トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

将軍アイク

2008-12-14 20:20:46 | 音楽、TV、観劇
 私は軍事にはまるで疎く、未だに巨大な鉄の塊である軍艦や飛行機が沈没や墜落しないこと自体、ミステリーと思う程なのだ。全くの軍事オンチゆえ、戦時資料を見てもまるで想像と理解が働かないが、それでも軍人を描いたドラマでよかった作品がある。1980年、NHKで3回シリーズで放送されたTV映画『将軍アイク/原題 Ike:The War Years(1979年作)』がそれ。邦題通り戦後、34代合衆国大統領となるドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワーの戦時のドラマ。アイクに扮したロバート・デュヴァルがはまり役だったし、オープニングで流れるテーマ曲もよかった。

 欧州方面の連合軍最高司令官に任命されたアイゼンハワーが主人公なのだから、当然戦闘シーンはあったはずなのに、軍事オンチゆえこれはさっぱり憶えていない。このドラマで面白かったのはアイクの私的運転手兼秘書官であるイギリス女性ケイ・サマーズビーとの恋愛関係を軸に、私生活を描くことに重点が置かれていた。軍事に関心を持つ人はこれが鼻に付いたと思われるが、軍服姿のケイは実にカッコよいキャラクターだった。勝気で上司でも物怖じせず物事を言うケイはイギリス女より、アメリカン・ウーマンに見えるが、演じたのがアメリカの女優だから当然かも。アイクが側にいるにも係らず、戦地に向かう恋人に向かい、「貴方は力もないのだから、最前線ではなく後方にいなさい」と注意するケイ。これが日本ならまず考えられないが、ドラマの脚色もあるのか。

 日本の戦争ドラマ同様、アメリカのTV映画もかなり脚色があるのは確実であり、番組をそのまま真実と思うのは危うい。ただ、このドラマからアメリカ人が理想とする司令官像が浮かび上がってくる。主人公のアイゼンハワーは生粋の叩き上げであり(これは事実)、アイクの愛称で呼ばれていたように何とも愛嬌を感じさせる人物。3回目の冒頭だったと思うが、若い兵士たちが彼を取り囲み、アイク、アイク…と叫んでいたシーンは忘れられない。その兵士たちに気軽に声をかけるアイク。戦死する可能性もある戦場に向かうこと自体、平時に生まれ育った私の想像を絶するが、この人のためなら…と思わせる人物が確実にいるのだ。

 劇中、当然チャーチルルーズベルトも登場する。風呂に入ろうとパンツ一丁姿の前者が映るのは笑えるが、アイクとルーズベルトの電話会話は、日本人の私でも泣けた。大統領が重病なことを知り体調を気遣うアイクに、君ともあろう者がそんな噂話に惑わされるとは、それより戦地に専念しろ、と言うルーズベルト。本当は話すことも辛いのだが、殊更電話で元気さを装う彼。会話終了後、苦痛に顔を歪めベッドに横たわる大統領は指導者の責務ゆえにせよ、その重圧ははかり知れない。

 日本人にとって興味深いのはアイゼンハワーが日本への原爆投下に猛反対していたことだ。マッカーサー含め共和党支持者の米陸海軍の将軍たちは全員反対意見を出している。中でもアイゼンハワーは、「米国が世界で最初にそんなにも恐ろしく破壊的な新兵器を使用する国になるのを、私は見たくない」と何度も激しく抗議していたという。軍人といえば、民間人殲滅も辞さない強硬なタカ派のイメージが強いが、必ずしもそうではないらしい。むしろ軍事体験のない民間人の方がタカ派になりやすい、と聞いたことがある。
 また、軍人とは軍事一本槍で「軍人は国際政治が理解出来ない職業」と見る向きが日本の知識人に多い。だが、これも誤りである。戦争は単に軍事面以外にも活発な外交も必要不可欠であり、アイクは戦時中も見事な外交力を発揮している。もちろん彼は傑物でもあるが、優れた軍最高司令官は政治家として能力も要求されるのだ。軍事もまた国際政治の一環であり、国際政治や軍事が理解出来ない職業こそ、日本の知識人ではないか。

 大統領就任後、冷戦時代もありアイゼンハワーも持ち前の外交力を駆使する。もちろんきれい事では政治はやれない。私が舌を巻いたのはイランへの介入。昨年8月「モサッデク-アメリカに潰されたイラン首相」の記事を書いたが、この時の米国大統領こそ彼だった。覇権主義による内政干渉、独裁傀儡政権の樹立そのものだが、少なくともその後四半世紀に亘り、中東に親米政権を立てた力量はすごい。これで安価な石油供給が可能となり、日本も含め全世界がそれを受益した。在職中アイゼンハワーは世帯所得を20%増加させ、彼はそれを大変誇りとしていたという。国民を豊かにするのは指導者の求められる最低の条件のひとつである。

 現代はケネディに隠れてしまった観は否めないが、若くして暗殺されたこともあり、過大評価されすぎるのがケネディ。一方、大統領職への野心を隠さず、アイゼンハワーがかつて主任補佐武官を務めたこともあるマッカーサーが、ついに大統領になれなかったのは意味深いものがある。貴族的なマッカーサー(イギリス貴族からの移民の子孫でもある)に対し、庶民的なアイゼンハワーを米国民は支持したのかもしれない。

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4 コメント

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Unknown (のらくろ)
2008-12-14 22:51:47
>このドラマで面白かったのはアイクの私的運転手兼秘書官であるイギリス女性ケイ・サマーズビーとの恋愛関係を軸に、私生活を描くことに重点が置かれていた。軍事に関心を持つ人はこれが鼻に付いたと思われるが、軍服姿のケイは実にカッコよいキャラクターだった。

