MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯624 不調に向き合う少女たちへ

2016年10月18日 | 日記・エッセイ・コラム


 読売新聞社の医療・介護・健康情報サイト「yomiDr.(ヨミドクター)」では、7月以降「子宮頸がんワクチン」の特集を組み、数回にわたって様々な専門家の筆によるHPVワクチン問題に関する論評を掲載しています。

 9月2日はその第3弾として、ワクチン接種後の患者たちの体調不良に対して早い段階から治療を行ってきた愛知医科大学学際的痛みセンター長(教授)の牛田享宏(うしだ・たかひろ)氏が、長引く心身の不調に向き合う思春期の少女たちの心に響くよう、(様々な意味において)配慮を込めたメッセージを寄せています。

 牛田氏はその冒頭で、人は皆、母親の身体から出てきたその瞬間から(自らが親から受け継いだ)能力を発揮し、さらには生育とともに獲得する知識や経験、体の鍛錬などによって外界の変化に向き合いながら、社会の荒波を生き抜いていかなければならないことを強調しています。

 私たちは何らかの危機を感じるような状況に陥ると、(逃げる、立ち向かう、動じずにいるなどの)何らかの行動を引き起こす。その際、親の影響(親による直接の指導だけでなく、親自身がとってきた行動など)は、私たちの数少ない参考資料として使われることになるということです。

 しかし(だからといって)全てが常にうまくいくとは限らない。自分の思ったような対応ができず望んだ結果が出せなかった場合、我々は(辛い)「負け経験」をしてしまうことになると牛田氏は言います。

 そのような事態に直面すると、私たちは不安に陥り、動悸や発汗、場合によっては手が震えるなどの身体的な症状が出てくるのが普通だということです。特に最大限の努力をしたにもかかわらず失敗した場合など、どのような反応をしてしまうかは置かれた立ち位置などで人それぞれに異なると氏は話しています。

 しかし、どんな状況であっても決して裏切られずに自分を支えてくれる環境下で養育されたような人は、(「何とかなる」という根拠のない自信のようなものが育まれていて)そんな時にも大きなダメージは受けずに済むということです。そしてこうしたことから、子供たちを育て守る環境には、揺らぎない愛情と自信が必要だということがわかると牛田氏は指摘しています。

 一方、子供が病気になるなどして解決法が見いだせない場合、親も当然、不安な状況に陥り親自身が試されることになるということです。今度は、親自身が、(育ってきた過程も含め)身に着けてきた「対応能力」を試されることになると氏は説明しています。

 牛田氏は、こうした「子どもを守りたい」という思いは、時として過剰な対応を引き出すものだとしています。なので親たちは、(例えそれ自体は生き物として自然なことであったとしても)子供が常に親の状況を推し量りながら行動していることを、どこかで心に留とどめておく必要があるということです。

 さて(そう前置きしたうえで)、牛田氏は、HPVワクチンの接種によって注目されることになった、若い女性たちに見られる様々な症状について話を進めています。

 牛田氏らが愛知県内で行った調査によれば、半年以上続く(思春期特有の)慢性的な痛みは、中学2年生(総数約400名)の18%程度、高校生(総数約600名)の14%程度で(ある意味、ごく普通に)見られる症状だということです。

 また、過度でコントロールできない程度の「不安障害」については、日常生活に多大な影響を及ぼす「全般性不安障害」が2.9~4.6%、(確認できる)ストレス要因により著しい苦痛・機能障害が起こる「適応障害」が2~8%、腕や脚が麻痺したり、触覚や視覚・聴覚を失ったりする「転換性障害」が0.2%で確認されており、さらに腕や脚のけいれんなどの不随意運動が強く引き起こされる「非てんかん性発作」も、てんかんとして受診した患者の1~2割を占めていたということです。

 これらの訴えは当然詐病でも何でもなく、(牛田氏の指摘によれば)HPVワクチンを接種しているかどうかにかかわらず、多くの少年少女たちが「HPVワクチンの被害者」と同じような体の変調・多彩な症状を来していることを示すものだということです。

 さらに言えば、その程度が強くなることでこうした症状には「病名」が付いてしまい、そのことがさらに話を複雑にしていると氏は指摘しています。

 本来、人には調子がいい時も悪い時もある。そして、調子の悪い時に明確な理由がある時もあれば、それがはっきりしないこともあると牛田氏は言います。

 しかし、いろいろな理由が重なるなどして症状が強く出て、それが一定の基準を超えると「○○病」「○○症候群」と診断され、病名が付けられることになるということです。

 病名が付けば(治療のために)病院に通うことになり、その結果、病院に行く前の(病気でない)あなたと、帰った時の(病気の)あなたはでは、その意識が大きく変化してしまう可能性があると氏はしています。

