農大現代視覚文化研究会

「げんしけん」の荻上と「もやしもん」のオリゼーを探求するブログ

げんしけん最終回の感想

2006年06月24日 07時29分12秒 | げんしけん
というわけで、ぼちぼち最終回の感想を書かないといけない。実はまだ書いてなかったんですねぇ。と言うのは、どうしても初代会長の存在理由がわからんかったんで、それがわかるまでは感想を書けなかったんです。んが、ようやく一応の結論が出たんで、感想を書いてみましょう。

まぁ8.5巻を作るとか言ってる以上、げんしけんのラストには不満が燻る一方のすっとこさんですが、理由をいくつか箇条書きにしてみましょう。ただしすっとこさんの感想なんで、反論はしないでプリーズ。

・笹原兄妹の決着が付いていない

元はと言えば兄をサル呼ばわりして、20万円借金伝説を作った恵子がノーフォロー。ラストで「お姉ちゃん」「オニイチャ~ン」呼ばわりしてる所から、着地には成功しているものの、スタート地点は明かされず。すっとこさんとしては8.5巻のプロット的な事があったんじゃーねーかと思っていたんだが(面倒を見ない親と、オタな兄)、結局はわからず。

・童貞は敗者か

幸いにもすっとこさんは魔法使いになれませんで、経験済みなんですが、笹荻みかん成立時にげんしけん本スレで、一部明らかに否定的意見が出た事があった。つまるところ、後期げんしけんのメインテーマである「オタクの恋愛(成立)」では、笹荻が成立した瞬間にみかんがおっぱじまってしまったわけである。それまでは童貞の笹に、読者の童貞も非童貞も感情移入して萌えころげていたわけだが、成立した瞬間に笹荻のみかんが始まってしまい、童貞の読者が置いてきぼりにされてしまったと考えられるのである。多分あの時点でみかん成立に文句を言っていたのは童貞です。んが、別に童貞が悪いと言っているのではなく、誰でも最初は童貞なわけで、童貞の読者をさっくり切り捨てた木尾の手法に不満があると、そー言っているわけなんですがいかがなもんでしょうか。

ちなみに童貞読者の期待を一身に集める羽目になった斑目さんはあの通りのヘタレなので、げんしけん最終回付近の本スレの寂れようは、そのへんも関係していると思われ。だいたい童貞処女に関しては、陽炎日記で手腕を見せた木尾士目なんだから、そのへん童貞読者に気を使えなかったものか。だから陽炎日記の続きが描けねー描けねー言っておるのか。今こそ陽炎日記の続きを書いて、クラカチットの街と一緒に単行本化汁。

・春日部さんとコーサカ

以上の不満に比べると微々たるもんだが、げんしけん初期のテーマであった、オタと一般人の恋愛について、結局うやむやのうちに終わってしまったような。一瞬咲コーサカがプチ破局しそうな流れになったのに、なんで生かさなかったんだか。これはまぁいいけど。

・その他

編プロ面接編は木尾の感想を述べただけかよとか、外人ズ使い捨てとか、白糸の滝のオギーはなんだったんだとか、笹荻キスしてねぇよとか、中島ほったらかし(実は最大の不満点)とか、春日部さんあんた盗撮嫌いじゃなかったんかとか、いろいろありすぎてもう

以下は納得した点

・笹荻マンセー

笹荻の最悪の結末を考えると、もちろん笹荻が別れる事だが、恵子に「お姉ちゃん」と呼ばせて結婚を示唆させている点はグッド。そして笹荻の成長っぷりと、荻上さんの最終回の可愛さと言ったら、失われた5ヶ月の間になにがあったのかを考えると、やっぱり5ヶ月ワープは認められねぇと、あれのおかげでげんしけんが神作品になれる機会を逸したのかと思うと、うがー!!(狂信者ってのはこーゆーのを言うんだろうか)

・その他

大野田中は別にいいや。カメラマンクッチーもまぁいいや。


んで問題の初代会長である。誰もいない部室に入ってきた会員が「会長――」と声をかけている事を、ネタバレスレで最初に指摘したのは当然すっとこさんなわけだが、あれで初代会長は超常の存在だとゆー事ははっきりした。ではなんなのか? もちろんそのものズバリが何なのかは、作中に書かれていないのでわからない。しかし、過去の木尾士目作品に近い存在がいた。「点の領域」の星子である。また我ながらとんでもない所から引っ張り出してきたもんだが、まずは「点の領域」の解説から入る。

さっくり結論から入ると、星子は圭太の妄想の産物と考えられる。とは言え、別に圭太の頭がおかしいとか、一緒に銭湯行ってんじゃねぇかとかツっこみ所は多々あるが、そのへんはフィクションってことでご容赦って所か。つまり大学4年生就職活動中公私の区別が付かない圭太くんは現在夜なわけで、だから「星」子が見えていると。妄想の産物である状況証拠は、いきなり隣に寝ているとか、どーやって鍵かけたんだろうとか、そのへんで提示されている。

