宿への道すがら、四柱神社の紅枝垂を眺めます。開花時期には夜通しライトアップされるこの桜ですが、改めて眺めるとまだ若い木です。しかし、女鳥羽川のせせらぎを聞く小さな神社の境内に、ひっそり佇むその姿には、下手な大木に勝るとも劣らない情緒があります。
腹も心も満たされたなどといっておきながら、二軒目の酒場へ移行します。訪ねるのは毎度おなじみ「よゝぎ」です。
眺めているだけでも肴になる「山女や」の品書きに比べれば、この店の品書きなど貧弱もいいところです。それにもかかわらず性懲りもなく立ち寄ったのは、酒とそばの二つに関してだけはこの店の方が上だからで、店主への挨拶代わりという目的もあります。二軒目だけに、酒一杯とそばだけにとどめますが、なじみの店で軽く一杯引っかけて締めくくるのもよいものです。
★よゝぎ
松本市 大手4-10-6
090-4159-5484
1730PM-2330PM(日曜定休)
麻輝
お通し(ポテトサラダ)
手打ち十割そば
眺めているだけでも肴になる「山女や」の品書きに比べれば、この店の品書きなど貧弱もいいところです。それにもかかわらず性懲りもなく立ち寄ったのは、酒とそばの二つに関してだけはこの店の方が上だからで、店主への挨拶代わりという目的もあります。二軒目だけに、酒一杯とそばだけにとどめますが、なじみの店で軽く一杯引っかけて締めくくるのもよいものです。
★よゝぎ
松本市 大手4-10-6
090-4159-5484
1730PM-2330PM(日曜定休)
麻輝
お通し(ポテトサラダ)
手打ち十割そば
九時半を過ぎても消灯の気配はなく、往生際の悪い自分としては多少の未練はありつつも、適度なところで切り上げ呑み屋街へ移動してきました。あきらめの悪さは呑み屋選びにおいても例外ではなく、いの一番に目指すのは過去三度続けて振られた「山女や」です。幸いにも本日は袖看板と赤提灯が灯り、カウンターには先客が一組のみ。ようやく宿願を達成し、一昨年の六月以来約二年ぶりの再訪を果たしました。
それでは何がそこまでよいのかといえば、一言でいうなら呑み屋としての居心地のよさ、つまり居酒屋の真髄がこの店に体現されているからです。暖簾をくぐってガラス戸を開けると、まずは聞き覚えのある甲高い声で店主が迎えてくれ、それだけでなじみの店へ戻ってきたような気分にさせられます。奥から手前へ6席分、そこから左へ折れて4席分設えられた白木のカウンターと、壁一面に張り出された半紙に毛筆の品書きがよく、グリル、タレ壺、焼き台に煮込み鍋を配した機能的なカウンター回り、暖簾で隔てた奥の厨房など、仕事場としての造りも秀逸です。
酒は奇しくも伊那の信濃錦一本で、桜を描いた徳利と猪口で酌めば、花見の旅の情感も否応なしに高まるというものです。串焼が看板ながら、馬刺し、そば、イナゴハチノコ、おだぐりに山葵など信州ならではの品々が揃い、山うど、木の芽和え、わらびといったところに春らしさが。カウンターには愛想のいい親方が立ち、無愛想な女将と体格のいい二代目が厨房で黙々働くという家庭的な雰囲気も居心地をよくします。
何分串焼きが中心だけに、わざわざ信州まで足を運ぶ価値のある特別な肴があるわけではないのです。しかし、どれも家庭では容易に真似のできない手造りの味には違いなく、居心地を楽しみつつ安く手軽に酔う向きには、これで必要にして十分。たかが二千円少々で腹も心も満たされました。やはり自分にとって松本の一番店はここだと、改めて実感した次第です。
★山女や
松本市大手4-8-2
0263-35-3139
1700PM-2300PM(日曜定休)
花菖蒲
お通し(かぼちゃ)
串焼三品
牛すじ肉煮込み
山葵の葉のおひたし
鳥の唐揚
