トーキング・マイノリティ

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『エロイカより愛をこめて』の創りかた その二

2013-05-17 21:11:03 | 漫画

その一の続き
『エロイカ~』の副主人公エーベルバッハ少佐はドイツ人だが、冷戦時代のドイツは東西両陣営の最前線だったため、作者は少佐をドイツ人に設定したそうだ。それに加え作者自身のへそ曲がり趣味があったそうで、その背景をこう書いている。

60~70年代のアメリカ製戦争映画の悪役は当然ながらドイツ軍。紋切り型の悪逆非道に描かれて、押しつけがましく正義を振りかざすアメリカ軍に、必ず敗北させられるドイツ人を応援したくなったのだ。一方的な作り方への義憤といえよう。
 同様に、アメリカ製海賊映画の悪役は必ずスペイン人。正義の味方面したヒーローにお約束のように倒される、ヒゲとちょうちんブルマーで記号化されたスペイン人総督が気の毒でならなかった。ならば私がスペインの味方をして、かっこよく描いてやろうではないか(このことを以前スペイン人の漫画家に話したら、大いに共鳴されました)…222頁

 この箇所はインド・中東オタクの私にも大いに共鳴させられた。今もさして変わらないが、特に70年代のマスコミでは欧米称賛一辺倒であり、何かにつけて欧米諸国の社会や文化を持ち上げ、日本を貶しつける識者や文化人に対する反発が私の東洋史への興味に繋がっている。ブログで何度も書いているが、中東史に関心を抱いたのは映画『アラビアのロレンス』を見たのがきっかけだった。
 だがロレンスやアラブではなく、紋切り型の悪逆非道に描かれていたトルコに関心を持ったのも、同じ敗戦国という感傷的な想いもあり、トルコを応援したくなったのだ。西欧史や中国史を書く歴女ブロガーならもっと人気も出ただろうに、中東に興味をもってしまった私のへそ曲がり趣味が不運だった。

 作者は歴史漫画も多く描いており、中世ドイツが舞台の『修道士ファルコ』は彼女のドイツ贔屓もあると思う。『エル・アルコン-鷹-』の主人公(※エーベルバッハ少佐の先祖でもある)はスペイン系だし、『アルカサル-王城-』も実在のカスティリア王を描いた歴史漫画。著者のへそ曲がり趣味の流れでこのような作品が生まれたのだが、それらを描くには丹念な資料集めと調査が不可欠である。作者はその作業を次のように述べている。

ヨーロッパ中世の修道院などの、日本では一般的ではない分野のアイデアは、学術書から得ることが多い。わざと難しく書いているのではなかろうかと、疑うような学者の文章を辛抱強く読んでいると、にわかに行間から閃きが走るような記述に当たる(226頁)。
ロマネスク愛好家の友人からもらった修道院のパンフレットや写真集、キリスト教の文化辞典、カトリックのミサ典礼書、中世の図版など思いつくままかき集め、調べるうちにまたアイデアが湧き、わくわくしながらもっともらしい話を組み立てていく(227頁)。

 作者が読みやすい歴史小説よりも難しい学術書を重視する理由も感銘を受けた。青池さんは優れた歴女でもあり、再び本から引用する。

西洋史では評伝や史伝は読むが、歴史小説はあまりアイデアの源にはならない。作品全体にその作家の価値観が投影されるため、共感できればよいが、少しでも違和感があると読むに堪えない。殊に自分が好きで詳しく調べた分野が、妙な脚色でとんでもないことになっていたら、書店でその小説を見かけるだけでストレス指数が上がる。
 やはり小説家が加工した歴史より、歯を食いしばっても学者が調べた事実を読む方が有益でアイデアも湧きやすい。自分の好きな世界を傷つけられて密かに涙する読者がいないように、誠実に、面白い漫画を捜索しようと思っている(227-228頁)。

 作者に資料を提供した人物には、何とビザンチン遺跡調査団団長・浅野和生教授までいたことが第6章に載っていた。浅野教授の研究チームの女学生に少女時代から『エロイカ』の愛読者がおり、作品に「サンタクロースの島(ゲミレル島)」が出てきたので、それを教授に大喜びで知らせたことがきっかけという。教授は資料のみならず作者の質問にも、解説付きの写真データをメールで送ってきたそうな。それが作品に大いに活かされたのは書くまでもない。
その三に続く

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