な方法で選びぬかれた本たちは、やっぱり適当に読まれていく。
いや、読まれていない。
私はあれを――…見ている、と表現すべきだと思う。
彼はタイトルや作者を気にしない。
まず、本を開く。
冒頭の文章を、それはそれはじっくりと見始める。
文章を見る。また次の文章を見る。
それは、まるで何かの動きを追うかのように、見ていく。
そして彼は気に入った文章や単語の並びを見つけると、何度もそれを見返す。
時には小さく声に出して繰り返す。
そして満足すると、次に気に入るであろう文字の羅列を探していくのだ。
彼は、本を本として読むことができない。
まるで、探し物をするかのように、文字の一つ一つを愛撫しながら、自分の求めているものをただひらすら探す。
タイトルはおろか、内容すら覚えない。

「まるで、自分の書いた文章を無くしてしまったようだ」
「なるほど!そりゃあお前さんらしい、素敵な予想だね。勿論ハズレだけど」

私は、彼のそんなふざけた物言いが嫌いであったし、好ましくもあった。

レイニー

2006年04月28日 | 物語り
「よう、元気そうで何よりだよ。見舞いに来たのか?どのツラ下げて来やがったんだ?お前はほんとに気ままだよな、なんだよ雨が降ったぐらいでよ?どうして来なかったんだよ。彼女、ずっと待ってたんだぜ?何時間、あのどしゃぶりの中に居たと思うんだ?え、おい。聞いてんのか?お前のせいで寝込んでるんだ。苦しそうに唸ってる。顔は真っ青で熱も109度ある。見舞いに来たんだったか、ホマレ?生憎だが、彼女に会わせるわけにはいかないね。彼女は俺がついてればこと足りる。お前の看病とか見舞いとかはちっとも必要ないんだよ。帰れよ!俺はお前の顔なんて、これっぽっちも見たくないんだ。雨が嫌いだかなんだか知らないがな、彼女は本気でお前に惚れてんだよ!雨ごときで来ないなんてよ、お前は本気じゃないんだろ?楽しいか?女をもてあそんで楽しいか?はっきり言おう、俺はお前が大嫌いだ。しかし感謝するよ、彼女にこんな酷い仕打をしてくれて有難うってね!彼女につけいる機会を下さってどうも有難う、ホマレ。わかったらさっさと出ていきやがれ!二度とそのツラ見せるな!」

手をひく

2006年03月13日 | 物語り
「さぁ、行こう」

 彼はそう言うと、いとも簡単に自分にとって貴方の手とは反対側の手で、そっと、けれども力強く貴方の細い指先を掴んで引っ張りました。
 貴方はわずかばかり前のめりになりながらも、手から逃れようと抗うでもなく、手を引かれるまま夜の散歩に行きました。

 空を見上げると、満天の星空です。
 春に向けて伸び始めた雑草達を踏み、さくさくと足音と一緒に進んでいきます。どこまで行っても、夜空は綺麗に瞬いています。

「あ、流れ星」

 彼の低いけれどもよく通る声が零れました。貴方は三つのまぶたをしぱしぱとさせて夜空を見上げますが、もうそこにはほうき星ひとつ見当たりません。
 なぁに、また見れるさ、と彼がのんびりと笑います。

「お前が帰る場所にも、空はあるだろう?」

 彼の咥えたお香から、煙がぷかぷかと浮かびます。さぁ、まだ歩くぞ、とまた彼が言って、前に向き直ります。そのとき、お香に灯った赤いぬくもりがあとを残して、まるで流れ星のように見えました。

 まだ歩くと言っても、その旅はすぐに終わりました。

 獣村の小高い丘です。
 そこからは、獣村が一望できるだけでなく、ナビア城の寂しげな明かりも見えました。
 そして、そこからは夜空がとても近くにあるように感じることができました。つい手を伸ばしたくなるほどの、綺麗な明かり達に、飲み込まれてしまいそうな気分です。

「…こないだの戦争では、お疲れ様。怪我は良くなったのかな」

「俺ぁ大丈夫だよ。うん、ルドラムには帰れてはいないけど… 俺もお前と一緒で、しばらく隠居するんだ」

「なぁ、向こうに行っても俺らのこと、俺のこと、忘れないでいてくれよ。そこまでお前が愚図だとはおもっちゃあいないが」

 彼が話しかけてくる言葉に、貴方は貴方らしい貴方の言葉を返しました。その答えのどれもに、彼は笑いかけました。

「さ、夜食といこうか」

 俺が握ったんだ、と言って、彼が最初から持っていた包みを開けると、お寿司が出てきました。いつかの約束を覚えていてくれたのなら、貴方はきっと喜んでくれたでしょう。それらはとても綺麗に握られていて、まるで本当の職人さんが作ったかのようでした。
 嘘だ、買ったんだ、とすぐに彼は言って、わはは、と笑いました。貴方は多分、つられて笑ったことと思います。