 病名が付いたことによるこうした影響を、(医学の世界では)偏見や否定的な烙印を表す「Stigma(スティグマ)の影響(stigmatization)」と呼ぶそうです。

 そもそもワクチンというものは、無毒化したウイルスの類似物質を体の中に無理に入れることで、体に異物反応を引き起こし、本物のウイルスが自分の身体に入ってきたときに殺す能力を子供たちに持たせるというもの。なので、どんなワクチンでも接種後に何らかの神経原性炎症などの神経の反応や免疫応答、これらに伴う痛みは、多少なりとも起きるものだと牛田氏は説明しています。

 そこに(一部で提唱されている)「HANS(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)」などという「病名」を付けることは、子供たちに負の烙印であるスティグマを植え付けてしまうのではないか。ワクチンがもたらした治療法がよく分かっていない「病気」、そして「薬害」などとして本人や周囲が捉えることで病状を悪化させる可能性もあり、避けた方がよいのではないかというのが、こうした状況に対する牛田氏の認識です。

 一定の症状に対して、原因がわからなければ全く治療できないというものではないと牛田氏は指摘しています。

 重要となるのは、私たちの身体には基本的に修復能力が備わっているということ。しっかり日常生活を立て直しトレーニングをすれば、すぐに結果は出なくても、若い身体には何らかの効果が表れてくる場合が多いということです。

 さらに、原因がわからない症状や状態に対しては、薬を使って(症状を抑えて)いくことの意味については真剣に考えないといけないと牛田氏は述べています。

 痛みやしびれに対しては「非ステロイド性消炎鎮痛剤」が使われることが多く、これらは同時に、胃腸の障害や腎障害を引き起こすことが知られています。また、多くの神経痛対処薬は神経機能を低下させることで痛みを抑える仕組みであるため、ふらつきが出たり物忘れがひどくなったり、中には気持ち悪さや嘔吐感、目が見えにくくなったりなどの、中枢神経系への副作用が報告されているということです。

 また、ステロイド剤の副作用としては、易感染性、骨壊死、骨粗鬆症、消化性潰瘍、高脂血症、糖代謝異常、動脈硬化などが知られており、これから発達ししっかり身体を作って大人にならなければならない世代にとって望ましいものではないと氏は説明しています。

 さて、それでは、HPVワクチンの影響とされている若い女性の治療で、最も重要なことは何なのでしょうか。

 牛田氏は、子供たちの身体や神経系は毎日成長するタイミングにあるとしています。そして、そうした観点に立てば、「待ったなし」で行わなければならないのは、まずは(自立するための)身体づくりだということです。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが行った実験では、若者を90日間ベッド上で安静させると、太ももの筋肉である大腿四頭筋が17%萎縮する上、骨密度も5%以上低下したということです。

 その他にも、長時間の安静は関節機能や神経機能の低下などを引き起こすことになることが判っており、適切な栄養を取り可能な限り体を動かしていくことが、とりわけ筋・骨が最も発達する時期に必要なことは言うまでもないと牛田氏は指摘しています。

 氏は、一通りの血液検査や神経機能検査で異常がなければ少なくとも命を脅かすような病気はないということは、これまでの調査や研究から明らかにされていると説明しています。

 思春期の少女の5~10%にみられる「起立性調節障害」による、血圧のコントロール不良から頭痛や動悸、立ちくらみ、倦怠感、朝起きられない、失神などの様々な症状(これは、HPVワクチン接種後の不調を訴える女性でもよく見られるものですが)もその多くが年齢とともに改善することは広く知れられており、そうした知見が広がれば患者本人の不安の払拭にもつながりだろうということです。

 痛みなどに苦しむ人たちは、周囲の元気な同世代の若者たちを見て焦るかもしれませんが、一つずつ小さなことからでもできることを増やし「前に進めている」という実感と自信を持つことが回復に結びつくと牛田氏は話しています。

 一人でできることを、ひとつひとつ増やしていく。氏のグループではこうした考え方と取り組みで、HPVワクチン接種後の不調をきたして受診し、指導を続けた患者の6割以上で一定の症状の改善を見ているということです。

 その際、重要なのは、何事も急には変わらないということだと牛田氏は言います。いろいろな事は「一進一退」、時には「3歩進んで2歩下がる」といった歩みになるかもしれませんが、何事もいいようになる時もあれば、そうでない時もあるという(鷹揚な)感覚が大切だということです。

 牛田氏は治療を続けながら、時に、とりわけ心根の優しい子供たちにいろいろな症状が出やすいのかなと考えたりしているとしています。

 で、あればこそ、この子たちがこうした痛みや苦労を経験し、対処法を学びそれを克服することは、将来自らが親になるなどした時に(きっと)大きな財産となると信じていると結ばれたこの論評を読んで、心身の不調や辛さに立ち向かう彼女たちに心からのエールを送りたいと私も改めて感じたところです。