んで「記しておかなければならない事実は避妊しなかった」って事は、要するに他人を嫁さん、つーか家族(わーい「五年生」)にしたってわけで、「ひとりでいるのが好き」とか「他人の欺瞞が許せない」とか、圭太の社会化していない面から開放されたと言うか、「他人も俺と同じ現実の世界に生きていた」事を理解したってー事になるのかなぁ。意味不明? んで、夜が明けたら、星は消えて、「眩しいな……」で終わるのが「点の領域」なわけだ。要するに圭太の成長物語を非常に分かりづらく描いているのが「点の領域」で、それを非常に分かりづらく説明しているのがこの文章であると、そう思ってくれたまい。あとは自分の経験を投影して読んでね。まだ社会化してない人は残念でした。あと、すっとこさんみたいに、本音と建前が使い分けられない人も残念無念。誰かわかりやすく書いてくれ。

という事で、初代会長は、とりあえず星子と同じ存在であるとしておこう。星子は圭太の妄想の産物だが、初代会長はどうだろうか。特定人物の妄想の産物では無い事は当然だが、んじゃあ「現視研というサークルが存在する事を望む人には見える」という感じでどうかなぁ。わけわかんないよね。となると春日部さんの存在が微妙だけど、対自治会の時の話に、大野さんが内心で「結局 現視研をたすける方向に来ちゃってますよ?」と『内心で思った』事を受けて登場したとか、放火騒ぎの時に屋上に現れた時に春日部さんが「そろそろ来る頃だと思ってましたよ会長」と言っているのも、なんとなくしっくり来るような。つまり、初代会長は、「現視研を存続させるための存在で、部員が充実しているば消えるけど、廃部の危機(人材減少とか事件とか)になると現れる存在」という解釈には無理が無いと思うんだけどどうよ。

問題なのはこのわけのわからん存在である初代会長を、何故木尾士目がげんしけんという作品に投入したのかっつー事よ。そりゃあ読者をケムに巻こうという木尾の趣味のセンが強いと睨んでいるすっとこさんだが、もしそうであるとするなら、その手においそれと乗ってたまるかねと思う次第。つーか、「五年生」以前の木尾は読者のために描いてないとはっきり明言している作家だったが、「げんしけん」は読者のために描いて、でも初代会長だけは自分のために存在して、読者にヒミツにしている存在であると穿って考えるのはどうか。つーかそうとでも考えないと説明つかねーんだよオラァ。

ところで最終回の直後に「もやしもん」が出張してきているとゆーのが、すっとこさん的にはシンクロニシティを感じさせる。以前にも書いたが、すっとこさんは「もやしもん」んも異常に傾倒しており、半年前にドはまりした結果を多少

もやしもん知識蔵

に残していて、このはてなの内容を同人誌化しようとしておるわけだが(ここでやっていることと全く同じ)、「げんしけん」の最終回で、表紙で「げんしけん」と「もやしもん」が融合されている事。そして両作品を、多分世界で一番読み込んでいるであろうすっとこさんにしてみれば、まるで俺のために作られたような表紙で、いったいなんでこんな事になっているのか一人で不思議なわけなんですが(げんしけんともやしもんを「コミケのサークルカット」という形で最初に融合させたの俺だし)、偶然というにはできすぎた話だ。いやもちろん俺にとっての話ってだけですよ?

ちなみに「げんしけん」で精神分析にハマり、「もやしもん」で分子生物学にハマったすっとこさんですが、その2つの学問が大脳生理学でつながりそうなんで、現在脳の研究をしようかなぁと考えているすっとこさんです。もちろん趣味で。脳の構造は分子生物学で解明でき、脳の働きは精神分析で解明できそう、って感じですかね。漠然としてますけど。

というわけでこのへんでとりあえずうp。

ちょっとだけ気付いたこと

2006年06月18日 22時43分15秒 | げんしけん以前
あーそーだよ、「五年生」に無駄が無いとすると、どう見ても無駄なシーンも無駄じゃないんだよ。例えば1巻114ページで教授が問屋について語るシーン。最終コマで吉村さんがいるって事は、ありゃ吉村さんが問屋だって言ってるわけで、吉村さんが「自分の名義で他人のために物品の売買」をしていると考えられる。もちろん比喩だが、一体何を意味しているのか。本当にしているといいんだが。

吉村さんと言えば、3巻19ページで、アキオが浮気したのかと教授が疑った時の相手が吉村さんだったわけだが、教授は一体何を知っていたのだろうか。

今日はこんだけ。

芳乃さんを読み解く

2006年06月15日 19時56分45秒 | げんしけん以前
ちょっと補足。思ったより長くなったんで、芳乃さんを中心軸に「五年生」の流れを追ってみたい。
頭の(○-○○○)は巻数とページ数。0は「四年生」

(3-139)1年次6月の段階で既に非処女
(0-84)4年次の段階では経験人数は2人
(3-167)1人は当然河合くん
(2-カバー)もう1人は多分若ハゲの松山くん(既にギャグ担当)