それでは何がそこまでよいのかといえば、一言でいうなら呑み屋としての居心地のよさ、つまり居酒屋の真髄がこの店に体現されているからです。暖簾をくぐってガラス戸を開けると、まずは聞き覚えのある甲高い声で店主が迎えてくれ、それだけでなじみの店へ戻ってきたような気分にさせられます。奥から手前へ6席分、そこから左へ折れて4席分設えられた白木のカウンターと、壁一面に張り出された半紙に毛筆の品書きがよく、グリル、タレ壺、焼き台に煮込み鍋を配した機能的なカウンター回り、暖簾で隔てた奥の厨房など、仕事場としての造りも秀逸です。
酒は奇しくも伊那の信濃錦一本で、桜を描いた徳利と猪口で酌めば、花見の旅の情感も否応なしに高まるというものです。串焼が看板ながら、馬刺し、そば、イナゴハチノコ、おだぐりに山葵など信州ならではの品々が揃い、山うど、木の芽和え、わらびといったところに春らしさが。カウンターには愛想のいい親方が立ち、無愛想な女将と体格のいい二代目が厨房で黙々働くという家庭的な雰囲気も居心地をよくします。
何分串焼きが中心だけに、わざわざ信州まで足を運ぶ価値のある特別な肴があるわけではないのです。しかし、どれも家庭では容易に真似のできない手造りの味には違いなく、居心地を楽しみつつ安く手軽に酔う向きには、これで必要にして十分。たかが二千円少々で腹も心も満たされました。やはり自分にとって松本の一番店はここだと、改めて実感した次第です。
★山女や
松本市大手4-8-2
0263-35-3139
1700PM-2300PM(日曜定休)
花菖蒲
お通し(かぼちゃ)
串焼三品
牛すじ肉煮込み
山葵の葉のおひたし
鳥の唐揚
九時になったところで「夜桜会」は終了。決して広くはない松本城だけに、駆け足になりながらも一通りのものを見られたのは幸いでした。
しかしよくよく聞けば、この「夜桜会」というのは通常有料になる濠の内側を開放して催し物をするというもので、有料区域が閉まるという以外は、九時を過ぎてもそのままです。それならまず夜桜会だけ見物しておき、残りは九時過ぎからにしてもよかったわけで、何やら損をしたような気がしないでもありません。
しかし、急ぎ足で一周したのは結果として正解でした。三年ぶりとなる松本城の夜桜でしたが、城自体は何度となく訪ねていることもあり、夜桜といえどもあっと驚くような光景はないだろうと高をくくっていたのです。ところが外濠を東から西へ向かって眺めると、北アルプスの真上に三日月が。濠に沿って一直線に並んだ桜と、それを映した水面は予想通りだとしても、中央に置かれた三日月だけは想定外でした。ただでさえ見事な絵柄にこの三日月が加われば、思わず感嘆するしかありません。しかもこの三日月が画の中央に来るというのが心憎いところです。
これは今日この時間に来なければ拝めなかった光景であり、仮に九時を過ぎてからこの場所に立ったとしても、月は北アルプスの向こうに隠れているところでした。初日の甲斐駒ヶ岳と桜の取り合わせしかり、一期一会としかいいようのない見事な光景との出会いに恵まれた今回の旅は、我ながらできすぎと思うほど神がかっています。
しかしよくよく聞けば、この「夜桜会」というのは通常有料になる濠の内側を開放して催し物をするというもので、有料区域が閉まるという以外は、九時を過ぎてもそのままです。それならまず夜桜会だけ見物しておき、残りは九時過ぎからにしてもよかったわけで、何やら損をしたような気がしないでもありません。
しかし、急ぎ足で一周したのは結果として正解でした。三年ぶりとなる松本城の夜桜でしたが、城自体は何度となく訪ねていることもあり、夜桜といえどもあっと驚くような光景はないだろうと高をくくっていたのです。ところが外濠を東から西へ向かって眺めると、北アルプスの真上に三日月が。濠に沿って一直線に並んだ桜と、それを映した水面は予想通りだとしても、中央に置かれた三日月だけは想定外でした。ただでさえ見事な絵柄にこの三日月が加われば、思わず感嘆するしかありません。しかもこの三日月が画の中央に来るというのが心憎いところです。
