トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ペルシャ絨毯

2009-04-30 21:55:55 | 世相(外国)
 ペルシャ絨毯といえば一般に高価、庶民には手の出せない贅沢品というイメージがあり、事実それは間違いではないが、他の品々の追随を許さない質の高さを誇る。「ペルシャ絨毯大全」というサイトで、この絨毯の情報が紹介されており、ネット画像を見ただけでその素晴らしさが素人目にも分る。日本のデパートの物産展で最低でも十万円近くもする代物だが、この絨毯を織る職人に少女もいることは意外に知られていないだろう。

 民放番組「ここがヘンだよ日本人」で、各国のお国自慢で在日イラン人が我国の絨毯は世界一と、祖国の工芸品を誇らしげに宣伝していたことがある。それに対し、欧米人出席者から「児童労働で絨毯を織らせている」という批判があり、番組で映された作業場で絨毯を織っているのは殆どが十歳前後の少女ばかりだった。「何故、少女ばかりが絨毯を織っているのか」と追求され、イラン人は「女の子だと手が小さく器用だから」と答えていたが、困惑した表情は隠せなかった。欧米人以外にスリランカ人だったかアジアの若い女性からも、「絨毯は本当に美しい。でも悲し過ぎる…」と意見が出た。私もこの番組を見て初めて少女がペルシャ絨毯を織っていたことを知った。

 NHKだったか、何年も前の番組で絨毯を織っている中年のイラン女性が登場した。彼女の夫は酒飲みの道楽者(※イスラム国家のイランに実はアルコール依存症も存在する)で、妻に稼ぎを渡さないため、件の女性が絨毯を織って家計を支えていたのだ。既に子供も独立、結婚し、彼女は家で黙々と絨毯を織っている。夫に依存せず自活している…といえば立派だが、夫がマトモに働いていたのならば、妻は果たして絨毯を織っていたのだろうか?イランに髪結いならぬ絨毯織りの亭主という言葉があるのかは不明だが、妻が見事な絨毯を織るので夫が怠けるのか、夫がぐうたらだから妻が働き者になったのかは第三者には分らない。

「ここがヘンだよ」の映像にもあったように、多数の少女が働いているのは気にかかる。作業場は地下にあり、労働条件はどうなっているのか、少女達はちゃんと学校に行っているのか?金持ちはもちろん中産階級の娘なら、まず子供の頃から絨毯織りの作業はしないだろう。戦前の日本も下層階級の少女はろくに教育も受けられず、子守奉公をさせられたものだ、「おしん」がイランで人気を集めたことを思えば、絨毯を織っている少女達がイラン版女工哀史ではないことを願いたい。
 インドやパキスタンは絨毯を織る少年もいて、彼らも家計を助けるため労働に従事させられている。'83年にインド旅行をした妹尾河童氏の著書『河童が覗いたインド』(新潮文庫)に、スリナガル(ジャンムー・カシミール州の州都)のカーペット工場のイラストが載っており、52歳の職人の隣に9歳の少年が座って作業する様子が描かれている。妹尾氏の解説によればデリージャイプルでも子供が織っていたとか。「作業の手順を歌う様に唱えながら、のんびり織っていた」との表現もある。

 先日、ネパールブータンの布を主に紹介しているブログを見かけ、画像で目にしたネパールの布は実に美しかった。ネパールやブータンも最近は事情が変化、貨幣経済が入り昔ながらの伝統が廃れてきていると、ブログ管理人は嘆いている。これらの国々での布職人の労働現場は不明だが、イランやインド同様前近代的な職場環境なのは想像が付く。もしかすると、ネパールなども児童が労働させられているかもしれない。伝統ある高品質の工芸品が廃れるのは本当に惜しいが、時代は常に変化する。何時までも変わらないでほしいと願うのは身勝手極まる外国人のエゴであり、着物を着ていない日本人を見て落胆する欧米人観光客と同じ類である。

 中国の時代の青銅器はその質の高さで世界中のコレクターを魅了している。興味深いことに殷より後に作られた青銅器の質はかなり低下しているそうだ。国が滅亡し優れた職人が四散したのではなく、陳舜臣氏によれば、殷時代に青銅器を作っていたのは奴隷という。もちろん古代は奴隷労働が当り前だったが、質が悪い器を作れば奴隷達は生贄にされたと氏は書いていた。陳氏は歴史にロマンばかりを求めてはいけないと諭し、あの青銅器は奴隷の命をかけた作品だったという。それまではさすが古代から中国の工芸は質が高いと単純に感じていたが、このような背景があったとは驚かされた。

 案外、優れた工芸品を生み出すのは逆境もあるのかもしれない。とかく人間はいくらでも楽をしたがる生き物だし、恵まれた環境は創作意欲を萎えさせることもある。児童労働には複雑な事情があり、欧米人活動家の唱えるフェア・トレードが社会貢献に繋がるとは限らない。

よろしかったら、クリックお願いします
   にほんブログ村 歴史ブログへ

最新の画像もっと見る