(4-おまけ)中学の段階で既に欺瞞を読み解くスキルを持っている
(3-90)高校でも大発揮、バカが嫌いと言うより無意識の欺瞞が嫌いと言うか
(3-177)だったら童貞のなにも知らない男の子を、自分好みの男に育てれば!(多分無意識)
(3-169)てゆうか趣味が合わない男子と寝てんじゃねーと思うが
(3-173)でも河合くん、初めての時緊張して立たなかったんだし、かわいがらないとね
(3-171)んでも河合くんからしてみれば、人生で初めてタダでみかんさせてくれる女性ができた!もう超好き!陽炎日記2みてぇ! 愛情と性欲が超混同しているみたいな!
(3-175)んでも欺瞞を見抜くスキルを持っている芳乃さんには耐えられませんよ
(3-180)まぁ自然に態度に出るわけで、河合くんも思いつめます。玉砕。無茶しやがって……
(3-184)別れました~
(1-58)そのままダメになって大学中退~
(0-94)あーまたダメにしちゃった~
(1-62)いや、でも、情けない男も悪いんだもん!あたしだけが悪いんじゃないもん!
(3-187)心ここにあらずみたいな
(3-189)寂しいな、優しい人がいるといいな、そーいえば愚痴聞いてくれる人がいるな、連れ込んじゃおう(無意識)
(3-164)やっちゃった、図書館の時と服装同じな事に注意、3年次8月か

「四年生」

(0-49)まぁ第一話は5月以前、4月と考えるのが妥当、付き合い始めて8ヶ月、んで第一話な感じ、うまく行ってんじゃない?
(0-20)んでも就職もしないダメな男は絶対嫌!あたしと付き合ったらダメになるなんてもう耐えられない!
(0-24)でもそれで別れられてもあたしが困るし、いくらでも下手に出ますよ?
(0-44)排卵の前後と見えて調子いいっすねぇ
(0-51)んで同級と相性悪い、(5-146)で書いてある通りですな
(0-55)お願いだからちゃんと就職してくれないかなぁと縷々説得、だってまた相手がダメになっちゃうと耐えられないし
(0-60)あーらまたあたしが悪いのかしら、泣いちゃうしかないー
(0-74)目の前にはあたしの理想の状態がいるのになぁ
(0-3話)芳乃さんとアキオが徹底的にシンクロしているのが面白いね、終わったら仲直り、アキオも就職開始
(0-125)アキオがやる気になれば芳乃さんも嬉しくて協力しちゃうよ? 裕介と有賀さん状態に。
(0-135)うわ、ここでも河合くん出てたんだ、気付いてなかった
(0-5話)こうしてみると「四年生」はアキオが主人公の物語なのねー、故にこの文中では「負い目」とかスルー
(0-6話)もう2人では添い遂げる気満々なのがすげぇ、しかもこの翌々月から「五年生」が始まるわけで、ここでこーゆー描写を入れることを「五年生」前提でやってるのがもう
(0-あとがき)どう見ても芳乃さんとアキオをいじめて苦しめて困らせようとしています、なんでよ。しかも芳乃さんのいじめかたがナンパもののAVだ。本当に好きなんだなぁ。

あとはこれを踏まえた上で「読み解く」シリーズを読み返してちょ。

「五年生」を読み解く(終)

2006年06月11日 08時27分53秒 | げんしけん以前
いいかげん放置するのも気分悪いので、まずは一応終わらせないと。そしたらもっかい折り返して、「四年生」「陽炎日記」あたりとリンクさせて語りなおさないとなぁ。

その前に吉村さんがアキオをすっきりさせて別れるシーンを説明しておくと、多分だけど、愛情と肉欲が直結しているなら、さっくり抜いて性欲を解消しちゃえば、愛情も無くなるとゆーわけだ。通常のみかんの場合はどちらも興奮状態にあるからある程度ごまかせるけど、出したら速攻寝る男とかいるわけじゃん? 知らんけど。まぁそんな感じじゃないのかなぁ。つまりアキオは吉村さんに口で抜いて貰って、性欲が無くなった瞬間に愛情も消えうせた事を「わかりやすく」教えて貰ったと。このへんはすっとこさんが男だからわかるんだけど、「いいよね男の人は簡単で」って言うように、女性の場合はどうなのだろうか。知らねぇよ。神経症的ってのは男も女も変わらないわけで、男は精液というわかりやすいバロメーターがあるけど、まぁ以下略か。

「四年生」冒頭で鯵の開きを焼いていた芳乃さんを手抜き呼ばわりしていたアキオが、「五年生」最終話で自分で同じ料理を作っているが、これももう偶然じゃないよなぁ。司法試験の話はとりあえず余談、と。アキオの普通の確認はまぁ確認できたって自分で言ってるんだからいいんじゃねぇの? 前に言ったように吉村さんに普通にされて、後は確認するだけだったんだし。「要するに」というのは、思考をその段階で止めて安心する事なんだけど、世の中は思った以上に複雑で、「要するに」で止まらず、もっとよく考えろと芳乃さんは言っているんだが、なかなかねぇ。原因なんていくらでも遡れるんだから、ある程度の所で要して、一休みしたいよね。

「本能に委ねるのも理性に頼るのも」ってのも、性欲のみに支配されず(吉村さんと付き合っていた頃のアキオ)、しかし頭でっかちになりすぎず(吉村さんと別れた直後のアキオ)、ほどほどの所で折衷するのがいいねぇという事か。「運命の出会い」ってのが芳乃さんが散々苦労した一目惚れね。そうした抑圧(過去)に支配されず、常に現在の自分を支配して、慎重に、主観性も客観性も大事にして、理性と性欲も認めて、少しずつやっていかないと、芳乃さんとアキオ……と言うか、人はダメなんじゃないかなぁ、という事でどうよ。

