トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

地獄で責め苦にあう者 その①

2007-02-28 21:22:51 | 読書/中東史
 中世ペルシア語で書かれた『アルダー・ウィラーフの書』というものがある。全百一章からなるこの書はゾロアスター教の冥界旅行記であり、その地獄描写が詳細なので知られる。ダンテの「神曲」と類似もあることから、イタリアの詩人がラテン語訳を通じ、この書を知っていた可能性も議論された。この書の成立は9世紀と考えられている。どんな者が地獄行きとなり、彼らがどのような責め苦を受けているか、その世界は興味深いものがあるので、その内容を一部紹介したい。

19.蛇が肛門や口から出入りして苛まれる男色者の魂。
71.同性愛にふけり、しかも巧言により他人の妻を誘惑した男が、蛇や悪虫に責め苛まれ、その舌に釘を打ち込まれている


 ロックシンガーの故フレディ・マーキュリーがゲイだったことから、ゾロアスター教は同性愛に寛容な宗教と誤解される方もいるが、教義は同性愛を認めない。このような戒めがあるとは、逆に中世でもゲイやバイセクシャルがいたとなる。大いに善行もあるマーキュリーだから、地獄にいるとは思われないが。蛇というのは男性性器のシンボルである。

32.その身の至るところを有害動物に食いつかれながら、右足だけは無事な男がいる。彼は生前にあらゆる悪業をなしたにも関らず、右足で草を蹴って牛に与えたので、この足だけは助かっている。
48.生前、犬に食べ物をやらず苛めた者は、その身体を犬の姿の悪鬼に苛まれる。
75.耕作獣に口輪をつけ、食糧や水を充分やらずに酷使した者は、家畜に踏み付けられ、角で責められる。
77.家畜を酷使し、重い荷物を負わせ、傷付いても構わぬ者は、傷だらけで吊られ、その背に大石が降る。


 ゾロアスター教はヒンドゥー、仏教のように全ての生物への不殺生は説いておらず、徹底した善悪二元論をとるため、益獣と有害動物を選別する。後者を殺すのは功徳だが、益獣を大切にしない者は上記のような責め苦が待っている。それにしても、犬や家畜を苛めた者がその姿の悪鬼に苛まれるというのは面白い。TVで見た日本の仏画に、生前鶏を苛めた者が、地獄で火を噴く巨大な鶏に蹴爪で蹴飛ばされているものがあった。

37.火や水を粗末にしたり、それを汚した者は逆吊りにされて、全身を有毒生物に食われる。
38.火や水を死体で汚した者は、死体を食べさせられる。
41.公衆浴場に不浄物を持ち込んだ者は、糞と死体を食べさせられて、悪鬼に打たれる。
58.不潔な身体を何度も水で洗って、水の守護天使を苦しめた者が、地獄に引きずられて責められている。
72.月経の忌みを守らず、火、水、大地等を汚した女は、その不浄物を食べさせられる。


 別名拝火教と言われるほど、ゾロアスター教は火を神聖視するので、火を汚す行為は大罪だが、水や大地を汚すのも同様である。開発や産業革命で、水や大地、海を汚染し続けている人類は、遠くない将来どのような罰が下されるのだろうか。

36.背教者は、その身体を蛇に変えられる。
47.頭を丸め、ひげを剃り、黄色の(服を着た)邪教徒の身体は腐敗し、その上を蛇やサソリ、蛙などが這いまわる。


 ゾロアスター教に限らず背教者は地獄に落ちると説くのが宗教の基本姿勢だが、47の邪教は明らかに仏教を指している。余計なお世話だと言いたくなるが、イスラム以前は中央アジアでゾロアスター教の強力なライバルだったゆえ、布教活動に熱心な仏教を敵視したのは無理もない。仏教側もそのしっぺ返しなのか、地獄行きのリストに火の魔術を行う者を挙げているが、これはゾロアスター教の神官なのは言うまでもない。
その②に続く
■参考:「ゾロアスターの神秘思想」岡田明憲 著

よろしかったら、クリックお願いします


最新の画像もっと見る