第3話/娘のお誕生日会

2006-08-12 10:09:18 | Weblog
娘の相談
「ねえ、お父さん、今度の私の誕生日の事だけど・・・」
 小学校の4年生になった娘と女房が私のところに相談にきた。
 子ども心にも娘はお友だちが高いお祝いを持って来ると思うと気が重くて、誕生日会をするからと気楽によびにくいのだという。
「それならいっそ、やめてしまえばいいじゃあないか」
「招かれたときは出かけていって、自分のときはしないなんてことはできないわ、だからお父さんに相談してるのよ」
 二人が口を揃えて言う。

 幼稚園から一緒だった5~6人の娘の友だちがそれぞれの誕生日に招きあってのお誕生日会が続いていて、回を重ねるに従って、お祝いに持たせる品も、お礼のお返しの品も次第に親たちの見栄の張り合いになってきていた。

 さらにプレゼントもそのお返しも当時流行り始めたばかりのネコのキャラクターグッズ一色となって、プレゼントの品とお返しの品が同じものだってという事がしばしばで、それぞれの家庭でも母親が中心になってやっていることだから、私は端で見ていて苦々しい思いがしていたがそれを口に出したことはなかった。

 そうか、子ども自身が私と同じ思いをしていたのなら、ここは一番相談に乗らねばなるまい。
 ・・・かといって、かねて苦々しく思っていても誕生日会の代案を持っていたわけではないから、即座には頼れるお父さんとなるための方策を示せなかった。

 困ったときは得意技に頼るに限る。
「お誕生日会あらため、工作会とするのはどうだろう」
 いつものお誕生日会のメンバーを招いて、ジュースとお菓子を食べながらみんなで工作を楽しむ。

 そしてお誕生日会ではないから、プレゼントは不要で、帰りのお土産はそれぞれが作った工作・・・というのはどうだろう。
 相談を持ちかけられたあくる日になってやっと思い付いた案がこれだった。
 娘も女房もこの案に喜んで賛成してくれた。
「ところで工作は何を作るの?」
「何がいいかな?」
「みんなが知らないものがいいよ」
 当時はまだまだガラクティストを名乗るずっと、ずっと前の事だから、私もオリジナルのアイデアを持っていたわけではなく、娘といろいろな資料を見ながら、モザイク状の貼り絵の壁掛けを作ることにした。

工作会 
「工作会といっても、ケーキくらいは出るんでしょう?」
 工作会という計画がお友だちにも喜ばれたようで、当日の朝元気よく学校に出かけて行き、私はある計画の作業を始めた。

 さて、学校が終わり、娘の友だちが集まってきたが、その中で一人のお友だちが、すでにプレゼントを用意してあったからと、娘に誕生日プレゼントを持って来てしまった子がいた。
 私も女房も娘がどうするのか黙って見ていたが、今度は別の子が「私は持って来なかった・・・」と半ベソ状態になってしまい、4年生の娘には荷が重い状況となってしまったのを見極め、女房が助け舟を出し、やはり最初の主旨通りお誕生日会ではないからと、プレゼントはもらわないこととしてその場は納まった。

 ことが決ればそこは仲良しの子ども同士で、何のわだかまりもなく工作会が始まった。
 ジャーン!
 最初に出て来たのは、娘が学校に出かけてから急遽白いボール紙で作った直径が40cm程のケーキの模型で、これは娘にも知らせていなかったプログラムだ。
 工作会のオープニングはまずこの大きなケーキの模型にマジックインキで皆にデコレーションを描きこんでもらうことにした。

 絵のイチゴやロウソクなどで飾りが出来上ったあとは、ショートケーキとジュースで乾杯。
 お誕生日会ではないという呼び掛けとは矛盾をするが、そこはまだまだ4年生の子どもたちのこと、話が違うなどという騒ぎにもならず、これも工作の一部と楽しんでくれ、さらにメーンのモザイク作りでで夕方まで遊び、それぞれの作品をお土産にお友だちは帰って行った。

「お父さん、昨日の工作会をほかのお友だちもやりたいって・・・」
 あくる日になって学校から帰った娘がそういった。
 昨日来た子どもたちが今までのお誕生日会より楽しかったようで、その様子をクラスの友だちにも話したようだ。

「いいよ、来年はクラス中のお友だちを全部連れてくれば・・・」などと調子のいいことをいってしまったが、我が家には子どもたちが6人以上も入れる場所はなかった。
 しかし、その後はお誕生日会そのものが自然消滅したようである。

そうだったのか・・・
 全く唐突な話だが、そんなことがあって20数年も経ったある日、ある雑誌の企画で名古屋の喫茶店のモーニングサービス競争の取材に行ったルポライターの阿奈井文彦さんからこんな話を聞いた。
 モーニングサービスは名古屋市内のみならず愛知県一帯から岐阜県の大垣辺りまで普及しているようだが350円から370円くらいの値段で、午前中のコーヒーにはトースト、ゆで卵に加え店によって異なるが茶わん蒸し、うどん、夏はそうめん、スイカなどがついて来るという。
 どの喫茶店でもこの過剰サービス競争をどこかの店がやめたら自分の店もやめようと思っているが、自分のところ一軒だけ先にやめる勇気がないということだった。

 あの頃の娘の誕生日会も親が好んで見栄を張っていたのではなく、どの家の親もドンドンエスカレートして行く誕生日会を自分の家でやめる勇気がなく、何処かの家でこの循環を断ってくれないかと願っていたのではないだろうかと、20年も後になって察しがついた。


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