「このまま私を駅まで送ることかな」ってのが、211ページの「そんで駅まで送る」を受けているのも興味深い。また付き合えるとわかった瞬間に、さっき言った事を忘れてる、ってのも可愛いもんだ。「具体的」ってのを文章にすると、今日書いたような文章になると思うんだけどどうかねぇ。

最後、あとがきまんが。「私は知ってたわよ」って、何を知ってたのか、じっくり考えるすっとこさんにはわからんので、誰か直感で感じて教えてください。

というわけでようやく一周しました「五年生」の読み解き。木尾士目の怨念とすっとこさんの怨念がうまく噛み合って、非常に嫌な読み解きになりましたが、俺の得たものは大きかった。というわけでとりあえず「五年生」からは復帰して、「げんしけん」に帰ろう。

「五年生」を(略略)読み解く

2006年06月04日 00時02分26秒 | げんしけん以前
武蔵野公園まで聖地巡礼に逝ってきた。聖地巡礼は楽しい。しかし「五年生」の聖地巡礼なら、筑波大とか木更津に行けよと思うが、なんかこっちの方に呼ばれたのよねぇ。「久我山」という土地も通ったので良しとしよう。それにしても武蔵野公園で、久我山で、裕介のアパートが三鷹だったり、あと中央大があの辺な事を含めて、あの辺になんかあるんですか? 出身地?

ちなみに写真は上から4巻の174、175ページ。ベンチにナイフの傷はありませんでした。付けてくればよかったかな。ムジナ坂も撮ってきたよ。

聖地巡礼をしながらいろいろ思索を巡らせていたが、夢枕獏から思考を転がしていると、なんか気になる。芳乃さん×河合くんと、吉村さん×アキオの二重構造から始まり、「五年生」は、二重構造がキーワードっぽい。ざっと挙げると、ラブホシーン2回、オナニー2回、吉村さんが買い物で人に会うの2回、アキオも芳乃さんも別れた前後に新しい相手がいる相似、芳乃さん一家のシーン2回。まぁこじつけっぽいけど最後まで聞いてくれ。んで、物語の最初と最後で芳乃さんとアキオは結ばれているが、その間は離れており、相互が交わらない。となると、夢枕獏ファンなら思い浮かぶ作品がある。「上弦の月を喰べる獅子」である。この作品、あとがきによると「物語自体が、遺伝子の二重螺旋の構造を持った物語である。本自体の構造も、二重になっている」「そして、さらには、人称や文体までもが進化していく物語である」とある。つまり、木尾士目がマンガで「上弦の月を喰べる獅子」をやろうとした、とするなら、「五年生」にある不可解ないくつかの謎がすっきり説明できる……ような気がするのだが、何しろ今日、すっとこさんの思い込みで考えたので、本当かどうかなんて全くわからない。しかし特に絵の変化とか、いくつかの点で納得が行くので、しばらく考えてみよう。夢枕獏は「上弦の月を喰べる獅子」に救われたと書いているが、木尾士目は「五年生」によって自分を救い、クラカチットで決意表明をして、げんしけんで覚悟を決めた、と説明すると美しいね。

ああそれから、吉村さんの正体がわからず、考察を止めてたが、今日になってようやく傍証を発見した。5巻43ページ左上。「あの彼氏と続いてたらマジやばかったけど(大学入れなかったわ)」と、62ページ「あははそれじゃ性感じゃん」(何故その単語が一発で出る?)。えーと、浪人時代に何かあって、ひょっとして、マジで風俗で勤めてませんか吉村さん? してみると、42~43ページの、口でするのが妙に慣れているとか、偽風俗嬢という言葉への反応とか、なんかこー、男の体に散々奉仕してきて、体ではなく心で結ばれたい、という欲求がある、という解釈をすると、なんかしっくり来るんだけど、証拠があまりにも無い。2巻あたりで自分が醜い事を一人だけ自覚しているとか、「色々あって一浪している」とか、あーもー、証拠出てきた出てきた。色々あったって何があったんですかー! これに気付くと、吉村さんの分析ももっかいやらんといかんのかー!うひー!

しっかしこの分析、いつになったら終わるんだトホホ。だいたいだなぁ、「五年生」は「げんしけん」が売れるまで重版かかってないわけで、金銭的な見返りがほとんど無い上に、ここまで怨念のこもった作品を作るのにどれだけ強烈な怨念が必要だって事だ。本当に「自分のためだけのマンガ」だよなぁ。それが「クラカチットの街」で頂点を極めて、十分に怨念を発散させた所で「げんしけん」に入ったわけだが、笹荻編で、昔は怨念でやっていた事を、エンタテイメントでやろうとしたとゆー理解をしているんだが、本当かねぇどーだかねぇ。