これは今日この時間に来なければ拝めなかった光景であり、仮に九時を過ぎてからこの場所に立ったとしても、月は北アルプスの向こうに隠れているところでした。初日の甲斐駒ヶ岳と桜の取り合わせしかり、一期一会としかいいようのない見事な光景との出会いに恵まれた今回の旅は、我ながらできすぎと思うほど神がかっています。
お約束の松本城に着きました。九時の終了まで小一時間、持ち時間が少ないため前置きは抜きにしてまずは一周します。それでは後ほどお会いしましょう…
女鳥羽川に沿って、まだ若い桜並木がライトアップされています。松本市街の桜は散り際と聞いていたはずが、木によっては満開に近いものも多く、これなら明日も十分楽しめそうです。松本城ではどうなっているのでしょうか。
高速を飛ばし、前後を合わせ小一時間の移動を経て松本に着きました。昨日の時点で250kmほどだった走行距離は、現在のところ340kmに迫っています。日中15度まで上がった気温は現在9度、やや肌寒いとはいえ、寒さに凍えた昨夜とは大違いです。この後は宿のチェックインを済ませたら早々に松本城の夜桜を見物し、その足で酒場めぐりへ移行します。
西の空にわずかな明かりが残る中、本日の投宿地である松本へ移動します。ここまで待ったからにはすっかり暗くなるのを見届けて、春日城跡の夜桜をひとしきり見物していきたいのはやまやまながら、松本城の夜桜が九時までと聞いており、そろそろ出ないと松本で夜桜見物をする時間がなくなってしまうのです。 とりあえず、明日もう一度伊那谷に戻ってくることは決めています。春日城跡にまで立ち寄る時間があるかどうかは不明ながら、できることならまた明日お会いしましょう…
仙丈ヶ岳は見納めと申しましたが、もう一度だけ機会があるのを思い出しました。それは春日城跡からの眺めです。
高遠城址の白兎橋から眺める中央アルプスと対をなすのが、春日城跡の本丸橋から眺める南アルプスです。東から西を向く白兎橋の眺めが、午前から昼にかけて絵になるのに対し、西から東を向くこの橋からの眺めは、昼から夕方にかけてが見頃です。残念ながら日は既に傾き、左手前のソメイヨシノと右手前のコヒガンザクラは日陰に隠れてはいるものの、夕日を浴びた仙丈ヶ岳との取り合わせには、絵葉書のような完成された美しさがあります。
そして、それ以上に目を見張るのが、橋を渡った先の本丸から眺める南アルプスの山並みです。仙丈ヶ岳が中央に鎮座するのは同じでも、こちらからの展望はより開けており、左手に甲斐駒ヶ岳、右手に間ノ岳を配した三役の揃い踏みが見事です。山々の偉容に関する限り、やはり中央アルプスよりも南アルプスの方が絵になります。
中央アルプスの影が伊那市街に落ち、さらには伊那谷を端から端まで覆い隠そうとする中でも、残雪を抱いた名峰の頂は夕日を浴びて茜色に染まっています。やがてはこの影が手前の山まで延び、さらにはアルプスの山並みにまでせり上がって、茜色の山頂が次第に紫色へと変わっていくのでしょう。その光景が拝めるだけでも、日没までのわずかな時間を縫って訪れた甲斐はあったというものです。
辺りが暗くなるにつれて、背後には夜桜のぼんぼりが灯り始めました。露店が並ぶ広場では、和太鼓に続いてジャズの生演奏が始まり、さらには伊那の酒蔵が集って新酒まつりが開かれています。高遠の夜桜に比べればささやかなものとはいえ、少なくとも昨夜の閑散とした伊那公園とは対照的な賑わいです。その光景を横目に見つつ、今日は黄昏時をこの城跡で過ごすことにします。
高遠城址の白兎橋から眺める中央アルプスと対をなすのが、春日城跡の本丸橋から眺める南アルプスです。東から西を向く白兎橋の眺めが、午前から昼にかけて絵になるのに対し、西から東を向くこの橋からの眺めは、昼から夕方にかけてが見頃です。残念ながら日は既に傾き、左手前のソメイヨシノと右手前のコヒガンザクラは日陰に隠れてはいるものの、夕日を浴びた仙丈ヶ岳との取り合わせには、絵葉書のような完成された美しさがあります。