 そして、獣村とナビア城と夜空と中途半端な月に囲まれて、時間が経っていきます。
 朝焼けを見よう、と彼は言いましたが、寒さにやられて彼が震えるのを見かねて、僅か数時間でお開きにしよう、と貴方は持ちかけました。
 彼も素直に首を縦に振りました。

橙の君へ

2006年03月06日 | 物語り
 もう忘れちまったかな。絵本を読んでやるという約束をしたよね。
 

 たぶん、俺が子供のころに聞いた話なんだけど、そのせいもあって、きっとあやふやになっちまってるだろうとは思うよ、この話は。そんでもかまぁねぇなら、約束どおり話してやろうじゃあねぇか。

 昔々、カエルの王子様がいたんだ。きったないツラした、青黒くてぬめぬめしたイボだらけのカエルがね。
その王子様はあろうことか、人間の女の子に恋をしちゃうんだな。その女の子はとってもきれいで可愛いんだ。…そう、なぁみたいにね!

その女の子は、カエルの王子様をみて、一目ぼれしちゃうんだ。なんて可愛いカエルさんなんだろう!ってね。
カエルは女の子に告白をしたいんだけど、自分に自信がないからずっとできないんだな。彼女は彼女でカエルと人間じゃ不釣合いだと思っちゃってるんだ。つまり、お互い遠慮してしまってたってわけだね。
そこで、二人をじれったげに見ていた魔法使いのばあさんが、ひと肌脱ぐのさ。
カエルの王子様を、人間の王子様にしちゃうんだよ!

そこで、カエルは自信満々になって、女の子のところへ告白しに行くの。
女の子はおどろいてしまって、どうしよう、どうしようっておろおろするんだ。
なんでかっていうと、女の子はカエルの姿の王子様のほうが好きだったんだよ。
そこで、魔法使いが彼女にこう囁く。
「彼にキスをすれば、彼は元に戻るわ」って。
かくして彼女と彼は口付けをして、王子様はもとのいぼいぼぬめぬめしたカエルに戻っちゃうんだ。

それでも、二人は仲良く暮らしたんだ。
人になれたことでやっと思いを伝えられて、カエルに戻ったことで願いを成就させたんだよ。


どう?面白かったかぃ?

最低の男

2006年03月03日 | 物語り
俺が奴に会ったのは、戦場だったな。

早い話、俺らは奴のいる敵国と対峙していて、さらに早い話だが、惨敗した。

奴は容赦なく、俺たちをなぎ倒して、まぁ、俺ぁ長い話が嫌いだからぶっとばすけどな、ぼこぼこにされたんだよ。
奴だけじゃないよ、そりゃ。もっと残虐な奴も沢山いた。
ただ、赤い髪と薄着とでかい体のくせに武器を持たないのとで、やたら目立ってたってだけだ。
働きとしちゃ、悪くないがそんなに役には立ってなかったと思うけどな。
とにかく俺らは負けた。

で、相手が勝ちました、と。

したら、残党兵なんかをやたら手厚く介抱するんだよな、あいつ。
俺は最初、なんていい奴なんだろうなぁと思ったわけ。
しかしさ、笑顔で話す俺らの前でさ、俺らの同朋の死体をさ。

普通にこう… 足で、ものみたいにどかすんだよ。


最低だろ?

あんな奴と一緒にいる奴の気分がわからねぇな。
もし自分が死んで、自分の体を粗末に扱われると思うと。

あいつは、自分を記憶しない物には興味が無いんだよ。

湿った便箋

2006年01月16日 | 物語り
久し振りですね お元気ですか

私は2人の子供と5人の孫に囲まれて暮らしています
当てつけなんかじゃないの
夫を亡くしたばかりだし

ルドラムにいると聞きました
私は今 月光で静かに隠居しています
今はナイトメアと交戦中のようですね
そちらにちゃんと届くとよいのですが

今でも思い出すのだけど
貴方と過ごした数年間は本当に楽しかった
束縛しきれなかったのがとても悔しいけれど
夫にすら話してよく笑ってたのよ
そういえば彼は貴方のことを知っていたわ
貴方は夫を知らないと言っていたけど
有名人だったものね なんて

手紙の本題なんて無いようなものだけど
貴方には最愛の人はまだ出来ていないの?

