わが思う 心のうちは 六つの角
ただ円かれと 祈るなりけり
聖徳太子が四天王寺建立のための用材を求め
この地を訪れた際、仏の夢告を受けて、
この地にあった大杉で六角のお堂を建てて
太子自身の護持仏であった如意輪観音を納めたのが
寺の起こりだそう。
その時沐浴した池のほとりに小野妹子が住坊を建てて
日々仏前に花を供えたことが「いけばな」の
発祥と言われています。
徳川家康が寄進した仁王門
いで入るや 波間の月を 三井寺の
鐘のひびきに あくる湖
大友与太王が壬申の乱に敗れた父、
大友皇子の霊を弔うためにお寺を創建。
境内には絶えることのない霊泉が湧き出ており、
御井寺と呼ばれて、天智、天武、持統天皇の三帝の産湯に用いられ、
中興の祖の智証大師円珍が三部灌頂の法水に用いたことから
三井寺と呼ばれるようになったそう。
三井寺は近江八景の「三井の晩鐘」でも有名。
宇治の平等院、京都・高雄の神護寺の鐘とともに
日本三名鐘とされているそうです。
「弁慶の引き摺り鐘」も三井寺です。
野をもすぎ 里をもゆきて 中山の
寺へ参るは 後の世のため
聖徳太子が約1400年前に開いた日本最初の観音霊場とされ、
一般には安産祈願の寺としてよく知られています。
重くとも 罪には法の 勝尾寺
ほとけを頼む 身こそやすけれ
大阪府箕面市にある勝尾寺
源氏や足利氏、豊臣氏ら時代の覇者たちが戦勝を祈るなど、
現在に至るまで勝運、病気、選挙、スポーツなど、
あらゆる「勝」を願う人々が参拝。
かかる世に 生まれあう身の あな憂やと
思はで頼め 十声一声
京都府亀岡市ののどかな田園地帯に立つ穴太寺。
自分の体の悪い部分をなでるとご利益があるという
「なで仏」も安置される丹波屈指の古刹です。