そして、それ以上に目を見張るのが、橋を渡った先の本丸から眺める南アルプスの山並みです。仙丈ヶ岳が中央に鎮座するのは同じでも、こちらからの展望はより開けており、左手に甲斐駒ヶ岳、右手に間ノ岳を配した三役の揃い踏みが見事です。山々の偉容に関する限り、やはり中央アルプスよりも南アルプスの方が絵になります。
中央アルプスの影が伊那市街に落ち、さらには伊那谷を端から端まで覆い隠そうとする中でも、残雪を抱いた名峰の頂は夕日を浴びて茜色に染まっています。やがてはこの影が手前の山まで延び、さらにはアルプスの山並みにまでせり上がって、茜色の山頂が次第に紫色へと変わっていくのでしょう。その光景が拝めるだけでも、日没までのわずかな時間を縫って訪れた甲斐はあったというものです。
辺りが暗くなるにつれて、背後には夜桜のぼんぼりが灯り始めました。露店が並ぶ広場では、和太鼓に続いてジャズの生演奏が始まり、さらには伊那の酒蔵が集って新酒まつりが開かれています。高遠の夜桜に比べればささやかなものとはいえ、少なくとも昨夜の閑散とした伊那公園とは対照的な賑わいです。その光景を横目に見つつ、今日は黄昏時をこの城跡で過ごすことにします。
三年前に訪ねた場所を再訪し続けた今回の旅でしたが、最後に残っていた広域農道沿いの桜並木を訪ねます。
川の堤に沿ってまだ若い桜の木々が連なる様を初めて眺めたときは、時折小雨が落ちるどんより曇った朝のことでした。しかし、中央アルプスを背にしたその姿には、もし晴れていれば、あるいはこの木々が成長すればどれほど見事かと想像せずにはいられませんでした。そして今回、雲一つない日本晴れに恵まれたにもかかわらず、桜の背後に聳える中央アルプスの山々は、傾きだした日差しを背にしています。行きがけに立ち寄っていれば、雪をかぶった中央アルプスを背にした見事な絵柄が見られたはずだというのに、先を急ぐあまり素通りするしかなかったのが惜しまれます。もっとも、あの状況でこの桜並木を悠長に見物していれば、駐車場に入れなかったり渋滞に巻き込まれたりする可能性が少なからずあったことを考えると、ある意味やむを得ない選択ではありました。夕日を浴びた山影と、半逆光で光った花びらとの組み合わせも悪くはありません。次こそ日本晴れの空の下で再会したいものです。
ちなみに、堤上には立てられたばかりの看板が。この桜並木の由来について書かれたもので、それによるとこの桜は16年前から地元の小学生が少しずつ植えてきたものなのだそうです。道理で木々が若いわけです。この桜が見上げるような大木に成長するまで、自分はおそらく現役ではいられないのでしょう。しかし、自らの足腰が立つ限り、折に触れてこの桜並木を訪れ、木々が年々成長するのを見守っていきたいと思っています。また来年…
川の堤に沿ってまだ若い桜の木々が連なる様を初めて眺めたときは、時折小雨が落ちるどんより曇った朝のことでした。しかし、中央アルプスを背にしたその姿には、もし晴れていれば、あるいはこの木々が成長すればどれほど見事かと想像せずにはいられませんでした。そして今回、雲一つない日本晴れに恵まれたにもかかわらず、桜の背後に聳える中央アルプスの山々は、傾きだした日差しを背にしています。行きがけに立ち寄っていれば、雪をかぶった中央アルプスを背にした見事な絵柄が見られたはずだというのに、先を急ぐあまり素通りするしかなかったのが惜しまれます。もっとも、あの状況でこの桜並木を悠長に見物していれば、駐車場に入れなかったり渋滞に巻き込まれたりする可能性が少なからずあったことを考えると、ある意味やむを得ない選択ではありました。夕日を浴びた山影と、半逆光で光った花びらとの組み合わせも悪くはありません。次こそ日本晴れの空の下で再会したいものです。