というわけで30話。きっちり落ち込んでいるアキオです。「肉欲と愛情を混同していた」と言ってますが、芳乃さんが「そんな事言ったら誰とも付き合えないよ」って言うのも、河合くんや昔のアキオの場合は態度だけだったわけですが、言葉にすると冷静に判断できる、って事でいいのかな。あとまぁ、男……と一般化せずに、「肉欲と愛情を混同している男」は基本的にいつだってヤリたいもんである。でも女性にはヤリたい時とヤリたくない時があるのは事実で、そうなると、女性がヤリたくないのがわかっているのに、求めるのを抑えられないのは罪悪感になる。女性も素直に「ごめーん今生理で血まみれ」とかウソでも言ってくれれば素直に引き下がると思うんですがどうですか?
182ページの「会いたいって言ったら……怒るか?」が、「陽炎日記」の「『何があったのか』ときくべきかどうか悩んでる」を髣髴とさせる、と書いた所で、やっぱりその3ページ後に「恋愛とSEXは直結してるの?」ってテーマは同じやんトホホ。唯言論的に言うなら、人間は本能が壊れているので、本能ではみかんできないので、仕方なく恋愛を発明した、となるところなので、つまり恋愛とはみかんをさせる手段の事であるとあっさり結論付けちゃうよ? つまり愛情はみかんを伴うのを確認しているのが「陽炎日記」。みかんから愛情が伴う場合がある、つまり肉欲と愛情の混同OKというのが「陽炎日記2」のテーマか。本当かよ。てゆうか、「陽炎日記」「五年生」を、リアルな恋愛、で片付けるなーって気がしてきた。

話がずれた。「会ったら普通に戻れる」と言っているが、アキオは以前の無愛想男から、既に丸くなって、人を受け入れる「普通」の人になっている事に注目。つまり芳乃さんに会うのは、普通に戻るためではなく、普通であることを確認する作業であると思われる。もちろん原因は吉村さん。芳乃さんに何言われても簡単に引き下がるアキオ。なんか思惑通りに話が進むので、ついうっかり小自爆してしまった芳乃さん。「保険になるでしょ」とか、昔のアキオなら怒りかねない言葉も「ははっそうだな」なんて芳乃さんにしてみれば意外なセリフも出てくる。でも電話を切った後の、アキオの嬉しそうな顔はわかるんだけど、芳乃さんの微妙な表情は何だ。

いよいよ最終話。タイトルが「ダメ男とさせ子」。ダメ男はいいとして、芳乃さんはさせ子なのか。まぁ童貞好きとして、やりたくてやりたくてしょうがない童貞にやらせてあげる女子、と言えばいいんだろうが、実際童貞にしてみれば神みたいな存在だろうがねぇ。うーん、なんか今日、うまい分析できないや。ラストなんだから、ちょっとリキ入った分析しないといけないんで、明日に続こう。すっとこさんは仕事中が一番ひらめく。

「五年生」を(略)読み解く

2006年06月03日 10時16分09秒 | げんしけん以前
また前回に追加。隆行くんの難聴・失語症が治ったので、長谷川家は丸く収まるでしょう。つまり、苦痛な状態を体験したおかげで、普通の家庭の状態がハッピーに感じられてしまうんですね。これもいろいろと示唆に富んでいます。当然後から関係してきます。

「ムジナ坂」でぐぐると実在するのね。野川沿いにある。意図があるのかもしれん。武蔵野婦人? 読めってか。近くに武蔵野公園がある。ぐぐる。公園の地図を探す。
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/map056.html
4巻174ページ参照。聖地巡礼してこようかなw。googleマップだとこのへんね
武蔵野公園
こんな証拠はいくらでも残すのに、肝心の「読者に対して親切な内面描写」を、何故「同時には1人まで」と徹底的に隠蔽するんだ。

さて、吉村さんに溺れさせられるアキオの話。これまで芳乃さんとのひかえめなみかんだったが、吉村さんの意図で、肉欲を愛情と誤解させられる。前書いたように、女性が気を使って、男性のやりたい事をやりたいようにやらせてあげると、男性はやりたい事をやりたいために、その女性を愛していると誤解してしまうのである。アキオの場合と、河合くんの場合を参照。アキオが最終的に自己嫌悪に陥っているのは、吉村さんに口でしてもらって、欲望が消えうせた瞬間に、自分が吉村さんを全然愛してない事に気付かされたため、と分析する。わっかりやすいやり方、だと思う。あっさり説明できたな。

後輩ズの後始末も。考えてみると、女性をナンパして捨てて傷つけてきたであろう鳩山と、男にすっかり依存してきたであろう本田さんは、吉村さんに「壊された」と言ってはいるが、よくよく見ると「女を傷つけない」「男に依存しない」という「普通の状態」になっていると言える。さっきの長谷川さんの状態と同じく、元から振幅が大きかった状態が、平均の所で安定すると、以前の状態から強烈に変化したと誤解する、とは言えないか。長谷川さん、後輩ズ、アキオを見てそう思えないかね。俺はそう思うんだけどさ。「大好きっ」「本当っ」ってのも怖い言葉で、「本当」に愛してるなら「本当」ってわざわざ言う必要ねーじゃん、って事よ。問題なのは「本当」って意識的に言うか無意識で言うかなんだけどなぁ。無意識の場合でないと、この推論は当てはまらないんだけどね。