古い映画になりますが、70年代のBattle of Britain(邦題「空軍大戦略」)には、RAFの基地司令部に勤務する女性中尉が出てきます。当然ドイツ空軍の激しい空爆に曝され、部下(当時なので当然に女性兵士)が何人も負傷し、その後のシーンでは白ストッキングのとハイヒールの脛だけが見え、残りの部分はシートに覆われた何人もの女性兵士の遺体を見て呆然と立ちすくむ中尉殿。しかし同じ映画の中では、別の基地でパイロットとして勤務する夫との、オフを合わせてロンドンのホテルで束の間の「男と女の逢瀬」があったりと、「有事の既婚女性軍人」のなんたるかを少ないカットでよく描いている映画だと思いました。

>大統領が重病なことを知り体調を気遣うアイクに、君ともあろう者がそんな噂話に惑わされるとは、それより戦地に専念しろ、と言うルーズベルト。本当は話すことも辛いのだが、殊更電話で元気さを装う彼。会話終了後、苦痛に顔を歪めベッドに横たわる大統領は指導者の責務ゆえにせよ、その重圧ははかり知れない。

日本の場合、その最高指揮官たるべき人間が憲法的に「統帥権」の名のもとに不明確であったこと、226のような軍のクーデターを断罪できず、官僚たる軍人が政治に優越してしまったところに、「軍人」という名の軍務官僚「戦争は政治の延長にある」という原則を突き破って暴走し、終戦処理のタイミングを失し、いたずらに国民に犠牲を強いて、無残な敗戦を迎えてしまったことは、我々は銘記すべきです。来年早々にはアメリカにオバマ政権が立ち上がりますが、その国務長官はコーデル・ハルの悪質コピーともいうべきヒラリー・クリントン。「100年に一度の大恐慌」に突き進んでいる今、我々は1930年代に我が国で、世界で何が起こっていたのかよく吟味し、近未来への対応を熟慮しなければなりません。
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既婚女性軍人 (mugi)
2008-12-15 21:44:40
>のらくろさん

「空軍大戦略」は未見ですが、英国には女性将校がいたようですね。日本はともかく、ドイツでも「有事の既婚女性軍人」というのは考えにくいのではないでしょうか。ケイト・ブランシェット主演『シャーロット・グレイ』(01)も、ドイツ占領下フランスに潜入した女性工作員が主人公。少し前読んだ小説『アフガンの男』にも、英国は中東で女性工作員を積極的に活用しているとありましたが、さすが007のお国柄。これに対し、日本はスパイされる女が多いのではないでしょうか。

気になっていたのですが、日米共にマスコミで、大統領選ではオバマ候補の取り扱いが異様に大きかった。チェンジ連発で当選したようですね。あるブログでも、「何年間も大金をかけて、全米をかけめぐって、同じ話をしゃべりつづけた、有能な上院議員たちの時間の浪費」とアメリカ大統領選挙のことが皮肉たっぷりに書かれていました。民主主義の最大の欠点である衆愚政治の見本を見ているようです。
http://hkuri.iza.ne.jp/blog/entry/789211/
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非軍事ヲタ (Mars)
2008-12-16 21:03:10
こんばんは、mugiさん。

私は、度量の狭い人間ですので、ルーズベルトが重病になろうと、そして任期中に死亡したとしても、少しも同情する気持ちは全くありません。
(むしろ、彼の”功績”から思いますと、病で苦しんだものの、安楽な死を迎えられたことに対し、残念でなりません)

私も軍事ヲンチですので、詳しくは分かりませんが、敵・味方の生き死にを目前にしている軍人だからこそ、「一定のルール」の上で戦おうとするものです。
そして、そのルールを知らない者こそが、戦争を危うくするものです。

「軍人は国際政治が理解出来ない職業」と見るのは勝手ですが、そういう知識人に限って、国際政治はもとより、国内の政治も何も知らない者がほとんどですね。
(大きな戦の中ですら、文字通りの挙国一致体制ができなかった我が国。
色々な問題があっても、それを解決しようとはせず、相手を蹴落とす事しか考えていない、現在の政治を見ると、、、)

半世紀後は、私も、mugiさんもこの世の人ではないかもしれませんが。
半世紀後も、日本人通しで蹴落とす、日本があればよいのですが。
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非政治ヲタ (mugi)
2008-12-17 22:47:40
>こんばんは、Marsさん。

>>私は、度量の狭い人間ですので、ルーズベルトが重病になろうと、そして任期中に死亡したとしても、少しも同情する気持ちは全くありません。
>>むしろ、彼の”功績”から思いますと、病で苦しんだものの、安楽な死を迎えられたことに対し、残念でなりません

仰るとおりでした。どうも原爆投下したトルーマンに注目しますが、ルーズベルトが健康だったとしても同じことをしたはず。トルーマン共々、この男も十億回殺しても飽き足らぬ奴でした。反省(サルか…)。
ユダヤ人数学者ピーター・フランクル氏も、祖父母が収容所で殺害されたにも係らず、ナチの行進している映像を見ると、格好いいと感じると語っていました。ここに映像の魔力があります。

他国は不明ですが、日本の知識人は軍人イコール戦争狂で血を好む者たち、の思い込みに取り付かれているように思えます。戦争時の事実を詳細に検討すれば、必ずしもそうではないことが判るはずなのにそれもしない。「戦争は悪」の観念だけで、それ以上進めない。
のらくろさんも仰られたように、挙国一致体制ができなかったのは痛恨の極みです。英米の知識人はガートルード・ベルやルース・ベネディクトがいい例ですが女でも、敵の情報収集、分析に長けた者を出す。それに対し、日本の女学者は友好願望が先立つお嬢ちゃまですよ。

本当に半世紀後も日本が存続していることを切に願います。
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