ちなみに、堤上には立てられたばかりの看板が。この桜並木の由来について書かれたもので、それによるとこの桜は16年前から地元の小学生が少しずつ植えてきたものなのだそうです。道理で木々が若いわけです。この桜が見上げるような大木に成長するまで、自分はおそらく現役ではいられないのでしょう。しかし、自らの足腰が立つ限り、折に触れてこの桜並木を訪れ、木々が年々成長するのを見守っていきたいと思っています。また来年…
町内散策を済ませて、八時間に及んだ高遠滞在は終了と相成りました。この後は伊那市街へ移動して、日没まで時間の許す限り活動します。諸々思案の末、やはり旅の最後は高遠の夜桜で締めくくるということで結論が出ました。よって、これが最後という感慨はありませんが、明るいうちに訪ねるのは、おそらくこれが道中最後になるでしょう。これが見納めになるであろう仙丈ヶ岳の頂に別れを告げ、桜の木々に囲まれた駐車場を後にします。また来年…
石段の途中で脇へそれると、さらに絶景が広がります。高台の下には高遠の町が、その向こうの高台には一面桜色に染まった高遠城址が、さらにその向こうには雪をかぶった仙丈ヶ岳が聳え立ちます。左下に城址を、右上に仙丈ヶ岳を配した非対称の絵柄は、白兎橋から眺める中央アルプス以上ではないでしょうか。しかし不思議なのは、このお立ち台を訪ねる見物客がほとんどいないことです。町中から車を延々走らせたり、急な石段を登ったりするわけではなく、最寄りの駐車場から5分も歩けば着くのですから、ここを知らずに白兎橋で鈴なりになっている観光客は、確実に損をしていると断言します。道中この台詞を何度使ったでしょうか…
町内の一角にひっそり佇む鉾持神社を訪ねます。参拝か散歩かといった風体の人々が時折行き交う以外には見物客の姿もなく、石段の途中の鳥居を囲むように桜が咲いています。
お昼は初日に続き「みすゞ食堂」の桜丼をいただきます。初日に馬肉とローメン、二日目にカツ丼と伊那谷の名物を続けたからには、次に高遠そばを選ぶのが当然の成り行きにもかかわらず、あえて原点回帰となったのはやむを得ない理由からです。最盛期の土曜ということもあり、町中に二軒向かい合ったそば屋は店の外まで行列する大盛況でとりつく島もなし。それは想定の範囲内としても、以前訪ねた喫茶店風のそば屋に品切れで振られるという誤算に見舞われ、その時点で選択肢はこの食堂に事実上絞られました。高遠そばも品書きにあるとはいえ、そばは専門店でいただくのが一番でしょう。ならばこの店でしかいただけないものは何かと考えたとき、原点回帰の選択に行き着いたという次第です。
しかし、これはこれで悪くはありません。馬刺しを丼にするという、よくよく考えれば単純な、しかしよそでは滅多に見かけないこの品ですが、完成された味わいはどこで出しても通用しそうです。来年高遠で昼時を迎えたとしても、私は高遠そばよりこの店の桜丼を選ぶかもしれません。
しかし、これはこれで悪くはありません。馬刺しを丼にするという、よくよく考えれば単純な、しかしよそでは滅多に見かけないこの品ですが、完成された味わいはどこで出しても通用しそうです。来年高遠で昼時を迎えたとしても、私は高遠そばよりこの店の桜丼を選ぶかもしれません。
延々五時間半歩き通して城址公園と高遠湖周辺を一周し、河原の駐車場に戻りました。しかし高遠の花見はまだ終わりません。腹ごしらえを済ませたら、今度は町内を散策します。この分だと高遠だけで三時か四時頃まで消費するでしょう。そこで潔く切り上げられるとすれば、あとは伊那公園と春日城跡を再訪し、日中の残り時間を注ぎ込みます。日が暮れたら松本まで高速を飛ばし、松本城の夜桜を眺めてから酒場で一献傾けるといった流れになりそうです。いずれにしてもこの天候では悠長に立ち止まっている暇はないため、小休止を済ませたら早々に出発します。