鳩山も肉欲と愛情を露骨に混同している。自覚っぷりはアキオより上だが、多少自覚したところでどうしようもないようだ。吉村さんへの唯一有効だった反論が「よく喋るな」だったわけだが、吉村さんの「本心や客観的事実の指摘に弱い」ってのが、なにを意味してるのかわからん。実際人間は誰でもそんなもんには弱いが、あの吉村さんが、単に「よく喋るな」と言われただけで、人並み以上に動揺するのは何故か、って事なんだけどさ。

以上の観点からすると、吉村さんのした事は本当に破壊だったのかという点と、吉村さんがどこまで状況を意図していたのか全くわからない点が、わからない。吉村さんが謎すぎるんで、もう考えるのはやめとこう。

さて、吉村さんのおかげで、めでたく河合くんと同一条件下に置かれたアキオです。つまり肉欲を愛情と勘違いしていた欺瞞のツケをきっちり払わされた状態ですな。芳乃さんの場合は、誤解を解くヒントすら河合くんに与えませんでしたが、吉村さんはきっちりヒントを残した点が優しい。28話で芳乃さんと電話するシーンで、アキオを一切描写していないのが、相変わらず木尾士目の意図を感じさせる。つーかそこまでわかりにくくすんな、と思う。なのに扉絵で一応描いているのが首尾一貫しとらん。まぁ顔を隠してるから一応セーフと考えておこう。その電話だけど、以上のアキオの真理を踏まえた上で、どういう気持ちで芳乃さんの質問に答えているかを考えてみよう。でもってアキオの「俺どうしようもなくダメな奴だから……」というのが、アキオの「決定的な目覚め」だったりするわけで、目覚めさせたのは当然吉村さんだと、この文中で何度も書いている。しかし以前の「人を寄せ付けない」アキオから、自己反省して(157ページ)、すっかり丸くなってしまっているアキオ(2回目の電話)に変化しているのが恐ろしい。ヒントはアキオの返事に対する芳乃さんの表情である(2本目の方ね)。

芳乃さんの髪を染めた件は、むしろ妹さんと佐久間さんが真似をしたがっている点が本意である。めんどくさいんで精神分析用語を使うが、人が人を真似するのは、相手の安定した自我を見て、その自我が羨ましくなり、自分にその自我をコピーして、自分の自我を安定させようとする試みである、と説明できる。これを日本語に翻訳すると「芳乃さんの茶髪が似合ってるので真似したい」となる。そのまんまやないかい。すいません。

しかし芳乃さん父の転勤はなんだありゃ。普通に考えて木尾士目の実体験か。だって「五年生」に全然関係ねーもんなぁ。芳乃さん母が振り向かない点を含めて「怖いよ」。教授との会話は特に見るべきものが無い気がするのでスルー。

「俺はもう落ち込んでいなかった」も単純に自己欺瞞。読者の誰から見ても落ち込んでるしねぇ。オギーがやおい好きがバレバレなのに、やおい原稿を笹に見せられないのと同じ心境です。アキオの場合は落ち込んでいる事を糊塗するために「落ち込んでいない」と欺瞞しています。んで、何故オギーが笹にやおい原稿を見せられないかとゆーと、笹斑を書いている自分を抑圧しているので(もちろん巻田くんの件はさらに深く抑圧されている)、笹に「普通のやおい原稿を見せる」事は、オギーにしてみれば「笹斑のやおい原稿を見せる」のと同じ事なわけです。そりゃ見せられんよねぇ。オギーの内心ではこのように整合性は取れていますが、そんなん誰にもわからないので、大野さんからすると全く理解できないんですね。

芳乃さんの心境の変化も凄いなぁ。
「木更津に行ってアキオと会う可能性があるって事?」「やだわそんなの」
 ↓
「アキオに電話してみようかしら」「どんな反応をするんだろうか」
 ↓
「ふふっ」「そんでね何かね」「木更津で教授の助手やったらどうかって」「ふふっ」(あの口元の笑顔から、アキオのどういう反応を期待しているかバレバレだ)

しかし芳乃さんの期待は裏切られる。確かに以前のダメだったアキオだったら餌に食いついただろうが(4巻145ページ)、ダメじゃなくなってしまったアキオには、その芳乃さんの歩みよりは苦痛でしか無いのであった。後輩ズの4人は表面の感情だけの交錯だった。長谷川さんの場合は表層の感情と内心を含んだ交錯だったが、今回のアキオと芳乃さんの交錯は、時間による変化を含んだ交錯である、と解釈できる。芳乃さんは以前のアキオに最適化した誘いを考えて、その脳内シミュレーションに自信を持ったので連絡したんだが、アキオはアキオで変わってしまっていたため、芳乃さんの脳内シミュレーションとは違った結果になってしまった、というのがこの回で説明されている事かと。

そーいやちょっと前から薄々考えてたんだけど、すっとこさんが男性なので、男性のアキオの立場に立って考えやすいから、アキオの状況がよく理解できるんだけど、芳乃さんの方はいまいちよくわかんないのよねぇ。これはすっとこさんが男性なせいだと思うんだけど、もう一回芳乃さんの立場で「五年生」を再解釈しないといかんのか。めんどー。