30人ばかりの子供が描かれた貴方の手製の絵葉書がまだ届かないものだから
忘れてるんじゃないかと催促よ
私だってもうそろそろ死ぬところなんだから
嘘でもいいから描いてよこして頂戴
そうすれば、私が悪かったんだと思えるじゃない
貴方を引き止めることができなかったのは、私のせいであったって思えるの
自分勝手だってわかってるわ

貴方に見覚えがない字でごめんなさい
長女に代筆してもらってるのよ
さっきからしきりに 貴方と私の関係を聞いてきているのよ
教えたりなんかしないわ

ねぇ、貴方
きっと大丈夫よ
私が幽霊になって見ていてあげるから

夫には内緒でね

老人の言葉

2006年01月08日 | 物語り
シュよ。

お前の髪が何故紅いか解るかね。
遠くからでもお前とわかるようにだよ。
山の神さまがお前にくだすったのだ。

遠くからでもお前とわかるようにしてくださったのは何故か解るかね。

お前はどんなに遠くにいても見つけてもらいなさい。
常に耳をすませておきなさい。
お前を見つけて助けを求める声を聞き洩らしてはならないよ。
折角の髪の意味が無くなる。

何でもできるようになりなさい。
今からその練習をした方がいい。


明日から、なんでもやる仕事をやるといい。
さしずめ、なんでも屋と名乗ればよい。
神さまはきっと見ておられる。

居候の部屋

2006年01月01日 | 物語り
部屋を片付け終わったころだ。
俺が階段を下りるには、どうしても識の部屋の前を通らなきゃならない。

ふと、”留守”の二文字。
相変わらずの癖の強い文字だった。

大掃除をサボってどこに行きやがった、と俺は頭の隅で思いつつ、その部屋を通り過ぎようとした。
すると、珍しいことに、扉が開いている。

お前、大体部屋の戸締りはしっかりしてるのに、と聞こえるはずもない言葉をさっきみたいに頭の中で投げかける。
そして、俺はノブの握って、しっかりとその扉を閉めてやった。


閉める瞬間だ。

ほんの数センチ、俺の手が入らないぐらいの隙間だ。
ドアの近くに――恐ろしいほど近くに、いや、近くというか、ドアに自分自身を宛がう様に、その隙間から私は水のように出ることができるのよ、とでも言いたげに――突然女性の顔があった。
俺よりか高い目線、隙間からのぞくのは目、吊り上げた左の唇、髪の毛、赤い赤いドレスと左腕、それからまた赤いドレス。

気がついたら、俺は廊下にさっきみたいに立ってて、識の部屋の扉は閉まっていた。

香の灰がぼろり、と落ちた。


もう一度、いつもするみたいに扉を開ける。
誰もいない。


参ったな、新築だってのに、もう何か憑いてきたのかね。
識に言ってやるべきかなァ。

開戦と皮肉

2005年12月17日 | 物語り
「どうして貴殿は戦地に赴かれないのですか?」

 若く醜いリザードマンの雄が彼に問う。

「あなたは力があるではありませんか。それに見合った地位もあるし…何故それを戦場でお役に立てないのです?皆仰っております。力を出し惜しみしているであるとか、変わり者であるとか、中には非国民であるとまで言う者も。…能ある鷹は爪を隠すと言いますが、隠してばかりでは餌も獲れず冬を越すこともできないかと思います」

 荷車に沢山のレンガを積み、重そうな素振りも見せずに彼はそれを引いて歩いていた。自分を慕う若き男の言葉に耳を貸しつつも、一言も返そうとはしない。

 場所は港の近くにある村々。
 悪魔達の島と翼騎兵達の総本山の前線に近い場所だ。地図上ではどこの国とも明記されていないが、しっかりと人は息づき、しっかりと戦火に巻き込まれている。

 がちゃん、と荷台を地面に下ろすと、そこは焼け爛れた民家だ。レンガ造りのその家の塀は砕かれ、家の壁は崩れ、内装がむき出しになっている。

 潮風に、彼が咥えている香が、ぼろりと灰を零す。

「…見合った地位?」

 彼は荷車からレンガを接着するための粉を、それが固まったであろう白い物質がこびりついた大きな容器に開けながら、一言だけ、その若い兵に返した。

「えぇ、貴方には騎士という立派な称号が」

 聞いているのかいないのか、彼は答える青年の言葉を待たず、ごそごそとポケットから何かを探り出し、彼のほうに投げた。浜からの塩気を含んだ風に、その紙切れが踊る。
 尻尾をぶるりと震わせて、青年はその紙をなんとか手に掴んだ。

「神官ンなったんでね」

 青年がその紙をくしゃくしゃと広げると、それは目の前でレンガを積む赤毛の中年の、役職変更の通達であった。