トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ゾロアスター教の興亡 その①

2007-10-13 20:28:49 | 読書/中東史
 先月、『ゾロアスター教の興亡』(青木健(たかし)著、刀水書房)という本を読了した。著者の青木氏は昭和47(1972)年生れの若き学者であり、専攻はゾロアスター教と イラン・イスラム思想。ゾロアスター教に関心のある方なら題名だけでも惹き付けられる本だが、実に充実した内容で、期待した以上に満足させられた。厖大な 史料文献を徹底読破したのみならず、現地調査も踏まえ思考、推測、結論を下すのは、真の学者としてあるべき姿勢だろう。

 私がこれまで読 んだゾロアスター教関連本の著者は大半が欧米人であり、どうしてもキリスト教徒的見解があるのは当然だ。しかし、彼らとは視点が異なる日本人学者、青木氏 の学説は目からウロコの思いだった。西欧の学者は教祖ゾロアスターを預言者と呼んでいるが、これはセム族一神教、ユダヤ・キリスト教的概念であり、青木氏 はこの呼称に疑問を呈する。氏はその理由は以下の様に述べる。
ザラスシュトラ(アヴェスター語名、 ゾロアスターは英語名)が育った宗教的土壌はインド・イラン共通時代の多神教であり、彼はそこで祭祀の執行を職業とする神官の家系に生まれた。「唯一神か らメッセージを受け取って人類に宣布する預言者」というセム的一神教の概念をもっていたとは考えにくい。むしろ、古代インドの「リシ(聖仙)」に近い宗教観念をもっていたのではないだろうか

  青木氏は国際学会の席で、欧米(特にドイツ系)の研究者の一部がゾロアスター教研究に、「自らと同祖である高貴なアーリア民族の宗教研究」の意識で臨んで いる節を感じ取ったそうだ。彼ら欧米人学者たちは、しばしば「ザラスシュトラはアーリア民族が持った唯一の預言者であり、ゾロアスター教は世界最古の創唱 宗教である」と説く。私が以前読んだ西欧人著者のゾロアスター教本でも、世界最古の一神教と紹介されており、これはおかしいと感じていた。最高神アフラ・マズダーの他に諸神がいるゾロアスター教は、文字通り神は唯一の一神教とは言えないはず。

 青木氏は欧米人学者の心理を、「アーリア民族にも預言者があって然るべき」というセム民族に対するコンプレックスが影響していると見る。そのため、氏は教祖を「預言者」と呼ばず、「神官」 で執筆している。非アーリア、非セム族の日本人だからこそ、出来たこの見解は素晴らしい。日本人学者にはとかく欧米人学者の説を有り難がって、疑いもせず 鵜呑みにする者も珍しくないが、権威とされる西欧人学者の説への異論反論も辞さない青木氏のようなタイプは、案外少ないかもしれない。西欧とは違ったアプ ローチでゾロアスター教を研究するヒンドゥーの学者でさえも、教祖ゾロアスターを預言者と呼ぶ始末だ。青木氏のような学者が日本にも出てきたのは頼もし い。

 ゾロアスター教は一神教でなくとも、教祖がいる宗教としては世界最古の宗教であるのは間違いない。さすがの青木氏もゾロアスターが いつの時代の人物か、発祥の地はどこか特定は出来なかったが、在世年代を最も早くて紀元前600年頃と見る学者もいた(現代は殆ど支持されていない)。少 なくとも紀元前千年くらいの人物らしく、それだけでも気の遠くなる話だ。発祥の地も諸説あるが、イラン東部が有力のようだ。青木氏は教祖ゾロアスターは東 イラン文化圏のどこか(多分、ホラムズ-現代のウズベキスタン北西地域)で開教し、原始ゾロアスター教教団は同地で活動したと見る。そして、紀元前 500~紀元前100年の時点で、この教団が西進を開始し、現在のペルシア州まで到達したという。

 興味深いのは東部イランより、古代オ リエント文明中枢のメソポタミアに隣接するペルシア州の方が遥かに文明的に高く、さらに気候的な条件さえ異なるにも係らず、ゾロアスター教教団が普及でき たことである。不利な諸条件を克服し、遥々と西進してきたところに、青木氏は原始ゾロアスター教教団の生命力の強さを見る。その原因は不明としていたが、 キリスト教もローマの辺境から生まれた宗教だ。昔、図書館にあったギボンの『ローマ帝国衰亡史』に一部目を通した時、エジプトのようなローマ東方領のインテリにキリスト教は評判が悪かったと書かれていたのを思い出す。知識人たちはもの言う蛇が登場するおとぎ話の類と信用しなかったらしいが、これは現代日本のインテリも同じだろう。

 この本の副題に「サーサーン朝ペルシアからムガル帝国へ」とあるように、ゾロアスター教の歴史でも国教だったサーサーン朝と、この王朝が滅びた以降の宗教的遺産及びムガル帝国への影響を重点に書かれている。サーサーン朝の滅亡場面はやはり印象に残る。
その②に続く

◆関連記事:「ゾロアスター教」「イランのゾロアスター教徒

よろしかったら、クリックお願いします
   にほんブログ村 歴史ブログへ


最新の画像もっと見る