30~最終話に続く。まだ続くのかー。

「五年生」をさらにまたまた読み解く

2006年06月03日 01時18分55秒 | げんしけん以前
今回も前回の訂正から。

3巻の1年次6月の飲み会に河合くんがいると書いたが、168ページでアキオが知らないって事は、会ったこと無いって事じゃん。しくー。しかし、河合くんもそうだが、柚子原さんと、アキオの元カノ(3巻144、149ページで話していた)を出さないのは、何を意図しているのか。

追加事項。木尾士目って夢枕獏に影響受けてないか? 具体的にどこかっつーと、いろいろあるのに今ちょっと思い出せないんだが、1つだけ確実なのは、1巻17ページで、芳乃さんがアキオをひっぱたいて、アキオの脳が揺さぶられてぐらキーンと来るシーン。これ、飢狼伝とかで、アゴを横に払うと首を軸に脳が揺さぶられて失神するってアレじゃん(板垣恵介もよく使っている)。この件についてはもうちょっとよく読もう。


えーと、4巻の22話から再開。げんしけんで謎擬音として使われていた「がふがふ」が、五年生で既に使われてるのよね。ところでテレビの横に積んであるのガンプラ?

吉村さんとバトル開始。東京で就職しないのは、東京で変わってしまった芳乃さんを忌避する心と、問題あったかもしれないけどまぁうまくやってた木更津に未練があるって事を説明している、でいいのかね? んで吉村さんなんだけど、彼女は一言で言うと「欺瞞を見抜く目」を持っている。突然何をと思うが、「口は災いの元」という諺に注目してほしい。3巻のラブホシーンで、芳乃さんが欺瞞を暴かれて怯えていたが、欺瞞をバッチリ指摘すると、問題が表面化してしまうのである。隠蔽してだましだましやり過ごしていた問題が表面化してしまう。元々問題はそこにあった筈なのだが、それが表面化して本当の問題になってしまった責任は、実は欺瞞を見抜いた者に押し付けられてしまうのである。例は3巻90ページの芳乃さん。芳乃さんは気付いただけで迫害されたが、吉村さんは欺瞞を指摘せずにはいられない人なのではないか。その思いが117ページで述べられていると考えられる。

もう1つ例を挙げよう。「陽炎日記」の208ページ。「点の領域」の圭太は「欺瞞を見抜くと口にせずにはいられない男」である。まぁあれじゃまともな生活はできんね。ところで問題なのは、木尾士目デビュー作品であり、しかも自分でこの作品は「妄想」と書いているように(236ページ)、実はこの作品「俺(木尾士目)に落ちモノ少女(うる星とか女神さま)が発生した場合、どんな女で、どんな反応をするのか?」という妄想(シミュレーション)じゃねーの?」という疑念が沸く。て事ぁ可能性として(1)このタイプの人間である(2)弟キャラ(キャラて)である(3)中だしして責任取りたくねーと思っている、ごめんうそ、避妊しなくても責任の取れる相手、つまり奥さんが欲しいと思っている(4)未定(ぉぃ)。問題なのは、このうちどれが木尾士目で、それが友人の投影なんだ(237ページ参照)って事。まぁ「陽炎日記」収録作品についてはまた後日詳しく分析する。

吉村さんの話だったな。「欺瞞を見抜けて、放置すれば問題が悪化するとわかっていて、しかも問題を指摘すれば恨まれるとわかって、それでいて放置せずにはいられない」人である。しかもそれを自分で知っている。117~122ページね。123ページ以降は、ヨシオが自分の同類なんじゃないかってゆー確認かなぁ。実はこれは分析じゃなくて直感なんだけど。「島くんはそういう事分かってるかと思ってね」。がクサいんだよなぁ。これで吉村さんが確認する事は全部。いきなりみかんモードに突入。

23話前半は説明できねぇ。なんか詰め込めるだけ詰め込んどけって感じで。んで、アキオが欺瞞を続けるなら攻めるが、本心で話すとあっさり引く吉村さん。その後、アキオが「電話あんじゃねーとか」「元戻れるかもとか」言っているが、実はこれらを拒否し続けていたのはアキオの方だというのに注目。「自分で選択の余地を無くしてきたんだ」よな。

おっぱいについて考える。例によってミもフタも無い事を言うが、男は女のおっぱいが好きである。「何故か」。単純に言って、男が持ってないからである。あんなにやわらかくて、美しいものを男は持っていない。思わず欲しくなってしまう。男のデブの事は忘れろ。同様に、女は女で、男のアレを持ってないので、思わず欲しくなってしまと思われる。おれ女じゃないから実感できないけど。女でも語弊があって認めないと思うけど。いずれにせよ無意識の話だから考えても仕方ないけど。ここで問題なのは、女のおっぱいはそれだけで完成した存在だが、男のアレは「たつよね」したものでないと、需要が落ちてしまうのであった。他には、世の中の男にはおっぱい派とおしり派がいるのは何故かという問題があるが、あれは、おっぱいに対して需要が少ない層がおしりに流れているのではないかと考えられ、荻ラブの絵板で、笹原くんがおしり派と捉えられているのは何故かを考えると、オギーが微乳である事を含めて、見えてくるものがあるような気がするんだがまだわからぬ。

