―なんとか、一命を取り留めました。―
その一言を耳にするまでの、長く長いモノクロの時間。
俺はただひたすら祈るように待合室で拳を握り続け、
その間駆けつけてきた家族やレイたちとまともな会話はしなかった。
人はこういうとき、妙な部分が冷静になるもので、
俺はぼんやりと見上げた時計の針が、バレンタインを過去のものにしていくのを傍観していた。
「ふぅ…」
刺すように寒い朝の空気に、吐いた息が白く色づく。
「良かった…」
意識こそ戻っていないものの、うさの術後の容態は安定している。
だから俺はこうしてベランダの手すりに体重を預けながら、情けないほどに力の入らなくなった膝を曲げて息をついた。
「ホント、男ってのは情けないっすよね。」
ふと、溜め息まじりに落とされたのは、懐かしい男の声だった。
「君は…」
「偉そうなこと言ってても、医者の一言一言にもう足がガクガクだ。」
クシャクシャと頭を掻きながら、けだるそうに戸口に立つ。
「…星野くん!!」
「や、こんにちは。衛さん。」
「どうして、君がここに!?」
へたりこんでいるところを見られたせいだろうか、妙に気恥ずかしくなって声が上ずる。
「どうしてって…今さらですか?
まぁ…確かに昨晩俺が声かけたときは、それどころじゃなかったもんな。」
昨晩からいたのかと、今さら自分の取り乱しようが悔やまれる。
「調査のためにって久しぶりに来て見れば、突然愛野から連絡でお団子が車に跳ねられたって。
ったく…本当に寿命が縮んだぜ。」
「そ、そうか…すまない。心配かけたな。」
一瞬の沈黙のあと、星野くんは大袈裟に溜め息をついた。
「…」
刹那、音もなく彼の口が動いた気がした。
「え?」
かと思うと、彼はまるで表情の読めない瞳を上げて、その後、にっこり笑ってみせた。
「いいえ、何でも。
…本当に、良かった。…アイツが…お団子が、無事で。」
そっと、肩に手を置かれる。
「…あぁ、本当にな。」
風が吹く。穏やかで、芯を貫くように冷たい。
ひどく、久しぶりの夜明けの気がする。
しかし、それは決して、本当の意味の夜明けではなかった。
いつだって、別れは自分で選べない。
いつだって、岐路は突然に訪れる。
「ッキャャァアアアア!!!」
病室から聞こえてきたうさの怯えた悲鳴とともに、俺たちの、分かれ道が始まった。
【つづく】
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その一言を耳にするまでの、長く長いモノクロの時間。
俺はただひたすら祈るように待合室で拳を握り続け、
その間駆けつけてきた家族やレイたちとまともな会話はしなかった。
人はこういうとき、妙な部分が冷静になるもので、
俺はぼんやりと見上げた時計の針が、バレンタインを過去のものにしていくのを傍観していた。
「ふぅ…」
刺すように寒い朝の空気に、吐いた息が白く色づく。
「良かった…」
意識こそ戻っていないものの、うさの術後の容態は安定している。
だから俺はこうしてベランダの手すりに体重を預けながら、情けないほどに力の入らなくなった膝を曲げて息をついた。
「ホント、男ってのは情けないっすよね。」
ふと、溜め息まじりに落とされたのは、懐かしい男の声だった。
「君は…」
「偉そうなこと言ってても、医者の一言一言にもう足がガクガクだ。」
クシャクシャと頭を掻きながら、けだるそうに戸口に立つ。
「…星野くん!!」
「や、こんにちは。衛さん。」
「どうして、君がここに!?」
へたりこんでいるところを見られたせいだろうか、妙に気恥ずかしくなって声が上ずる。
「どうしてって…今さらですか?
まぁ…確かに昨晩俺が声かけたときは、それどころじゃなかったもんな。」
昨晩からいたのかと、今さら自分の取り乱しようが悔やまれる。
「調査のためにって久しぶりに来て見れば、突然愛野から連絡でお団子が車に跳ねられたって。
ったく…本当に寿命が縮んだぜ。」
「そ、そうか…すまない。心配かけたな。」
一瞬の沈黙のあと、星野くんは大袈裟に溜め息をついた。
「…」
刹那、音もなく彼の口が動いた気がした。
「え?」
かと思うと、彼はまるで表情の読めない瞳を上げて、その後、にっこり笑ってみせた。
「いいえ、何でも。
…本当に、良かった。…アイツが…お団子が、無事で。」
そっと、肩に手を置かれる。
「…あぁ、本当にな。」
風が吹く。穏やかで、芯を貫くように冷たい。
ひどく、久しぶりの夜明けの気がする。
しかし、それは決して、本当の意味の夜明けではなかった。
いつだって、別れは自分で選べない。
いつだって、岐路は突然に訪れる。
「ッキャャァアアアア!!!」
病室から聞こえてきたうさの怯えた悲鳴とともに、俺たちの、分かれ道が始まった。
【つづく】
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