閑話(なのか)休題。「上だけで済む訳ねーだろ」てのが「陽炎日記2」の「優しく抱き竦められたら」「抵抗できない女の性を」「知っていたはずだ……」を彷彿とさせる(のか?)。あっちは女性でこっちは男性だが、一定レベルを超えると抵抗できない点では同じ。その後の吉村さんの唇が怖いのは、いったいどこまで意図してやってるかが不明な点だ。もちろん吉村さんほどの心と体なら、意図的に男を自分に愛させるなんて簡単なんだろう。そこが魔女か。こえーぜ。

というわけで吉村さんに溺れるアキオ。それは置いといて、先に長谷川奥さんvs芳乃さん。長谷川奥さんの罪悪感は、もちろん自分の家系に難聴の……なんとかがある事。もちろん本人に責任は無いけど、息子や旦那が散々苦労した(であろう)事を考えると、誰かを責めずにはいられない。もちろん相手はその息子を作った自分しかいない。劣性遺伝がどうこう言ったって、現実に何も解決できない以上、科学は何の役にも立たない。それを踏まえて、踏まえなくてもいいけど、芳乃さんは何度も長谷川さんを愛してもメリット無いし、全く根拠が無いと理性で押さえ込もうとしているが、結局無意識では河合くんに罪悪感を感じているので、いくら口で否定しても、葛藤が深まるだけで、何も解決しません。むしろ悪化します。てゆうか長谷川さんも、芳乃さんが自分の事を好きだと知っているにも関わらず、自分の息子に友達を作ってあげたいという下心が、無意識で芳乃さんを自分に縛り付けておこうとしたわけだ。それが芳乃さんと長谷川奥さんを傷つける結果になってるのにねぇ。やはり親は息子の事が、妻より、愛人より好きなんかねぇ。親、と一般化せずに長谷川さんは、と特定しておくか。

長谷川奥さんの「長谷川に誘われれば~」は、芳乃さんを責めていると言うより、旦那の方を疑っている。「あの人が何を考えているのか分からない」?も自分の本心だろう。後輩ズの時は4人が4人をどう思っているかだったが、この場合は3人が3人のそれぞれを、表面上それぞれどう思っているかと、無意識ではどう思っているか。複雑に交錯している、と書いてみたらこの回のサブタイトルが「交錯」じゃねぇか。ビンゴか。奥さんが芳乃さんを刺そうとしているのは、どう見ても旦那を殺したい代償です。本当にありがとうございました。だって本当にお茶しただけ、自分から連絡を取ってない、長谷川さんと会うことによって苦しんでいる芳乃さんを殺すメリットがありますか? ありません。つまり、旦那を殺したいほど憎んでいる本心を欺瞞して、芳乃さんを殺せば、旦那を憎む原因そのものが無くなるので、本人としては辻褄が合うんでしょう。それでぬっ殺される芳乃さんはいい迷惑と言えましょう。この解釈微妙に間違ってるような気がしますが、概ね正しい筈です。

んで解答編。先に25話の後半から解説。事情は知らんが隆行くんが言葉を取り戻したらしい。状況を想像すると、隆行くんの前で芳乃さんと電話していた奥さん。奥さんは隆行くんが聞こえてないと思ってたんだが、隆行くんは聞いていた。耳で聞いていたのか、で聞いていたのかはわからない。そこで長谷川さんが帰宅。恐らく包丁を持ち出す所を見ていたのだろう。その因果関係が分かれば、長谷川さんに言わないとヤバイと思った瞬間に、言葉を取り戻した、と考えられるが、これはもう想像するしかない。となると、奥さんの呪縛の主原因は昇華されたと判断できる。耳が聞こえないために友達がいないであろう隆行くんに友達を作ってあげたいという長谷川さんも、隆行くんが言葉を取り戻せば欺瞞をする必要が無く、芳乃さんに本心が言える。芳乃さんも長谷川さんの欺瞞を知れば、長谷川さんが自分を愛していない事を確認できれば、葛藤から開放されるし、奥さんも芳乃さんと旦那を憎む必要が無くなる。33ページで芳乃さんが自分の手を見つめているのは、傷を見ているのではなく、自分の手が自律神経失調症で震えていない事を確認していると思われる。交錯した感情が、主原因である隆行くんの言葉の回復によって、一発で解消されたのである。ただ、しかし、長谷川さんに会う前から存在していた、芳乃さんの河合くんに対する罪悪感は消失していない。よってまだ物語は終わっていない。

25話前半に戻る。実はこの「言葉」についてはよくわからない。「言葉は信じるか信じないかじゃない」「有力か無力かだ」「だから今私は一言も話すものか!」が、結果的にその通りだが、何故芳乃さんがこの結論に達したのか、同様の経験をした事のないすっとこさんには全くわからない、のである。多分この種の経験をした人間なら、理論的にではなくとも、直感で理解できる事を理解できる筈なんだろうが、全くわからないすっとこさんには、全く理解ができない。これについてはお手上げだ。もちろんヒントは芳乃さんとアキオの会話の中に隠されているんだろうが、何度読んでもわからない。

 また長くなったのでこれにて続く。吉村さん×アキオの分析がまた長くなるだろうなー。